第14話 一生の誓い

「アントニー、俺は過去に何があろうとも、これから先どんなことがあろうとも、お前を信頼し、心から大事に思う。これから一生だ」


「一生の誓いなんて、簡単にするものではないですよ」


 背中の方で苦笑めいた言葉が聞こえる。


「簡単に言ってるんじゃない」


 声に怒気がはらむのを抑えられない。伝えたいのは怒りでもいら立ちでもないのだが、自分の想いを上手く言えない。


 沈黙。前を行く一行の話し声と足音が聞こえる。ウィルトンの足音は静かで、あまり音を立てない。アントニーのも、かすかな音が聞こえるのみだ。


 獣に気づかれずに歩み寄るための技を二人とも身に着けていた。


 俺の一生は短い。アントニーの不死者としての生は、あと三百年は続くだろう。ウィルトンは思った。


 せめてあと百年、いや二百年を生きられたなら。


 選ばれた英雄にだけ与えられるという《長寿の果実》をウィルトンは知っていた。もしもあの伝説の山に登り、その果実を手に出来たなら。


 と、その時だ。


 前方から怪しい人影が十二体も、こちらに向かってくるのに気がついた。アラニスもべナリスも剣を抜いている。ゆらゆらとした漂うような足取りで、亡霊がおぼろげな肉体をまとって現れたかのようだ。


「来ました!」

 

 ミラージは背後に警告を発する。言わずもがなとは思っているだろう。何しろ、あのデネブルを倒した英雄の二人なのだ。


「骸骨もどきじゃねえか」


 ウィルトンもミラージに叫び返した。


「はい、敵意があるようなら応戦しましょう」


 ミラージは短い木製の杖をかまえた。宿り木の香木で作られた魔術師の杖は、魔術の媒体として最適の物の一つだ。


 宿り木の香木。ヴァンパイアを殺せる数少ない武器。ウィルトンの槍も、その数少ない武器の一つだった。アントニーはそれを知っている。


 武器の由来は未だによく分からず、ただウィルトンの家ヘイルズワイズに先祖代々伝わっているとしか、二人とも知らなかった。故郷の村の誰も、それ以上は知らないのだ。


「いつかその謎を解きたい、が、まだまだ先になりそうだな」


 先にやらなければならない事がある。領主に会って今後の身の振り方を決めるのが先だ。故郷の村を出てきたが見捨てたわけではない。


 デネブルの残した財宝は領主に任せて上手く分配してもらえばいいが、ウィルトンたち自身の存在は、財宝以上に火種となりかねない。


 骸骨もどきの襲来にそなえて、あらためて槍をかまえ直しながら胸中につぶやく。


 何も変わらない。古王国時代と、何も変わってはいないさ、アントニー。人間の本質は、四百年くらいではそうそう変わりはしない。


「俺自身の本質も、アントニー、お前と変わりはしない」


 しかし、本質は本質として、外側を改めるのも大切だ。それが文化であり、文明でもあり、知恵でもあるのだ。


 『骸骨もどき』はゆっくり近づいてくる。今はまだ、敵意があるのかは分からない。今はまだ、距離が離れている。


「魔術で先に攻撃を仕掛ける手もあるが、その場合、逆に敵ではなかったのを敵に回すことにもなる。お前はどう思う?」


「試しに、警告のための一発を、わざと外して撃ちます」


「なるほど、その手があったな。よし、頼んだぞ」


 アントニーはそうしてくれた。火弾が真上に打ち上げられる。爆音が収まってから、


「これは警告だ、止まれ!」


 よく通る、響きの良い声がウィルトンの背後から聞こえた。


「よし、骸骨もどきにも聞こえただろう」


 骸骨もどきとウィルトンが呼ぶ不死者たちは歩みを止めない。敵意のある様子を見せはしないが、それがかえって不気味だった。


 アントニーはニ発目を打ち上げた。


「警告する。止まらなければ撃つ」


 骸骨のような姿の十二体は止まらない。静かに、なんの敵意も示さないまま近づいてくる。


 どうする? と訊く前に火弾が放たれた。今度は真っ直ぐ前に、骸骨もどきの方へと。


 前衛となってくれている三人は、アントニーが魔術を放ちやすいように、左右に分かれて立っていた。


 左に長の女アラニス、右にミラージとべナリスだ。三人の間を瞬時に火の玉が飛んでゆく。


 先頭を歩いていた不死者が、アントニーが持っている物によく似た、しかしそれよりもずっと短い杖を取り出した。


 火弾は消えた。


「まさか、あいつら」


 その『まさか』だった。


「アントニー。アントニー・フェルデス・ブランバッシュ。実に久しいな」


 外見からは想像出来ないような、深みのある声が響く。上質の弦楽器で、低音を鳴らしたような、声。


「お前は?」


 聞き返したヴァンパイアの青年は、薄々その正体を察しているように見えた。


「我が名はカルディス。それだけ言えば充分であろう」


「……そうですか、貴方が」


「お前が葬った墓場から、我らはよみがえった。永きに渡る、かつての領地での暮らしは楽しかったか? 今我らがいる場所、お前のかつての領地に暮らすのは、お前の領民の子孫たちだ」


 ウィルトンはすぐさま相手の意図を察した。


「集落を襲ったのはお前たちか。復讐のつもりだろうが、今の俺たちには関係がない」


 カルディスは笑った。嘲笑いでも挑発でもない。心底からおかしくてならない、と言うように笑った。


「これはこれは。誉れ高き英雄殿。我々も殺されたくて死んでいったのではないよ。それくらい分かるだろう?」


 誉れ高き英雄。アントニーもまたその一人だ。カルディスの口ぶりには皮肉げな響きがあった。


「へえ。それが、古王国貴族様の『見下しによる寛容』ってわけか?」


 ウィルトンは槍の穂先を突きつける。


 カルディスは笑いを止めた。真顔になり、こう言った。


「見下してはいない。寛容になれるか否かはお前次第だ」


「どうすればいいんだ?」


 カルディスはさらに近づいてくる。静かな、敵意も緊張も感じない歩み方だ。


「もう一人の英雄を殺せるか? そうすれば他は助けてやる」


「何だと?!」


「さもなくばお前の村も全滅する。大蜘蛛はお前の村も襲う」


 ウィルトンは、はっとした。


「まさか、大蜘蛛がすでに村にいるのか?」


「さあ、どうかな? 試してみるかね?」


 どうする? これがハッタリだったら。


「古王国はすでに滅びて久しいのに、お互いにすいぶんと長生きしてしまったな、カルディス。私は、ここらで終わりにしてもかまわない」


「アントニー?! お前、何を」


「いいのですよ、当然の報いです」


「罪だとは思わないって言ったろ?」


「思いませんよ。でも自分がしたことは自分で責任を取らなくては」


「駄目だ」


「私はもう充分長く生きました。あなたがこれから先、生きるよりもずっと長く。だから、もう終わりにして良いのです」


 俺は正義も、公正なる裁きの女神も信じられない。


 だが、お前のことは信じる。

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