第17話 風の円舞
カルディスは首を横に振る。
「英雄殿には無理だろう。それは初めから分かっていた」
骸骨のような顔が、初めて笑ったように見えた。
やはり交渉なんて無理なのか。やれやれ。俺も大きな口は利けないな。ウィルトンはアントニーを見た。彼は静かなたたずまいで、見守ってくれていた。
カルディスはさらに告げた。自分自身にとっての真実を告げる者の口調だった。
「我が命を捧げよう。英雄殿の友人の命には、それだけの価値がある」
カルディスと、背後に並ぶ配下たちがウィルトンの方へと一歩進む。ウィルトンは動かない。槍をかまえたまま敵をにらみつけた。
「我らの復讐のために」
「捧げるだと?」
ウィルトンの問いには答えない。
「さあ、英雄殿、我が心臓を貫くがいい。すでに動かぬ心臓を。お前の友人と同じ、動かぬ心臓を刺し貫くがいい。出来るものならば」
お前の友人と同じ。
そうだ、同じなのだ。
それは分かっている。
「お前の言うとおりにしてやる」
ウィルトンは槍の穂先を向けてカルディスに突進する。
背後からカルディスをやってくれ、アントニー。俺が前から引き付けておく。ウィルトンは念じた。意図は伝わっているはずだ。
カルディスも簡単にやられてはくれない。ウィルトンは渾身の力を込めて突きを放つ。
かわされた。
アントニーはまだ、杭を刺せる距離まで近づいてはいない。
鈍い音がして、べナリスの投げた短剣がカルディスの脇腹に深々と刺さった。
短剣はすぐに抜け落ちた。傷口も見る間にふさがってゆく。
カルディスはその手に乗らなかった。べナリスの方を振り向きもしない。配下の不死者五体が、代わりにそちらへ向かう。
「そちらは任せたぞ、アントニー」
ウィルトンは再び槍を突き出す。カルディスの胸に槍先が刺さる。槍先の、ほんの先端だけが。傷は浅い。浅過ぎた。
槍を抜いてかまえ直し、後ろに跳んだで間合いをとった。
カルディスの胸から青い血が流れ落ちる。デネブルから流れているのを見たのと同じ青い血。
しかしそれはほぼ一瞬で止まる。
「はは、結局は英雄殿も、単なる好き嫌いでしか判断は出来ぬようだな」
「違うな」
「いいや、違わぬな」
「違う」
言い切った。槍でカルディスが持つ杖を弾き飛ばそうと試みる。
カルディスの魔法が発動する方が早かった。
《炎の壁》が眼前に現れた。
ウィルトンは後ろに下がる。突然であったために槍を持つ腕に火傷をした。
カルディスは再び白い杖を──やはり先祖の骨で出来ているのだろう──を振るう。
《風の円舞》だ。
今度は七つもの竜巻が現れた。
「かわせる!」
自分に呼び掛けてきたアントニーに叫び返して、全て避けた。
魔術は囮(おとり)だった。
カルディスの背後から、巧みにウィルトンの右手側に回り込んだ不死者がいた。手にはいつの間にか短剣が握られている。
銀色の美しい意匠を凝らした短剣だった。銀の刃が二つの月の光にきらめく。
短剣を持った不死者は、音もなく忍び寄っていたのだ。その刃を、ウィルトンの首筋目掛けて振り下ろした。
「甘いな」
ウィルトンはそれに気付いていた。
身体をひねりながら、右腕一本で持った槍を突き出す。
心臓部に近い、が、わずかに逸れた。配下から流れるのは青い血ではない。赤くもない。ただ、透明な粘液がだらだらと流れ落ちる。
その粘液の流れもすぐに止まった。破れた皮膚は再生されてゆく。その様が間近に見える。
配下には言葉はない。彼らは何も言わない。苦痛の叫びも、自らを勢いづける雄叫びもない。
だが、その意志は伝わる。ウィルトンは感じ取れた。
今まさに感じているものと同じものを、かつて別の場所、別の時に受け取ったことがある。
「そうだ、ジュエーヌ、それにあの犬にされた男たちは!」
ウィルトンは鋭い疑いのまなざしをカルディスに向けた。
「まさか、お前は」
「残念ながら、子飼いの部下を連れてくるわけにはいかなかった」
カルディスは笑った。いや、笑ったように見えた。
「アントニーが共に葬ったんじゃなかったのか?!」
「葬ってくれたよ。だが墓地に残るのは、もはや土塊(つちくれ)だけだ。不死者として蘇生したのは我のみ。巻き添えを食って死んだ我が領民への墓名碑と共に、今では跡形もない」
「じゃあ、コイツラは、まさか」
「そのまさかだ。アントニー、ここにいるのはお前の領民の子孫たちだ。だったと言うべきかな」
カルディスは眼前のウィルトンにではなく、アントニーに向かって語り掛ける。その声には、何とも言えない喜色があふれていた。
辺りが静かになったように感じられた。アントニーはまだ配下たちと戦っている。ウィルトンとカルディスとのやり取りは、彼の耳には入らないようだ。
このまま、盟友の耳には入れないままにしておく。
ウィルトンはそう決心した。
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