第11話 宿敵登場

 二人は再び暗黒城の裏手にやって来た。ここまで誰にも会わなかった。こうもりや狼にも出くわさない。


 二つの月は西の空に位置を変えた。夜も遅い頃合いとなったのだ。


「もうじき夜明けだ。それに一年に一日だけの太陽の日だ」


「ええ、あなたには有利になるでしょう」


「待て待て、そんな言い方はするなよ。新種は陽光にさほどは弱くないはずだ」


「そうですが、夜と同じようにはいきませんので」


「暗黒城の中でもか」


「はい、建物の中にいて完全に日の光を遮断しているとしても、影響はあります」


「そうか」


 そのあたりも旧種と同じなんだな、そう言いかけて止めた。


「一年に一度の好機だ。これを逃すわけにはいかない」


 裏手に穴を掘ったのは一年前だった。穴はまだ残っており、ふさがってはいなかった。


「明かりをつけてくれよ。俺は夜目が利く方だがお前と同じようにはいかない」


 アントニーは答えなかったが、すぐに明かりをつけてくれた。昼の陽光に似た光だ。月の光とは違う。


 もっとも、ウィルトンは晴れた日の昼の光を見たことがない。一年に一度の薄明かりの朝が、ずっと続くのを見ただけだ。


「私が旧種であった頃、私が自ら命を断てば救われる人はたくさんいました。でも私は死ぬわけにはいかなかった。デネブルを倒せそうな者は他にいない。それは自惚れではなく事実です。ですが、どんなに望んでも私一人では無理でした。だから探して、現れるのを待っていました、共に戦える仲間を」


 ウィルトンは先に穴の中に下りていった。背後から光に照らされて長い影が前方に浮かび上がる。


「なあ、無事にじじいを倒したら、一緒に村を出ようぜ。ロランも一緒に。広い世界を見るんだよ。そして未来を見るんだ。正義の女神が助けなくても、俺が罪を一緒に背負ってやる。だからもう後悔はするな。前を見て歩け」


「村を出る? あなたがですか」


「そう。どう考えてもお前が村に受け入れられるとは思えないからな」


「そんなことはしてくれなくてもいいのですよ」


「いやいや、俺も旅に出たいんだ。じじいを倒して村を救いたい、けどずっとここで生きていたくはない」


「……ありがとう、感謝します」




 暗黒城の中には、意外なことに薄明かりが灯されていた。アントニーがここに来るまでに灯した灯りを薄めたような、陽光に似た明かりが。


「じじいは目が悪くなって、暗闇を見通せなくなったのか」


 ウィルトンは憎まれ口を叩いた。冗談(ユーモア)ではなく皮肉(アイロニー)だ。


「不老不死の体には、そんな衰えはないはずです。私も一千年を生きたことはないので、正確には分からないですが」


「素晴らしいな。それこそが冗談(ユーモア)だぞ」


 ここまで裏庭に穴を掘って入ってきた。城壁に囲まれた三つの塔の、もっとも高い塔の中に入る際には、扉は錠前で閉ざされていたが、魔術で叩き壊した。誰も応戦に出ては来ない。


 そのまま、城内を進む。螺旋になった幅の広い階段が塔の中央部にある。そこを上ってゆく。ウィルトンが槍をかまえて先に立ち、アントニーが後ろからついてきた。


 磨き上げられた黒曜石のように、透明感のある美しい黒が場内に広がる。その黒が創り出す澄んだ夜空のような美を、壊さない程度の薄明かりが満たしている。光源は何処にも見えない。ただ、淡い光だけがある。


 螺旋階段は急ではなく、緩やかに感じられた。見た目よりも緩やかに上る感触は、城全体に掛けられた魔術のためなのだろうか、とウィルトンは思った。


 静かだった。彼ら二人の足音以外には何も聞こえてはこない。


 まだ塔の半ばまでもたどり着かないうちに、予想していなかった声が上から降ってきた。若い男の声と思われた。ウィルトンよりも若い声だ。


「やあ、ようこそ。よく来てくれたね」


 その物言いには礼節があり、温かみさえ感じられた。温厚で品のある声色、とても敵の声とは思えない。


「じじいか?」


 さほど大きな声を出したわけではないが、相手には聞こえたようだ。


「じじい? そうだね、君よりはずっとずっと長く生きているからね」


 声は、くくっと笑った。


「永い間生きてきて、退屈しか感じなくなった。でも死ぬほどには思えなかった。だけど実は待っていたのかも知れない。君たちのような若者が来てくれるのを」


「ふざけるな、じじい」


 声にありったけの憎悪を込めた。憎しむのは悪いことだ。それは正論だ。では、いかなる理由があっても憎しみは許されないのか。


「相手に、敵に憎しみを抱いてもかまわない。もしもそれで、もしもそれで憎しみを抱かれるに充分なだけの事をしでかした奴を倒して多くの人を救えるならば、あるいは憎しみなどなく赦すよりも、より正しき行いを生む、かも知れないからだ」


 ウィルトンは静かに宣言した。


 正義と公正なる裁きの女神ネフィアルは、憎しみとそれによる復讐を肯定はしない。


 ただ、憎まれる側にも罪があるなら、それは裁かれねばならぬというだけである。結果として憎しみを抱く者には、憎しみを晴らせる『復讐』にもなり得るだけである。


 憎しみを抱いた側を、ただ憎しみを抱いただけならば責めもしない。


「だが俺は長年抱き続けた俺の憎しみを自分自身で肯定すると決めた。憎しみは罪だと言いたい奴はそう言えばいい。俺はそれを否定はしていない。『俺の方は』それを否定はしない」


「正義の女神? はは、アントニー、君はまだそんなものを信じているのか」


 敵はまるで動じた様子もない。やがて忽然(こつぜん)と階段の上に一人の若者の姿をした者が現れた。


 金髪で深い碧の瞳の凛々しい姿。


 デネブルだった。

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