聖女との出会い

 アディオンの手記を見た後、パメラには悩みが一つできた。アレクに自分の前世について……つまり、自分が転生者であることを知らせるべきか、ということだった。


 いくらアディオンが不義を犯したとしても、ティステ公女の処刑は〝パメラ〟にとってはただ生まれる前に起きた悲劇にすぎない。そのような観点から見ると、パメラの怒りは明らかに異常だった。アレクは表向きには疑問を示さなかったが、何も考えていないわけではないだろう。


「新しい『神聖』の聖女なんて、本当に楽しみだね」


 リニアはそう言った。パメラは深いため息をついた。アレクの件以上のストレス要因が目前に迫っているところだから。パメラはひとまずアレクの件は後回しにすることにした。


「『神聖』の聖女は代々王家と密接な協力関係を築いてきた。帝国に再編された今もその目標は変わらない。パメラ、お前は今度の聖女と同い年だから、いい関係を築くことができるだろう」


 重厚な声がパメラに言った。


 赤い髪と瞳を持った男だ。派手な服を着て謁見の間の玉座に座っている彼こそこの国の皇帝、アディオン・セレスト・アルトヴィアだ。いつも君主らしい威厳と威圧感を持った皇帝だが、娘のパメラに接する時は穏やかで優しい父親でもあった。


 しかし……前世の記憶を思い出したパメラは、彼を見るたびに様々な意味で複雑な心を抱いていた。


 前世の仇敵ということもあるが、その他にも外見の格差が気になった。今のアディオンの年齢は確かに三十前後くらいなのに、今の彼の顔はいくら若く見ても四十代後半くらいに見えたから。ハンサムな目鼻立ちそのものはほとんどそのままだったが、微妙にシワになった肌と所々白髪が生えている髪が老けた印象を与えた。


 ティステが死ぬ前まではこんな老眼ではなかったのに、どうしてこうなったのだろう。前世の仇敵であることとは別に、パメラはそれが気になって耐えられなかった。皇后のリニアは年齢相応の容姿なのに。


「何かあったのか?」


「い、いいえ。何でもありません。聖女さんがどんな方なのか考えていました」


 嘘ではない。先代聖女に裏切られて死んだパメラとしては、聖女という肩書きに憧れよりも警戒心が先行してしまったから。アディオンの手記を見たのでなおさら。


 それでもリニア皇后は最後の直前までアディオンを責めて反対したというが……リニアのことまで真実かどうかは分からないので、あまり信じないことにした。


「デリアード男爵が到着しました」


 衛兵の言葉にパメラは姿勢を正した。


 デリアード男爵。今度の聖女の父だ。つまり、聖女が謁見の間に到着したのだ。


「入らせ」


 謁見の間の巨大な扉が開き、二人の父と娘が謁見の間に足を踏み入れた。


 父のデリアード男爵はまだ若くてさっぱりした男だった。そしてパメラにはなじみのある人でもあった――彼はパメラの適性判別儀式を執り行った中央大司教だから。


 パルマ教の影響が強いこの国では、パルマ教でなかなかの地位の者が爵位を受けることができる。領地はなく、政治関与が多少制限されるものの、厳然たる正式貴族である。さらに、デリアード男爵は自らの努力で中央大司教の座に上り、爵位を直接得た男。彼の影響力は見た目より大きい。皇女の適性判別という重要な儀式を執り行うほど。


 そして彼の後を追う女の子がまさに、新しい『神聖』の聖女だ。


 ピンク色の短髪と瞳を持った可愛い少女だった。パメラはまだ幼いにもかかわらず凛々しく上品な美しさを持っているが、その少女は可愛くさえずる小鳥のような印象だった。穏やかそうな顔は緊張で固まっていたにもかかわらず可愛らしいし、身だしなみは気品があった。


 アディオンは皇帝であるにもかかわらず玉座から立ち上がり、デリアード男爵の前に立った。リニアとパメラがその後を追った。いくつかの儀礼的な手続きと挨拶を終えた後、ついにパメラの番となった。


 パメラは少し緊張して口を開いた。


「第一皇女、パメラ・ハリス・アルトヴィアです。お会いできて嬉しいです、『神聖』の聖女様」


「お会いできて光栄です、第一皇女殿下。私はセイラ・アートゥン・デリアードと申します。栄光の『神聖』の適性を判別され、この場に来ることになりました」


「丁寧ですわね。でもこれからよくお会いできると思いますし、私たちは同い年ですから、あまり固い態度は取らなくてもいいですの」


「で、ですが殿下」


 デリアード男爵は当惑したが、アディオンは彼を手で止めた。


「大丈夫だ。昔から王家と聖女の関係は主従ではなく対等なものだった。聖女はそれだけ重要な存在だからな。肩書きを皇帝に変えたからといって、その関係を崩すつもりはない。そして余の娘には久しぶりに会った同年代の子供だからな。どうか余の娘の頼みを聞いてくれないか?」


 デリアード男爵は依然として当惑している様子だったが、皇帝がそこまで言うと曖昧に肯定せざるを得なかった。


 一方、セイラも戸惑っていた。だが……その当惑は父のデリアード男爵とは違う種類の当惑だと、パメラはなんとなく思った。そしてセイラが何か話したがっているという感じもあった。


「どうしたんですの?」


 パメラが先に話しかけると、セイラは一度礼儀を払ってから慎重に口を開いた。


「無礼をお許しください、一言申し上げてもよろしいで……」


「あまり固い態度は取らなくてもいいっておっしゃったはずですが」


「……個人的に一つだけお尋ねしてもよろしいですか?」


「個人的に、ってことは人にはお聞かせしたくないということですわね。この場の耳打ちでいいですの?」


「自由にしなさい」


 アディオンの許可が下りると、パメラは微笑んで片方の耳をそっと差し出した。意味を理解したセイラがまた慌てた。しかし、すぐに決心を固めた顔でパメラの耳に唇を近づけた。


 その唇から出たのは、パメラが全く想像できなかった言葉だった。


「パメラ第一皇女殿下……転生者なのですか?」


―――――


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