潜入する皇女

「殿下、本当になさるんですか?」


「その質問、一体何回目ですの?」


「おやめくださいという言葉を遠回しに申し上げているのです」


 パメラは鼻を鳴らし、アレクはため息をついた。


 皇城の廊下。それもすでに日が暮れた夜に、パメラはアレクを連れて廊下を横切っていた。もう少し正確にはこっそり歩き回っていた。


 廊下に誰もいない時は普通に歩く。だが衛兵やメイドなど人が見える瞬間、廊下の彫像や角のようなところに隠れた。聞くまでもなく密かにどこかに行こうとしたのだ。しかしアレクは何の説明も聞けず、不安に満ちた彼の制止をパメラは全く聞いてくれなかった。


 それで仕方なくついて行っているアレクだったが、それでも周辺観察は怠らなかった。それで変なことに気づいた。


 ……衛兵たちのルートが少し妙だが。と思い、アレクは見てきたことを再び反芻した。


 本来ならパトロールルートは隙がないのが正常。たとえあったとしても、それが有機的につながってはならない。ところがこれまでのルートを見ると、隠れる所がない所では必ず廊下を通れるほどのパトロール空白があった。その上、その空白はまるで順序があるように見えた。この方向に移動する人がその空白に沿って移動できるように。


 まるで誰かが意図的に作ったような空白。だがアレクの勘違いである可能性も排除できないため、パメラには話さなかった。そのパメラは気づかない様子で、ただ潜入遊びのような状況を楽しんでいるだけだったが。


 とにかく、ついに二人はパメラの目的地に到着した。皇居の秘密の書庫だった。あらゆる禁書や秘密記録が保管されている場所だ。


 パメラは廊下の角に隠れたまま、遠視魔法で書庫のドアの前の様子を観察した。


「やっぱり秘密書庫はパトロールではなく歩哨ですわね」


 書庫のドアの前に歩哨が二人立っていた。パトロールと違ってその場に立っているので、ルートの空白を利用することはできない。


 アレクは今がチャンスだという気持ちで口を開いた。


「そのままお帰りになってはいかがでしょうか? 秘密の書庫を偵察するなんて、どんなに皇女殿下でも怒られるでしょう」


 そしてそこに加担した自分は重懲戒でしょう、とは言わなかったが、当然パメラは気づいた。にもかかわらずニヤリと笑った。


「バレなきゃ大丈夫ですわよ」


「いいえ、そんな問題なのが……」


「そういう問題でしょうね? バレなきゃ誰も私を叱れませんよ。貴方も困らないでしょう」


「……殿下を信じて従おうとした気持ちに、早くも亀裂が入っています」


「心配性すぎる男は嫌われるんですわよ?」


 心配させる張本人の言うことですかそれが。という言葉は飲み込んだまま、アレクはため息で返事を代わりにした。


「ですがどうなさるんですか? 歩哨が席を外すのを待つのは意味がなさそうですが」


「『万能』に不可能はありませんよ」


 パメラの魔法が二人を包んだ。二人の姿が透明になり、音も全くしなくなった。しかし、二人同士は姿も音も正常に認識することができた。アレクは呆れた。


「最初からこれを使ったらよかったんじゃないですか?」


「そしたら潜入遊びの面白さがありませんでしょう」


 本当にこんな主君でいいのか。そろそろ心配になり始めたアレクだった。


 二人はそのまま秘密の書庫のドアの前に移動した。歩哨たちは二人の気配に全く気づいていなかった。


 秘密の書庫のドアを手でなでていたパメラが口を開いた。


「やっぱり秘密の書庫ですわね。封印魔法が厳重にかかっていますの」


「それでは開けるのは不可能ですね」


「『万能』に不可能はありませんと言ったでしょう」


 書庫封印開錠。歩哨たちの目と耳を欺く幻覚。魔法の跡を消す隠蔽。三つの魔法を一度に発動したパメラが平然とドアを開けた。


「……適性は魔法の才能を意味するだけで、魔法そのものを教えてくれるわけではないと思いますが……」


「皇女という立場になれば知識を得るルートくらいはいくらでもあるものですわよ」


 実は前世の記憶に依存した魔法だが。


 パメラは書庫に入るやいなや目を輝かせた。数多くの本があった。その上、何か力を持った魔法書のようなものもあるのか、尋常でない魔力が書庫に満ちていた。


「……魔法のレベルをさらに高める手段を探す、とおっしゃっていましたね。確かにそれはできそうです」


 今日の目的。……とパメラが言ったのだった。秘密の書庫にはあらゆる禁書と危険な魔法書があるので、それで新しい魔法を学んでみよう。アレクは危険だから禁書に指定されたのだと反対したが、結局パメラの頑固さに勝てなかった。


「それぞれ散らばって有用そうな本を探してみましょう。貴方はあっちからお願いしますわ」


「はいはい、かしこまりました」


 アレクはため息をつきながら指示に従った。


 パメラは本棚を見回して、明らかに役に立つ魔法書や禁書をざっと無視した。


 そもそも彼女の本当の目的は力や魔法ではなく、秘密記録・・・・の方だったから。


 ティステの処刑過程についての疑問。アレクの話を聞いてさらに疑惑を感じたパメラは、皇室の秘密記録ならその疑問に対する答えがあると思った。今日の目的はそれを見つけることだ。


 本棚を見回していたパメラの目に一本が入ってきた。


「……『ディメアの禁書』?」


 目的の記録ではなかったが、名前が気になった。


 ディメア――邪神ディメア。女神パルマと対敵する邪神で、魔族と魔物の神と言われる。パルマの祝福を受けた聖女に裏切られて死んだパメラだからこそ、そのパルマと対敵する神様が気になった。


「魂の束縛、死者の魂を懐胎、寿命強奪……一様に思想が危険に見えるものばかりね。さすがに禁書と呼ばれるに値するわ。代価も一生魔法を失ったりするとかだけだし」


 いろいろな意味で危険な本だった。パメラはそれを本棚に戻した。


 その時、反対側からアレクの声が聞こえてきた。


「殿下。これをご覧ください」


―――――


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