意外な歴史

 適性判別の意識から数日が過ぎた。


 パメラは魔法を本格的に訓練し始め、母に要請した歴史の勉強も進めていた。特に〝ティステ〟の処刑前後の事情を一日も早く知りたくて、歴史の方の進度を速めていた。そんな途中のことだった。


「……何これ?」


 パメラの声には隠せない戸惑いがにじんでいた。


「お姫様、どうしたんですか?」


「あ、いいえ……少し驚きまして」


「いろいろ痛い歴史ではありますよね」


 教師は苦笑いした。


 現代史を先に学びたいというパメラの意向により、ここ三十年ほどの歴史を優先的に見ていた。ティステが生まれる前のことは早く過ぎ去り、ついにティステの処刑前後の歴史を学ぶ日だった。その中でも特にアルトヴィア王国が帝国に転換される部分を。


 ……そうだったのに。


「テリベル公爵家が反乱を……!?」


「はい。テリベル公爵令嬢が処刑された後、テリベル公爵は反乱を起こしました。それにより、アルトヴィア王国は巨大な内戦に巻き込まれてしまいました」


 一年の血河。アルトヴィア王国全土を襲った一年間の内戦。内戦の結末はテリベル公爵派の公爵自身と主要人物が粛清されることだった。それだけでなく内戦に乗じて後方を狙った三つの王国を、内戦直後とは思えない圧倒的な力でたった一ヶ月で滅ぼし吸収した。


 そのすべての過程を指揮したのがアディオン王子。後に王国を帝国に再編して初代皇帝になった、今の君主でありパメラの父だった。


 あれこれ情報量が多すぎてついていくのが大変だったが、一番戸惑うのは……。


「テリベル公爵が娘のために反乱を……?」


 そんなはずがない。それがパメラの率直な感想だった。


 パメラが記憶するテリベル公爵……ティステの父は決してそのような人ではなかった。権力に狂って、娘でさえ王家との政略結婚のための道具としか見ていなかった男。優しい母がいなかったら、ティステも自分がどんな人になっていたか不安だったほどの野心家だった。そもそもそれは対外的にも有名だった。


「いや……いや。そんな人じゃない。公爵令嬢は不味い罪で公開処刑……それなら公爵家の名誉に大きな傷になったはず。テリベル公爵は権力欲が強い野心家だってね。もし公開処刑の件で公爵が自分の立場に脅威を感じたなら……」


 ぶつぶつ呟くパメラの姿に教師は目を丸くした。そして微笑んだ。


「やっぱりお姫様はとても聡明ですね。事件の話だけでそこまで考える御方は初めてです」


「えっ? い、いいえ……」


 パメラはなんだかくすぐったい気持ちになった。実際にはそれなりに当事者だった前世の記憶があるおかげだが。


 もちろん、それを知るはずのない教師は自分の本分を全うした。


「後に明らかになった事実ですが、テリベル公爵は娘を王太子のアディオン殿下に嫁がせた後、上層部を自分の勢力で掌握して権力を独占するつもりだったそうです。そのための裏工作の証拠もありました。死後に王家が介入しなかった真相調査がもう一度行われましたが、証拠に嘘はなかったそうです。処刑された公爵令嬢のティステも、それを助けている最中に捕まったのです」


 ふざけるな! ……と声を張り上げるところだったパメラだったが、やっと我慢した。歴史は勝者が書く記録に過ぎず、敗者は黙殺されるだけだ。力も権力もない今の彼女は敗者であることをさらけ出すことさえ愚策だ。


 それでも悔しいのは悔しいこと。特に、ティステが父と一緒に王子を翻弄し、国を牛耳ろうとした悪女と記録されたことだけは仕方なく悔しかった。


 ところがその時、教師の気配が少し妙に変わった。


「ところで……実は事情が少し違ったのではないかという声もありました」


「へ?」


 パメラはうっかりバカげた音を立ててしまった。しかしすぐ表情を引き締めた。教師の気配が変わったのが気になったから。


 教師は部屋の中に衛兵があることも気にせずに話を続けた。


「ティステ公女はそんな人ではない。何か誤解があるに違いない。そう主張する一派がいました。実は先ほど申し上げた〝王家が介入しなかった真相調査〟もその一派が主導したものでした」


「でもその調査でも嘘は見つからなかったんですって?」


「はい、嘘はありませんでした。にはですね」


 ……まさか、と。パメラは教師が何を暗示しようとしているのかを感じ、目を丸くした。


「正確に言えば、何らかの明確な証拠があったわけではありませんでした。いいえ、証拠がないから疑惑があったと言えるでしょう。テリベル公爵が各種裏工作を行ったのは事実ですが、ティステ公女がそれに加担したという証拠が貧弱でした。さらに、一部は公爵の部下の動線とティステ公女の動線が到底合わない場合もありました。そのような場合に特に、ティステ公女が公爵の人と接触した証拠がありませんでした」


 パメラは唾を呑んだ。


 実際、ティステは公爵が何をしているのかよく分からなかった。そして公爵はティステには秘密で裏工作をしても全くおかしくない人だった。そしてティステだったパメラが公爵の裏工作のこと自体は聞くやいなや納得するほど、野心を成し遂げようとする活動力が強い人だった。


「一派はその疑惑を公論化しようとしましたが、まともに受け入れられませんでした。むしろ集めた証拠と資料が流失しました。一派は誰かが証拠を盗んで隠滅していると主張しましたが、証拠がなかったので結局嘲笑だけされて終わりました」


「……なるほど。歴史って面白いものですね」


 教師は苦笑いした。


「申し訳ありません。そんなことがあったのは事実ですが、結局証拠がなかったのは事実です。皇帝陛下の疑惑を提起したようで申し訳ありませんが、あくまで歴史家として一つの観点をご紹介しただけですのでご理解ください」


「いいえ、お得な話でしたわよ」


 告げ口するつもりはない。パメラがそのような気持ちを込めて笑ってくれると、教師はどこか複雑な感情を込めた笑みを浮かべた。


―――――


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