第18話 お前を信じてよかった

 アントニーは三人の荒事師を背後にかばいつつ、すでに三体は倒していた。その三体の正体を、このまま知らせずにおきたい。ウィルトンはそう思った。


「カルディス、お前は古王国時代のままに生きているんだな、今も」


 アントニーはそうではない、と思う。


「新諸国の今でも、人間の行いがさほど変わったとは思えぬな」


 ウィルトンは否定しなかった。それは一面の真理ではある。


「変わった部分と変わらぬ一面とがある」


「それはそうであろう。変わらぬ部分は変わらない」


「ああ」


 アントニーも、きっと変わっていない部分がある。俺は古王国時代の彼を知らない。だが断言出来る。


 彼の本質は、変わらないはずだ。


 いつか話してくれ。その時に何があったのか全てを。


 今は、とにかくこいつを倒す。


 ミラージがありったけの魔術を叩き込んできた。無駄とは分かっているが、万に一つの勝機に掛けているのだろう。ただウィルトンやアントニーにだけ任せておくことは出来ないと。


 しかし哀しいかな、無駄に魔力を費やしただけに終わった。目くらましにもなってはいない。


 アントニーが予備の杭を戦士たちに渡せばあるいは、とも思うが、そこは盟友を信じて判断に委ねる。


 判断を信じるんだ。信頼しているところを見せろ。何もかも自分が指示しなければとは思うな。


 委ねて、信じる理由は単に盟友の自尊心を重んじるだけではない。もっと実質的な理由があるのだ。


 俺は決して、決して、『常に』正しい判断は出来ない。


 アントニーは杭を渡さなかった。ウィルトンは、それを見て思った。彼には彼の考えがあるのだ。ここは信じて任せよう。


 カルディスとの間には距離が空いていた。


 光の刃を放つ。そのすべてが消えた。敵は無傷で微動だにしない。


 再度、槍をふるって杖を叩き落とそうとする。槍は確かに杖に当たった。堅い音がする。杖は折れず、カルディスは落としはしなかった。


 ウィルトンの槍に伝わる、杖に当たった手ごたえは軽い。アントニーが触れさせてくれた杖とは違う。


 わずかに違和感を覚えながら、ウィルトンはまたも槍を振るう。なぎ払うように。今度は叩き折るつもりで力を込めた。手ごたえは同じように軽く、杖は折れも落とされもしなかった。


 ウィルトンの攻撃をかわし、カルディスは懐に入り込む。


 次の瞬間、ウィルトンの体は後ろに吹っ飛んだ。


 離れた位置にあった木の幹に叩きつけられる。木の枝と葉が揺れた。その木に留まっていたのであろう夜鳴き鳥の飛び立つ音がした。


「くそ……」


 背中が激しく痛む。《契約の口づけ》により強化されていても、さすがに無傷では済まない。


「どうした?  もう終わりなのか?」


 元いた場所に立ったままのカルディスの、嘲るような声。


「ふざけるな」


 ウィルトンは体勢を立て直す。


 その時、前衛をしてくれていた三人のいる場所から悲鳴が上がった。アラニスの声だ。アラニスの手には杭があった。アントニーが持っているのとは違う、もっと太い杭が。


 しかし、その杭を刺せずに、不死者に生気を吸われ、倒れていた。直接的な吸血行為ではなくとも、害は大きい。


 だから、杭を渡さなかったのか。ウィルトンは誰に言われずとも悟った。


 渡せと言わなくてよかった。瞬時にそう思う。


 残念ながら、アラニスは自前の杭を持っていた。そこまでは予想出来なかった、二人とも。


 倒れたアラニスは、すでに気を失っているようだった。落命してはいない、と思いたいが生死は不明だ。


 杭を手にしたまま動かないアラニスを見て、アントニーは彼女をかばうように前に立つ。


 残るカルディス以外の不死者は一体のみ。


 アントニーはアラニスの手にある杭を拾い上げ、敵の胸に刺した。


 ひゅーじゅー、と奇妙な声が不死者の喉の奥で鳴る。


 不死者は杭をさしたまま後ろに倒れた。


「終わったか」


 ウィルトンはほっとした。残るは一人、カルディスだけだ。


「ありがとうございます」


 次の瞬間、アントニーは倒れたばかりの不死者から杭を引き抜き、それをカルディスに向かって投てきした。


「礼はこいつを倒してからだ」


 杭は背中から前に突き抜けてはいた。ただし、心臓部を大きく外して。


 カルディスは身体を大きく傾けた。が、倒れもせず、片膝を着くこともなく持ちこたえた。


「腕が落ちたのか、アントニー殿」


 不敵を装う言い方。


「お前もその体たらくでよく言うぜ」


 と、返してやる。降伏しろよ、とはもう言わない。言っても無駄だ。


 アントニー・フェルデス・ブランバッシュへの妄執に取り憑かれた魂、それがカルディスだからだ。ウィルトンは、今ではそれが分かっていた。


「お前を信じて良かったよ、アントニー」

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