3. change④

 翌日の放課後、クルミはC組の教室に部員を呼び出した。

 昨日のことがあっても、止まる気はないらしい。

 「理事長から色々と許可を得たのよ。卒業生が修練に付き合ってくれるとか、教室の窓を蹴破っていいとか。」

 アグレッシブルな提案である。一日とは思えない程に話は進んでいた。まぁ三十年前の生徒と十分すぎるツテのあるクルミには造作もないことかもしれない。

 「俺、昨日大変な目にあったんだけど。楽しそうだな。」

 ナガレが不満げに言う。

 「だって卒業生に会えるのよ。楽しみじゃない。すごい魔法使いなんだから。」

 クルミがそう言うのだから、よっぽどなのだろう。おそらく、問題児だらけの魔法科学部の皆様。

 「特訓して正面突破ってことなんだね。」

 何か新しい作戦、というわけでもなさそうだ。クルミらしいといえばクルミらしい。

 「ええ。ガク君に聞きたいことは、山ほどあるからね。」

 昨日、桜山さくらやまガクに会ったことは話してある。どうして、あのような歪んだ人間が生まれてしまったのか。先輩として知っておきたいのだろう。過去に戻って、やり直せるかもしれない。

 でもそれは、クルミの個人的な思いだ。

 「ガク君と話がしたいの。お願い、協力して。」

 真面目な口調と共に、クルミが頭を下げる。

 「もちろんさ。僕はクルミ君に借りがあるのだからね。」

 「熱い展開じゃないっすか。もちろん助太刀するっす。」

 「危険なことをするなら、仲間は多い方がいいよね。」

 僕たちが次々に承諾する中で、ナガレだけが迷ったように目を逸らした。

 ナガレはいつもそういうやつだ。友だちらしいグループから一歩外れて、冷静に様子を見ている。小学生の頃にハメを外して怒られた時も、ナガレだけは関与していなくて呼び出されなかった。

 「俺は」

 わざわざ協力する理由も無いか。もう内申点が欲しいレッドミーティア赤点常連生徒ではないのだから。

 「魔法に興味が出てきた。一緒に戦ってやるよ。」

 ナガレの口元が緩む。

 「正直に成績のためと言いたまえよ。」

 マドカが冗談のように返すので、ナガレはへへっと照れくさそうに笑った。


 「そうと決まれば、協力してくれる卒業生を紹介するわね。」

 クルミは準備万全だった。僕たちが協力を渋ったら、どうするつもりだったのだろう。

 そんなことを考えている間に、二人の大人が教室に入ってくる。親と同じくらいの歳だ。やはりクルミと同世代なのだろう。

 「まずナガレとマドカには、スウちゃんね。元数学首席。図形を操る戦いには長けているから。」

 「上社かみやしろスウです。長けてるって言っても、もう三十年も前ですよ。ミミ先輩。」

 紹介された金髪の女性は、恥ずかしそうに言う。元数学首席ということは、クルミの居候先の人だろう。

 「魔法なんて久しぶりだなぁ。青春って感じ。色々壊して怒られましたよね、先輩。」

 今の学園にはいないタイプの魔法使いだ。魔法で備品を壊すなんて、噂でも聞いたことがない。精神面では若そうで、楽しそうに目を輝かせながら教室をキョロキョロと見渡していた。アクマに噛まれて退学したと聞いたが、信じられない程に学園が好きそうなのである。

 「もう時効なので言いますけど、四つに割って魔法で戻した家庭科室、まだバレてないみたいですよ。」

 部屋を割るって、なんだろう。

 「あー、ミロク君がいない時にやったものね。もう知ってる人は学園にいないか。」

 まじでやったんだ。今度家庭科室を見てみよう、特別教室棟の中にあるはずだ。何か当時の様子がわかるものが残っているかもしれない。

 「ワド君は、面倒見て欲しかった子がいるんだけど、今海外にいるらしいのよね。」

 クルミがそんなことを言う。まさか放置されるのか、みんなが修行している間に?

 「では築地口ちくじぐちも私が見ようか。」

 もう一人の卒業生が、そう言って挙手をする。マフラーで首を隠した、長髪で背の高い人。

 「母さん。」

 ナガレが言った。

 僕が一緒に住んでいた、岩塚いわつかイチゴではない。ナガレの実親。魔法でナガレを産んだ人。男とも女ともとれる容姿がその証拠だった。

 僕がナガレだった十年間、家にいなかった人物だ。ナガレを見捨てたと聞いている。話題に上がらないように細心の注意を払っていたのに、今更ひょっこり現れるなんて。

 「何をしたらたった一日で和解できるの。」

 小声でナガレに聞いてみる。

 「普通に、一緒に暮らしたいなぁって言ったらすぐ来たけど。」

 当然のように答えられた。友だちは少ないくせに、家族と距離を詰めるのは巧すぎるのだ。

そういうところが羨ましいのである。

 「ヒカリ君。」

 「久しぶりだね、クルミ。」

 「雰囲気が変わったじゃない。」

 「色々あったんだよ。」

 ヒカリがクルミの頭をぽんぽんと撫でる。クルミは顔を赤くしていた。部長と副部長の関係らしいけれど、まぁそういうことか。

 「野並のなみといったね、君に稽古をつけようと思っていたんだ。私は 存在しない同級生イマジナリーメイト(イマジナリーメイト) を初めて生み出した人間らしい。」

 自身の功績を鼻にかけることもせず、ヒカリはそう言った。

 魔法を生み出すことはすごいことだ。僕が岩塚いわつかナガレとして使っていた魔法は、一次関数のグラフを具現化するよくあるもので、理事長に教えてもらった。英単語を具現化する魔法も珍しいものではないし、 存在しない同級生イマジナリーメイト(イマジナリーメイト) の魔法も、見たことがあれば難しくなく、簡単なものならクラスで一人くらいは出来てしまうらしい。そのような前情報もなく一から魔法を使うなんて、本当に優秀なのだと思う。


 そういうわけで、ヒカリに連れられて、リカと共に校庭に出た。

 ヒカリは適当に魔法で 存在しない同級生イマジナリーメイト(イマジナリーメイト) を作り出し、リカの相手をさせる。やや時代遅れな雰囲気がある奇天烈な髪をした少女は、いつか見たクルミのデモンストレーションの時と同じ子である。しかし今度は自律的に喋れるらしいので、魔法のクオリティは本物だ。

 「幻はどこまで自由に動かせるかが大事。今からこの子と、君の魔法の子たちで鬼ごっこをしてほしい。何をしてもいいよ。」

 それだけの指示を出し、ヒカリは僕の方へやってきた。完成した魔法は、目を離しても問題はないらしい。

 来てくれたことは嬉しいが、僕にはやることがなかった。教えてくれる先生はいないし、そもそも英語の魔法は初めてなので、教えてもらう以前の問題だ。とにかく単語帳を読もうと思う。だって中身はレッドミーティア赤点常連生徒なんだから。はやく英単語を覚えて、英語科首席の意地を見せなくちゃ。内心そう意気込んでいたところに、

 「君にはお願いがあるんだ。」

 ヒカリがそう言う。

 「君がナガレと入れ替わってたんでしょ。実の子どもに頼むには、重すぎる話だからね。悪いけど君に任されてほしい。」

 重い話をされるらしい。貧乏くじだ。親運が悪い。結局誰の子になろうが、僕は不遇らしい。

 僕の心境に気づかず、ヒカリは話を進める。そういうところが、ナガレに似ているのだ。

 「クルミを助けてあげて。」

 あ、これは想像を越える厄介ごとだ。失敗したら誰かが悲しむやつだ。

 「君は覚えていないかもしれないけど、クルミはナガレの育児を手伝ってくれてね。ナガレにとっては親みたいなものだ。

 でもタイムトラベル中にかなり無理をしたらしい。詳しくは何も話してくれなかったけれど、身体中がボロボロでね、若くして亡くなったよ。」

 「亡くなったって。もうクルミいないんですか。」

 そういえば、魔法科学部の部員全員に会いたいと言っていたが、桜山さくらやまガクの他に、ひとりだけ会っていない人がいる。四十代のクルミ。本人。どこにもいないんだ。

 「私も後を追おうと思ったのだけどね。イチゴ先生に止められてしまったよ。私たちに与えられたダメージは大きかった。桜山さくらやまもその時に壊れてしまったのではないかな。」

 心が壊れて、アクマ作りに没頭するなんて、やっぱり変な部員ばかりじゃないか。

 内心でそんな文句を垂れつつ、笑顔を作って、僕は応えた。

 「任せてください。僕が安全に、クルミをガクさんのところまで送りますから。」

 本当は、僕なんかが役に立てる自信なんてないのに。反吐が出るほどお節介な奴だな、僕は。


***


 単語帳の、付箋がついていた英単語は半分くらい覚えた。実戦で使いやすそうな単語ばかりに付箋を貼っていたらしいので、考えることが少なくてありがたい。僕には出来ない芸当だ。さすが、英語科の首席である。

 一方でナガレのビームソードは、曲線を描けるようになっていた。放物線、サイン曲線、対数曲線。使いこなせば、ほとんどの位置に攻撃が届くはずだ。今まで英語ばかり勉強していた筈なのに、器用なやつだ。家で相当努力したのだろう。

 「レッドミーティア赤点常連生徒も、やれば出来るじゃないか。何か心情の変化でもあったのかい。」

 そう聞くマドカも、技の精度を上げたらしい。変わらず魔法は防御が主だが、その範囲が広がっている。

 「まぁな。もうレッドミーティア赤点常連生徒とは呼ばせねぇよ。」

 ナガレが得意げに答える。それは僕の呼び名だもんね。


 「今度は全員で窓から侵入するわ。」

 しばらく修練を積んだ後の放課後、いつもの教室で前回の反省を活かした作戦が伝えられる。

 外から攻めれば、あの狭い廊下とは異なり、広い空間でナガレやマドカの特訓の成果が役に立つわけだ。僕たちが鍵開けに失敗したことを、フォローしているつもりかもしれない。

 そのために窓を割る許可をもらったのだろう。理事長も太っ腹というか雑というか。

 「前衛はハロちゃんと私ね。」

 「車道くるまみちは温存しなくていいのか。」

 クルミの決定に意を唱えたのはナガレだった。クルミは大人しく温存させられるような人ではないのだが。そんなことがわかっていないのも、仕方ないかもしれない。ナガレはクルミと一緒にいた時間が短いし、他人に興味無さそうだし。

 「だって宙に浮く魔法が使えるのは私とハロちゃんだけなのよ。」

 「ハロは正確には、身体が軽いだけっすけどね。」

 リカが訂正する。水素の擬人化。言われてみれば、水素は軽いとか習った気もする。存在しない同級生イマジナリーメイト(イマジナリーメイト) にそんな特性もあったんだ。てっきり爆発させられるだけかと思っていた。

 「修行の成果、お見せするっすよ。」

 とリカは意気込んでいる。ひたすらに 存在しない同級生イマジナリーメイト(イマジナリーメイト) 同士の鬼っごっこをしてたが、遊んでいたわけではないらしい。

 「身軽になら、僕も出来るかも。僕も前衛やるよ。」

 僕も名乗り出た。lightとかflyとか、そのあたりの魔法を唱えれば軽くなったり空を飛んだりできると思う。

 「でもワドさん、直接攻撃の魔法あんまり無いじゃないっすか。」

 リカの指摘ももっともだ。僕、築地口ちくじぐちワドの魔法はサポートがメインなので攻撃手段が少ない。しかし、今の僕は違うのである。僕には岩塚いわつかナガレとして生きた経験がある。

 「僕もこれ使うから。」

 そう言って木製の柄を見せつけてやる。どうやらワドも、入学時に理事長からもらっていたらしい。裏口入学特典のつもりなのか、この未来を予測していたのか。理由を知るのは、理事長のみである。

 「ナガレさんと同じやつっすよね。使えるんすか?」

 そんなリカの素直な質問に、答えたのはナガレだった。

 「直線ぶん回すくらいは出来るだろ。」

 舐めたように言う。ちくちく言葉だ。たぶん君より僕の方が、剣技には長けていると思う。これまでレッドミーティア赤点常連生徒として、留年を避けてきた技術を舐めるな。

 「ワド君、数学は専門外じゃないか。何か簡単に教えようか。」

 マドカも不安そうに見ている。

 「得意って程ではないけど、授業は真面目に受けてるから。一次関数くらいなら簡単だよ。」

 真面目に受けていたのに一次関数が限界だったんだけど。黙っておく。

 「じゃあ前衛は私とハロちゃんと築地口ちくじぐちくんね。築地口ちくじぐちくんにサポートまで任せると大変かしら。」

 「肉体的なサポートはうちのオージンが出来るっす。」

 リカが名乗りを上げる。オージンは酸素の擬人化だ。横でナガレが、嫌なことを思い出したように苦い顔をした。学園外でオージンから一回、特別教室棟で桜山さくらやまガクから一回、計二回も酸素の魔法で窒息させられた当事者である。

 「体内の酸素を制御することで、息切れを予防したり、ちょっとだけ筋力上げたりできるっす。」

 これが本来の使い方である。僕の下手な魔法より優秀だろう。さすが首席。

 「防御は僕に任せておくれよ。」

 マドカが負けじと続いた。得意魔法、軌跡と領域。式で表すことができる図形を具現化してバリアを貼る魔法。

 「で、倒しこぼれたアクマは俺が倒すんだろ。」

 ナガレも続く。役割がわかっているようで何より。ナガレこそ、今までサポートがメインの戦い方をしていたのにビームソードなんて扱えるのだろうか。まあ器用な奴なので心配いらないとも思いつつ、僕だったら無理だろうなと思いを馳せてみる。


 決戦は三日後だそうだ。僕たちが卒業生と魔法の特訓をしていた間、クルミは特別教室棟の周りでデータ集めを続けていたらしい。より信憑性の増したデータによると、三日後がアクマの出現量が最も少ないだろうという予想だそうだ。もうデータの量が膨大すぎて、僕にはさっぱりだったし、分析はスウに手伝ってもらったらしく、クルミもあまり理解していない様子だった。


***


 後日。決戦の日。僕は集合場所に向かっていた。

 授業が終わってすぐの放課後の学校は、みんなが楽しそうに昇降口に向かって歩いていて、僕だけが死地に向かう兵士みたいな気持ちだった。周りの景色は僕の心境とかけ離れすぎていて、VRでも見ているような気分の悪さである。

 好きなものを忘れるのは嫌だ。

桜山さくらやまガクは、それが救いだと言っていた。でもアスクのことを忘れたマドカを思い出すと、そんなことないってはっきり言える。あんなのは、マドカじゃなかった。

 三つ眼のアクマを止めなければ。

 「ワド。」

 後ろから、僕の名前を呼ぶ声がした。ナガレだ。

 お互い、姿が戻ってからもあまり話す機会は無かった、というか避けていた自覚がある。人生の半分くらい、体を借りてしまったんだ。申し訳なさがある。僕がナガレじゃなかったら、岩塚いわつかナガレはもっと優秀でみんなからの信頼の厚い生徒だったと思うからだ。

 「お前はすごいやつだよ。馬鹿なのに友だち多いし。みんなが学力でやってることを身体能力でカバーしてるの、やばいよ。」

 「褒めてる?」

 「褒めてる。」

 当たり前のことを羅列されても困る。すごいのはナガレの方だ。

 「君が両親に早く帰ってくるように頼んだんでしょ。裏口入学のくせに勉強頑張ってたりさ。僕に出来ないことを何でも出来ちゃう人に褒められても喜べないからね。」

 なんだそれ、と僕の気も知らないでナガレは呆れたように笑った。

「もしも俺がアクマに食われたらさ。」

 ナガレが不穏なことを言う。

 噛まれると退学になる一つ眼のアクマ。好きなものの記憶を食べる三つ眼のアクマ。

 「性格とか変わると思うけど、それでも」

 友だちでいてくれるかな。

 そう言いたかったんだと思う。そんな消極的な言葉を、ナガレの口から聞きたくなくて、僕は遮った。

 「僕と体が入れ替わっても、何も変わらなかったでしょ。」

 クルミ達オカルト部の部員との関係は良好。僕は首席として、授業中のプレッシャーは大きくなってしまったけど、勉強する内容が変わったわけでもない。自分のことは嫌いになったけど、築地口ちくじぐちワドのことが嫌いなのは元からだ。

 好きなものが変われば、きっと生き方は変わってくる。でも人格が変わるよりは小さな変化なんじゃないかな。

 「ナガレがクヨクヨしないでよ。岩塚いわつかナガレは、周りを気にしない無鉄砲野郎なんだから。」

 僕はそう信じて、数年間岩塚いわつかナガレをやっていたんだ。

 「ああ、ワド、ちょっと変わったよ。」

 そうだね、僕は励まされる側だったから。

 「そろそろ行くか。ワドのおせっかいに付き合うぜ。」

 「あの時、最初にクルミに誘われたのが君だったら、きっと断って何も起きていなかっただろうね。」

 僕が起こした戦いだ。僕だったから始まってしまった戦いだ。最後まで戦わなくちゃね。


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