パメラの変化

 リ二アは優しく微笑んだ。成長しようとする娘の姿を喜ぶ母の微笑だったが……パメラはなぜか少し悲しそうな様子を感じた。


「もちろん大丈夫よ。いや、むしろ歓迎だって。ちょうど貴方の勉強科目に歴史を本格的に追加しようと陛下もおっしゃったのよ」


 リニアはパメラの額にキスをした。


「優しい子になってほしいの。私たちが貴方を愛している分、貴方も人を愛してくれたらいいわね」


「……はい」


 リニアの笑顔が悲しそうなのは、パメラ自身の心情が複雑だからだろうか。パメラはよくわからなかった。


 リニアが部屋を出た後、パメラはため息をついた。そしてメイドたちに向き直った。ちょうどメイドたちは集まって親子の姿を見守っていた。パメラの視線が彼女たちに向けられると、彼女たちはビクッとして緊張した。


 一度の苦笑いの後、パメラは深く頭を下げた。


「!? お、お姫様!?」


「お、おやめください!」


 当惑の声は多かったが、誰も生半可に近寄ろうとはしなかった。その事実にパメラは苦笑いした。


「ごめんなさい」


 突然放たれたのはお詫びの言葉。


 ゆっくりと頭を上げたパメラの目に入ったのは、戸惑いに絶句するメイドたちの姿だった。またもや苦笑いしてしまった。


「私が貴方たちを苦労させたのは知っているのよ。今からでも謝りたいわ」


「い、いいえ。お姫様が私たちにそうされるのはとんでもございません。そして……」


 最年長のメイドが代表として口を開いた。最後に言葉を濁してしまったが、彼女が何を言おうとしたのかはパメラも見当がついた。


「子どものいたずらとはいえ、その子どもが皇女という立場だと話が違うでしょ。自分の立場を分別できず乱用した私の責任よ」


 前世のティステは十八才で亡くなった。そのためか、パメラは子どもだという言い訳で逃げたくはなかった。その上、十才は分別がつかないほどの年齢ではなく、自分がなぜそのような行動をしたのかも自覚があった。


 メイドたちは依然としてためらっていた。パメラは三度目の苦笑いを浮かべた。気まぐれ皇女が何のきっかけもなく急にこうしているから、いつまた変心して変なことをするか不安なのだろう。自業自得であることを知っているパメラは、彼女たちを責めたくなかった。


 その時、メイドの一人が前に一歩出た。パメラと同じ年齢の幼いメイドだった。


「信じます!」


「エラ!?」


 他のメイドたちがびっくりした。しかし、エラと呼ばれた少女はメイドたちに向かって眉をひそめた。


「みんなお姫様にひどいんじゃないですか? そもそもみんなが関心をくれないから、お姫様も退屈でそんなことをされたんじゃないですか!」


「え、エラ!」


「ブフッ!」


 最年長のメイドがエラを叱ろうとしたが、その前にパメラが笑い出した。 アハハッ、アハハハハッと思う存分笑ったおかげで、メイドたちがエラを責める暇がなかった。笑いすぎたせいで涙まで出てしまった。


 パメラは指で目尻を拭き、再び口を開いた。


「貴方、名前は?」


「え、エラ・ヘルティと申します!」


「エラ。私は大丈夫だけど、他の皇族の前でそんなことを言ってはいけないのよ? 不敬罪で怒られるかもしれないわよ」


「申し訳ありません! そんなつもりは……」


「フフッ、私はいいわよ。そんなことで怒るつもりはないから」


 パメラはエラに近づいて手を握った。エラはびっくりしたが、パメラの手を振り切らなかった。それはそれなりに無礼なことだという自覚くらいはあるのだろう。


「貴方、気に入ったわ。これからもよろしくね」


「ど、ど、どうぞよろしくお願いします!」


 パメラは頭を上げた。依然としてメイドたちは躊躇し、どうすればいいのかわからなかった。パメラは彼女たちにも笑いかけた。


「貴方たちの名前は?」


「……ね、ネティです」


「ベスと申します」


「私はアルマ……」


 返事はすぐには出なかったが、皇女が直接聞いてくるのに無視することはできない。一つ二つ答えることをいちいち噛みしめながら、パメラは頷いた。


「みんなありがとう。覚えておくわよ」


「……こ、光栄です」


「フフッ。今まで傍にいたメイドの名前も知らなかったのか! とか考えてたの? それとも気まぐれのトラブルメーカーが名前を覚えてしまったのが不安なの?」


「い、いいえ! 私たちがそんな無礼なことを……」


「そんなに必死にならなくてもいいわよ。本当に責めるつもりはないし、貴方たちが私をそう考えるのは私のせいだということも知っているから」


 そう言って笑う顔はメイドたちが今まで知っていたパメラという子どもとはあまりにも違っていた。警戒しているメイドでさえ、それは認めざるを得なかった。


「こんな一言の言葉くらいで信頼を買うことはできないってことくらいは知っているわよ。だから私がこれからどんな人になろうとするのかは行動で証明するわよ」


「……お姫様」


 最年長のメイド……といっても二十代後半くらいだが。とにかく名前をベスと言ったメイドが微笑んだ。パメラが一度も見たことのない、穏やかで暖かい笑顔だった。


「そこまでおっしゃるので、無礼を冒して一言申し上げます」


「何なの?」


「確かに、私たちはお姫様に接しにくいと思っていました。お姫様の……お言葉のせいで困惑した人がたまにいましたから」


「理解するわよ」


 パメラは何番目かも知らない苦笑いを浮かべた。本当に、たった十年の〝パメラ〟の人生に早くもこんな業報を積んでしまったなんて。パメラが自ら考えてもダメな奴だった。


 しかし、ベスの表情は穏やかだった。


「でも今日の姿は単なる気まぐれとは思えないほどです。不安があるのは事実ですが、本当にお姫様が変わろうとしているのであれば……私はその変化を支持したいです。みんなも同じ考えだと思います。まぁ……実は私たちを苦境に陥れたとしても、一線を越えないように努力する姿は少し可愛かったですし」


 そんなことを堂々と言うのを見ても、ベスはパメラの変化を少しずつ受け入れることにしたのだろう。パメラはまた笑ってしまった。


「アハハッ。ありがとう。これから努力するわ」


「こちらこそよろしくお願いします、お姫様」


 パメラがベスの手をそっと握ると、ベスも慎重にその手を取り合った。


 前世の記憶を思い出してから最初の変化だった。


―――――


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