邪毒神

「わぁ、すごく広いわね。正直驚いたわ」


「まぁ、王国最大の教育機関の図書館だからな」


 ジェリアの言葉に私は思わず頷いた。


 探したいものがあってアカデミーの図書館に訪ねてきたところだけど、中に入ってもいないのに建物の大きさから驚いた。


 高さも七階だし、外から見ると幅も前世の図書館とは比較にならないほどだ。この建物全体が図書館だというから、中にどれだけの本があるか想像もできない。


 前世の地球にはこれよりもっと大きな図書館もあるかもしれないけれど、少なくとも私が知る限りではこれが圧倒的な最大の大きさだ。


「これ、本を見つけることはできるの?」


「テーマやジャンル別にエリアが分かれている。まず欲しい本がどこにあるのかから調べて行けば、それほど難しくはない。探すのを手伝ってくれる魔道具もあるぞ」


「う、うん……とりあえず入ってみようかしら」


 やっぱり規模が大きいせいか、入り口から人が多い。そうでなくても大きな建物なのに人まで多いからちょっと圧倒されそう。その上、その人波の多くが私に一度は視線を向けた。


 ジェリアに勝ったから……だけではないようで、恐らく私が公爵令嬢だということを意識したのだろう。銀髪碧眼はアルケンノヴァ公爵家の特徴だから。私は母上からアルケンノヴァの特徴を受け継いだだけのオステノヴァだけど。


 図書館の中はとても綺麗だった。中の光景がちらっと映るほど光沢処理された床、装飾は少ないけれど綺麗で手入れが行き届いているような白い壁、そして所々に色味を加える植物の植木鉢まで。


 そのようなホールの一端に案内カウンターがあった。


「こんにちは。どのようなご用件でいらっしゃいましたか?」


「こんにちは。邪毒神関連の図書を探しているのですが」


「はい、該当図書類は三階西側の三番目の蔵書室にあります」


「ありがとうございます」


 上る階段を探そうと周りを見たけれど、階段は見えなかった。その代わり、いきなり飛び回る人たちが見えた。


 いや、比喩じゃなくて本当に。


「……え?」


 飛び回る四角いタイルのような魔道具が人々を運んでいた。自力で飛び回ることくらいは私にもできるけれど、あの魔道具はさらに搭乗者の魔力を使うようでもなかった。


 用途としてはエスカレーターに近いけれど、ビジュアル的には前世のSF映画でしか見たことのない浮上物のようだ。


「何だ、君もあんなこと見たら驚くんだな?」


「まぁ、そうよね……」


 ジェリアがくすくすしても言うことがないね。驚いたのは事実だから。


 実はあんな魔道具の存在自体は知っていた。研究者である父上が研究していた道具の一つだったから。しかし、すでに商用化されているとは想像もできなかった。


 やっぱりこの世界、科学技術とは違うけど、それなりに発展した世界なんだ。


「もう行こう。固まってばかりはいられないだろ」


「うん。えっと、三階西側三番目だよね?」


 魔道具に乗ると、魔力で作られたホログラムパネルのようなものが現れた。そこに目的地を入力すると魔道具が上に浮び上がり、私たちをすぐそちらに連れて行ってくれた。


 そして蔵書室に足を踏み入れるやいなや、私は再び感嘆してしまった。


 大きくて、多い。高さが私の今の背丈の二倍以上になりそうな本棚がぎっしり並んでいて、そこに本がぎっしり詰まっていた。それに本棚に隠れてよく見えないけれど、蔵書室自体もかなり大きかった。


「わぁ……すごい」


 思わずそう呟いてしまったけれど、それすらあまり気にならないほど興奮が止まらない。


 前世の記憶を思い出してから、今までは主に前世とは違って健康で強い体の違いが私を喜ばせた。しかし一方で、前世の私は病弱だったのでゲームと読書を楽しんだりもした。


 実家の邸宅にもかなり多くの本があったけれど、この巨大な図書館と圧倒的な蔵書量には及ばなかった。


 久しぶりに前世の私の読書本能が容赦なく刺激される気分だ。しかもオステノヴァは本来学問の公爵家。当然、私にも流れる学者の血も興奮を抑えられずにいた。


「ふふ、君もそんな顔ができるんだな? そうしていると年に合わせて可愛いぞ」


 ……はっ!


 油断した。ジェリアにこんな姿を見せるつもりはなかったのに。


 必死に表情を収拾したら、今度はジェリアが苦笑いして私の頭を撫でた。


「まぁいいだろ? たまには年に合う姿も見えたりするのだぞ」


「ふん、貴方も私と大差はないじゃない?」


「おっと、三年を無視するな。まぁだが子供扱いするなと言うだろと思ったのに、そんなこと言わないんだな」


「それはただの現実否定でしょ」


「……そこで現実否定って出るとは、やはりオステノヴァだな。可愛さがないぞ」


「いいわよ。どうせ私は可愛くもないんだからね」


 ざっと聞き流して本を探しに行こうとしたけれど、突然ジェリアは私の肩を少し乱暴につかんだ。


 不平を言おうと彼女を振り返ったけど、少し怒ったような表情が見えて口をつぐんだ。


「今の言葉は見逃せないぞ」


「何が?」


「君が可愛くないと、誰がそう言った?」


「それが本当だもの。見た目もそうだし、背も無駄に高いし。可愛いものとあまり似合わないしね」


「可愛くなくても可愛いと甘える年なのにそんな悲観的な考えをする理由は何だ? そして君は十分可愛いぞ。他の所でそんなことを言うと殴られるぞ」


「はいはい、それはありがたいわね」


 ざっと答えてからジェリアの手を優しく振り切った。


「このままでは本を見つけることもできず徹夜するわよ」


 ジェリアはまだ不満そうな顔をしていたけれど、私が彼女を置き去りにすると後ろでため息をついて黙ってついてきた。


 幸い探す本はすぐ見つけた……というか、探す内容を扱う本なら何でも構わないので、適当にそんな本を一つ選んだだけだけど。


 ジェリアは私が選んだ本の表紙を見て口を開いた。


「『現代邪毒神について』? それはなぜ急に探すんだ? 予習でもするのか?」


「探したいことがあってね」


 邪毒神。


 この世界を治める神は計五人いる。これを〝五大神〟と言う。でも彼らの他にもこの世界を離れた次元に存在する神々がいる。その神々を邪毒神という。


 名前の通り、邪毒を管掌する存在であり、あまりにも強大なあまりこの世界に直接降臨するのはほぼ不可能。しかし、彼らの片鱗だけでもこの世界に莫大な災いをもたらす。


 ……という程度の内容は実は『バルセイ』の設定集にもあるし、授業でも学ぶ。あえて授業でなくても、この世界では常識だ。


 私が探しているのは、そのような基本的な用語の定義なとじゃなく、邪毒神のリストの方だった。


 本を素早く見ていた私は、すぐに目的の名前を見つけた。


「ジェリア、この修飾語正しいの?」


「うむ? ふむ……『隠された島の主人』? そうだな。その邪毒神は万魔を支配する者と呼ばれるぞ」


 ……まさか本当だなんて。


 慌てて眉をひそめた。


『隠された島の主人』は『バルセイ』でも言及されたことがあった。しかし、ゲームでの修飾語は〝すべての歩みを見守る者〟だった。


 実は授業中に邪毒神関連の内容を見ておかしくて探してみたのだけど、まさか授業内容が間違っていなかったなんて。


 大したことではないかもしれないけれど、邪毒神は一人一人が世界を脅かす巨大な存在だ。そのような邪毒神にゲームと異なる点があるということ自体が、ゲームの記憶を基盤に未来を設計する私には大きな不安要素だ。


 それに違いはそれだけではなかった。


「では、この神々のことは?」


「うむ? 具体的に何を聞きたいのかは分からないが、授業の時に学ぶ内容が紛らわしいなら、そのまま授業内容を復習すればいいぞ。どうせ一年生の時に学ぶ邪毒神関連は授業の時に教えるのが全てだからな」


 そうするともっと問題が大きくなるのよ。


 私は複雑な気持ちで本を読み直した。具体的には邪毒神の名簿を。


 


 猛暴な冬天の主、『凍りついた深淵の暴君』

 結火を結ぶ者、『息づく滅亡の太陽』

 果てしない虚像を作る者、『偽りの万物の君主』

 無限を証明する者、『孤独な無数の軍団長』

 地伸を体現する者、『広闊な大地の心臓』


 


 この五人は最初から『バルセイ』にはなかった名前だった。


 その上、大多数の邪毒神が世界にほとんど関与できないのとは異なり、彼らは世界に関与する程度も激しかった。例えば『凍りついた深淵の暴君』は北の海の向こうにある大陸に分身を降臨させ、完全に掌握したとか。


 邪毒神が大陸を占拠したなんて、ゲームではありもしなかったことだった。


 ちっ、しかもほとんどバルメリア王国ではなく、外国だからむやみに行くこともできない所じゃない。頭が痛いわね。


[イシリン、君の知ってる名前あるの?]


【……】


[イシリン?]


 イシリンは私が何度も名前を呼んだ後にやっと答えた。


【……いや、全然。あんなことができるくらいなら、人間は知らなくても私が聞いてみないはずがないのに。五百年を洞窟に閉じこもってはいたけれど、邪毒神の動向はある程度分かるから】


 やっぱりイシリンも聞いたことがないよう。かなり長かった沈黙が気になるけど、多分今回も質問しても答えてくれないだろう。


【そういえば、新しい邪毒神たちが掌握した場所、全部『バルセイ』に出てきた地域じゃないの?】


[そうなの。みんな大きな災いが起きた所だわ。『隠された島の主人』と『孤独な無数の軍団長』は掌握した地域がない代わりに、似非宗教のようなものを作ったようだけど。いったい何を考えているのかしら。元邪毒神として意見ないの?]


【分からない。邪毒神とまとめて呼ぶけど、実状は千差万別だからね】


 邪毒竜イシリンももともとは邪毒神だった。それも歴史上唯一、本体が直接この世界に降臨した神。


 何もせずにじっとしていただけで国を三つも滅ぼしたということだけでも、邪毒神がどれほど脅威的なのかはだいたい分かる。


 あの時に比べると赤ん坊ほどに弱くなった今でも剣としては恐らく世界最強だろう。


[他の邪毒神と連絡とかできないの?]


【そういうのはそもそもできないわよ。同じ世界出身ならできるかもしれないけど、私は同郷の邪毒神なんていなかったわ】


 これ以上情報を得る方法はないよね。


 ジェリアは特別な情報を持っているようではなく、そもそもフィリスノヴァは情報戦は得意ではない。むしろ情報戦はオステノヴァがバルメリア最高だ。


 ……ちょっと待って、我が家の情報網?


 考えてみれば、父上が使う人材に頼みを伝えることができれば、その情報網に接近することができる。


 そして私の専属のロベルはハンスさんの息子。そのハンスさんは父上が使う人材を総括するトップであり、ロベルはただの息子ではなく、職責としてもハンスさんの後継者候補だ。まだ幼いので直接人を使う権限はないけど、父上直属のハンスさんに私の頼みを伝えるほどの権限はある。


 それなら……。


―――――


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