第13話 古王国の記憶

 白樺の木まではたどり着かなかった。宿屋の娘ロズミナが言った、うろのある白樺の大木は集落の近く、林の端(すみ)の方にある。


 今、一行はさらに林の奥へと進んで行った。白樺の大木からは遠ざかっている。


「当てが外れたか」


 ウィルトンはつぶやいた。


「まだ分かりませんよ」


「もし仮に白樺の大木まで足跡が続くなら、奴はいったん林の奥に行って、そこから大蜘蛛の木にたどり着いたことになる」


「ええ、その通りですね」


「何のために行ったのか、それが分かればな」


「集落で尋ねて回った際には、林の奥まで入った者は見ていないと聞きましたね。少なくとも、集落の人たちのための物は無いのでしょう」


「そうだな。さあ、何が出てくるやら?」


「古王国時代から、様々に人の手が入り、道や林の地形は少しずつ変わってきています。ですが私の、方向を感知する勘は確かだと思います。記憶通りであれば、この先には墓地があるはずです」


「墓地? お前がいたような、か?」


「そうてすね、違うところもあります。それはかつての私の敵を葬った場所だからです」


 ウィルトンは思わず立ち止まった。先をゆく三人は気がつかない。槍をかまえた姿勢のまま、振り返った。


「お前の敵?」


 恐る恐るといった体(てい)で、また聞き直す。


「敵だった、のです」


「となりの領地の人間か?」


「そうです。攻め込んだのは、私の方からでしたが」


「……」


 攻め込んだ? 何故? そう訊きたかった。だが、今訊くべきことてはない気もしていた。


 アントニーの方は、ウィルトンの表情から内心を察したようだ。


「古王国時代は荒々しい時代でした。今よりもずっと。奪わなければ奪われる。それが当たり前でした。今のようには小麦も大麦も豊かには実らず、芋類もほとんど取れなかったのです。カラス麦も今では豊富に取れるので、家畜もよく育つようになりましたね。古王国時代には、考えられませんでした」


「……そうだったのか」


「ですが、新諸国の今の時代に生きるあなたには、万事が言い訳に聞こえるでしょう。私がしたことは、今の時代には明らかに罪ですから」


「今の時代でも、人間同士の戦(いくさ)もある。小競り合い程度ならもっとある」


「ですが、人間同士争うのを、当然とは思わない人が大半です。早く平和になって欲しいと望む人が世の大勢を占めています。今の人々が領主や王に望むことは領内や国内を平和に保つことであり、他から略奪して与えてくれることではありません。ウィルトン、私は今の時代に合わせて生きるようにしています。しかし過去にしたことまでは消せません」


「いや、でもな」


 と、その時。


「どうなさいましたか?」


 ミラージが呼び掛けてきた。三人とも立ち止まり、こちらを見ている。


「いや、何でもない。今行く」


 ウィルトンは、盟友に背を向けて歩き出す。


「前に俺が言ったことを覚えているか? デネブルを倒す前に言ったことだ」


「罪を共に背負う、ですか?」


「そうだ、英雄に二言はない」


「残念ながら、これについては罪とは思っていません。今の新諸国の時代には許されないのだとは思っています。それは同じではないのです。分かりますか?」


 本当を言えば分かりにくかった。本音を隠して、ウィルトンは盟友を見ずにこう返事をした。


「そうか。それならそれでもかまわない。一つだけ聞かせてくれ。侵略と略奪を罪と思わないのは、領民のためにしたことだからか?」


「デネブルにヴァンパイア化されて地位を追われる前は、私は領主であって、領内への責任と、そして大義名分がありました」


 ここでアントニーは真っ直ぐウィルトンを見ていた目線を地面に落とした。半ばは独り言のように続ける。


「旧種のヴァンパイアであった頃は、かつての領民たちをだいぶ犠牲にしてしまったな……。旧領を出てからも、私にはもう大義名分がなかった。当時の私には、生きていれば必ずデネブルを倒せるという目算もなかった」


「そうか。分かった。それならそれでもかまわない」


 それは決して嘘いつわりではない。


 率直に言えばいくらかの混乱はあった。古王国時代がどのような時代であったのか、ウィルトンはそこそこは知っている。学者や真の教養人ほどではないにしても。

 

 アントニーの言うことは筋が通っている。理屈の上では理解が出来た。感情はそうではない。


 どちらも罪であるとするか、どちらも仕方がなかったとするか。


 その方が理解は容易(たやす)い。


 どちらにせよはっきりしているのは、今、古王国時代の生き方ややり方をされたら、まずまともな存在として扱われないだろうということだ。


 それだけは、はっきりしていた。

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