3. change①
「最近はワド君と遊ばないのか。」
夕食どき、そんな話を突然振ってくるのは、母のイチゴだった。
「ワドと同じ高校って、言ってあったけ。」
普通の家はママ友なんてネットワークがあるらしいが、そんなものとは縁遠いイチゴである。
教師を辞めても、肩書きは研究者。ナガレも詳しくは知らないが、普段は鍵のかかった自室に篭って何かの研究をしているのだ。
「ミロク君から聞いた。」
イチゴが当然のことのように答える。それもそうか。科霊学園理事長、
理事長経由ならば仕方がない。バレない方がおかしいのだ。
昔、小学生の頃はナガレとワドは仲のいい友だち同士だった。幼稚園で知り合ってから、ナガレが転校した小学三年生まで。幼少期にしては長い付き合いだったと思う。
ワドの両親は共働きで忙しく、学校の行事にも参加できないような家だった。一方のナガレは、ナガレの実親に加えて、イチゴたち夫婦、そしてなぜかミロクも夫婦で参加するのだから行事の時は大所帯だった。運動会の昼食は、ワドもナガレたちと一緒に食べるのが恒例だった。そんな付き合いなので、ワドが科霊学園にいることを理事長のミロクが知らないはずがないのである。
「ワドなら部活に入ることになったよ。」
「部活って、前に話していたオカルト部か。」
そうそう、とナガレは適当に返事をする。イチゴは「そうか」と妙に納得したような態度だった。
「急にどうしたの。」
ワドの話なんて、二年以上科霊学園に通っているにもかかわらず、初めてのことだった。ナガレは何となく話題に出す気になれず、ずっと触れないようにしていたのだ。ずっと会っていなかった幼馴染のことが気まずいのか、それとも何か別の理由があったのか、原因は分からないが、とにかくワドのことは考えたくなかった。
「もう一年もしないうちに卒業だろう。解決すべきことは、そろそろ手をつけた方がいいと思ったんだけど。」
「解決すべきことって。俺何かあったっけ。」
「それは自分で思い出せ。ワド君と一緒にいれば、何か思い出せるだろ。」
心当たりのないナガレをよそに、イチゴは食器を持ってキッチンへ行ってしまった。随分と放任な親である。
ナガレは、小学校低学年の頃の記憶が曖昧だった。幼い頃の記憶なので、仕方ない部分もあるのだろう。その点を責める気など毛頭無いのだが、誰かの助けは欲しいところである。
「ワドが覚えていたら、話が早いんだけどな。」
ありえない話ではない。
***
翌日。
オカルト部にリカとワドが加わったことは、クルミとマドカにチャットで連絡してある。今日は顔合わせだ。
場所はC組の教室。教室棟の真ん中あたりに位置するので、落ち合うにはちょうどいい。元々はA組で集まるよう声をかけたところ、ワドに遠いだのと文句を言われたのだ。それほど距離が離れているわけではないので、ナガレに反発したかっただけのように思う。
「君がリカ君だね。ナガレから話は聞いているよ。」
教室に集まるなり、マドカは興奮気味にリカに握手を求めた。自分と同じ学級委員に、女子生徒がいたことが嬉しかったのかもしれない。
「あたしもテツを通じて、マドカさんの様子は見ていたっす。お会いできて光栄っす。」
こちらはすぐに打ち解けそうである。
意外にも、問題はクルミとワドの方だった。
「
編入直後に相当話題になったのに、クルミの存在を知らなかったらしい。
「
「
ワドは女子生徒からの人気が高く、顔の広いワドが、クルミのことを全く知らなかったというのは不思議である。他人に過干渉しないナガレですら、よく聞いた噂だったのに。
「これまでの現状をクルミから説明してくれ。」
挨拶が終わったところで、進行をクルミにバトンタッチする。クルミが過去から来たこと、マドカと三つ眼のアクマの関わり、どこまで明かして説明するべきなのか、ナガレには判断できなかったからだ。
「そうね。どこから話そうかしら。」
クルミも考えるような素振りを見せた。一息に説明するには複雑すぎるような状況なのである。
「まずは、私が三十年前の過去から来た人間というところから説明するわね。」
ナガレが明かすべきか迷っていたところから、あっさりとクルミは話し始めた。しかも一番複雑なところだ。リカとワドはポカンとした後に顔を合わせていたが、クルミはお構いなしである。可哀想なので、後で可能な限り補足説明でもしてやろう。
「私の目的は、かつて一緒に部活をしていた仲間に会うことなんだけど、その内の一人が特別教室棟でアクマをつくっているみたいなのよね。だからまずは、それを調べたいの。」
そう早口になるクルミの説明を頭の中で砕きながら、リカが口を挟んだ。
「アクマって、この前の三つ眼のやつっすか。」
学級委員である二人が、三つ眼のアクマの襲来を知らない筈がないのだ。
あの日、テツとワドは、一般生徒たちの誘導と保護を担ったと聞いている。クルミは「ええ。」と短く肯定し、次はワドが質問をした。
「あのアクマで誰かが犠牲になったわけでも無いし、調べる必要性はあまり感じないけど。僕たちは、
ワドが笑顔で、棘のある言い方をする。ワドらしくない。女の子に頼まれたことには、二つ返事で応えるような奴なのに。
「そういう言い方もできるわね。」
クルミは否定しなかった。いやいや、とナガレがフォローに入る。
「退学した生徒がいなかったとしても、あの時は学園中がパニックだっただろ。怖い思いをした人だっているだろうし、原因の究明とか再発防止とかさ、やるべきことは多いぜ。」
「
相変わらずニコニコと笑いながらワドが言った。女子生徒に人気の笑顔が、今は怖い。
「随分と人に優しくなったんだ。内申点狙いかな。
ワドはその矛先を、次はマドカに向けた。マドカは表情を変えずに、
「ちょっと貸しを作っただけさ。アクマについても、気になることがあるしね。」
淡々と答えた。あの鞄に住み着いていたアクマも、アスクに関する記憶を食べられたことも、額に目覚めた瞳のことも、話すつもりは無いらしい。ふうん、とワドはそれ以上何も言わなかった。
「入部する気が削がれたかしら。」
「入部はするよ。危ないことするなら、人手は多い方がいいでしょ。君たちを止められるとも思わないし。」
ワドが呆れたように言う。その点はナガレも同意だ。物理講義室に乗り込むには、魔法を使える生徒の協力が必要で、クルミを止める方法は思いつかない。
「それなら決まりね。あとで理事長に創部届を出しておくから、名前を書いてくれるかしら。」
クルミが携帯端末をワドに差し出した。ナガレとマドカはとっくの昔に署名した届だ。その部員欄が、やっと五人の名前で埋まる。
リカの署名が終わるのを待たずに、ワドは話を進めた。
「三つ目のアクマについて、現状でわかっていることを教えてほしいな。」
「僕から話すよ。」
マドカがその役を引き受ける。噛まれた当事者として話せることがある、というわけではなく、話す部分と伏せる部分を選ぶためだろう。人間関係を築く上で、必要なことだ。ナガレだって、クルミとマドカに隠していることはたくさんある。家族のことも、学園外で魔法が使えることも、話す気はない。
「と言っても、ほとんどのことがわからないままなのだけどね。物理講義室にいる人物、
マドカは出来事を思い起こすように、ところどころ間を開けながらざっと説明した。
「好きなものっすか。」
反応したのはリカだった。
「あたしが噛まれると、魔法を使えなくなる可能性が高いっすね。テツたちの存在は、ほとんど趣味みたいなものなので。」
ファンタジーオタクの擬人化趣味、それがリカの魔法、机上のクーロンだ。実際、マドカも複数のアクマに噛まれた時は魔法を使えなかったので、ありえない話ではない。むしろ、魔法を忘れることはよくあることとして、頭の片隅に置いておいた方がいいかもしれない。
一方のワドは、
「僕はあんまり勉強好きじゃないし、心配いらないかな。」
と興味なさそうに呟いた。
「おや、勉強は嫌いかい。ひたすら問題を解くのは、楽しいと思うけれど。」
数学好きのマドカが反論する。
「英語は単語さえ覚えれば、何でも読めるようになるからやってるだけ。首席の座から降りる気はないからね。一番単純で簡単でしょ。」
ワドはつまらなそうだった。元々、嬉々として勉強をするイメージはなかったのだ。仲が良かったのが小学生の頃だったから、ということもあるが、ワドは友達と遊んでばかりで全然勉強しない子どもだった気がする。当時はナガレの方がコツコツとドリルを進めるタイプだった。
ぽちぽちと大人しく書類を整理していたクルミが、ふと顔をあげる。計画書でも書いていたのだろうか。
「早速だけど、明日から特別教室棟について調べ始めましょう。いきなり物理講義室まで突破できるとは思えないもの。時間をかけてじっくり進めるつもりよ。」
それもそうだ。物理講義室は三階。特別教室棟はアクマが発生しやすい場所だ。あっさりと到達できるような場所ではないのである。
まずは周辺を調べて、少しずつ探索を進めるという方式が良さそうだ。
その後クルミが、脳内にずっとあったであろう計画を説明する。やっと部活動らしくなってきた。
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