第16話 復讐の代償

 カルディスは不敵に笑った。いや、笑ったように見えた。骸骨に薄皮一枚を貼り付けたような顔からは、声を立てぬ限り思いは読み取れない。


「降伏しろよ。勝ち目はないぞ」


 ウィルトンは言った。


「その数じゃ勝てない。それくらい分かるはずだ」


 はったりだった。残りの不死者、特にカルディス自身がどの程度の強さなのかは分からない。


 カルディスは首を横に振る。


「我らにも意地がある」


「何の意地だ? お前はアントニーへの復讐のために、今まで生きていたのか。アントニーが生きていたのは、自分の領地だった場所を、デネブルの支配から解放するためだった。なのに貴様は」


「違うな」


 カルディスは首を振った。


「何が違う?」


「復讐のためではない。我はただ、けじめをつけるために来た」


「村を襲い、役人や宿屋の料理人を殺して、何がけじめだ」


「アントニー・フェルデス・ブランバッシュには、このまま生き残る資格があると言うのか。デネブルはもう倒したであろう」


「お前らがここの人々を襲ったりしなければよかったんだ。それだけのことが分からないのか」


「我らも、貴様の友が我が領地を侵犯せねば、こんなことはしなかった」


 ウィルトンは、いつの間にか荒くなっていた息を整える。


 俺は交渉をしたいのか。単に自分の考えを認めさせたいだけなのか。


 前者であるなら相手の言い分も聞かねばならない。


 分かるか、べナリス。これが交渉だ。


 自分が感情的になってしまえば、交渉の余地が失われる。ウィルトンは、ゆっくりと息を吐き出し、またゆっくりと吸い込んだ。


 カルディスと向き合ったまま、その背後の不死者たちの様子を窺う。アントニーと、三人の荒事師をも見る。


 盟友は静かに見つめている。この場を支配しているのは、本当は自分ではなく彼なのだ。

 そして俺もまた、彼の言葉に耳を傾けなければならないのだ。


 ああ、そうだ。アントニーは、『全てを』肯定され、許されるのを望みはすまい。


 ウィルトンは、口を開く。


「確かにお前の言い分にも一理ある。俺は共にデネブルを倒した盟友であるアントニーをしか知らない。デネブルは俺達にとって憎むべき敵だった。アントニーは恩人だ。だが、お前たちからすれば、別の見方がある。お前たちは、侵略者であったアントニーをしか知らない」


 これでいいのか? アントニー、お前は許してくれるはず、いや、望んでいるはずだ。


「ほう、なるほどな。そうきたか」


 カルディスの声色が変わった。感心したような響きが言葉に宿る。


「だが英雄殿、正確に言えば違うな。自分の領地では明主であり、同じく明主として知られていたデネブルと同盟を組んでいた。それがお前のアントニー・フェルデス・ブランバッシュだ。古王国時代の政治は複雑だった。単純に敵味方と分かれるものでもない」


「ならばどうしてこんな真似をするんだ?」


「けじめをつけに来たと言ったであろう」


「どうしてもアントニーの命と引き換えでなくてはならないのか?」


「代わりに差し出せるものがあるのかね?」


 復讐だろうとけじめだろうと、ウィルトンには否定をする権利はないのかも知れなかった。デネブルを倒した動機は、村を解放するためだったが、復讐のため、恨みを晴らすためでもあった。


 仮にデネブルが自ら支配を辞めたとしても、きっと奴を討たずにはいられなかった。


 そうしたらどうなっていたのだろう。アントニーは、それでも手伝ってくれたのだろうか。


 アントニーがどうであれ、俺自身はどうだ? 村が解放されさえすれば、デネブルに裁きを下さずに放っておけばよかったとは到底思えない。


 そうだ、奴には、裁きが、罰が必要だった。


 ウィルトンは考えた。


「お前が復讐のために差し出せる代償は何だ?」


「何だと?」


「アントニーのしたことがどうであれ、お前も完璧にはほど遠い人間だったのだろう。俺と同じように。ならば裁きを下すために、代償を差し出すべきだ」


 公正なる裁きの女神との仲介となってくれる強い力を持つネフィアル神官はいない。


 いないが、言うしかない。


「我らの、この偽りの命で。アントニー・フェルデス・ブランバッシュの偽りの生も終わらせよ」


 神に赦しを。

 

 慈愛の神ジュリアンに願って。


 互いに赦し合え。


 そうはいかないのを、ウィルトン自身が一番よく分かっていた。

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