2.机上のクーロン④

 「生きてるか、ワド。」

 一応確認しておく。アスファルトの上に伏せているが、わずかに動いているので問題ないだろう。

 「生きてる。」

 口元を拭いながら、ワドは元気の無い口調で答えた。オージンに酸素を操られて、窒息でもさせられたのだろう。呼吸系の補助をする魔法が、このような攻撃になるとは恐ろしいものだ。学園での敵が、アクマに限られていてよかったと心底思う。

 「休んでろ。テツを助けて戻ってくる。」

 「幻同士の戦いでしょ。勝手にやらせておけばいいじゃん、野並のなみちゃんは無事なんでしょ。」

 意外にも、ワドの態度は冷たかった。何も知らせていなかったので、拗ねているのかもしれない。

 「そういうわけにもいかないだろ。」

 テツだけがリカを守ろうとしていたことも気になるのだ。放置でさようなら、なんてわけにはいかない。ワドを道の端に移動させて、ナガレはさらに道を遡る。

 いつまで経ってもテツとハロの姿は見えなかったが、代わりにテツと別れたあたりで見覚えのないロッカーを横切った。

 教室の掃除道具入れのような、人ひとり入れそうな縦長の金属ロッカー。それに、よく見ると扉もない。

 「テツ?」

 ゴンゴンと叩いてみると、

 「どうして戻ってきた。」

 と冷めた口調で言われる。

 クーロンってここまで変形できるんだ。感心しつつ、途方にくれる。おそらく、この箱状に変形したテツの中にハロを閉じ込めているのだろう。

 「俺も魔法使えたんだよ。」

 申し訳ないけれど、ナガレは言葉を続ける。

 「テツごと斬っていいか。」

 「やれ。」

 答えはすぐに返ってきた。ごめん、とナガレは応えて、腕を振る。

 鉄は軽く切れ、中の水素は空気に混ざって消えた。

 あっさりとした幕引きである。



 ナガレは息を吐いて緊張を解いてから、再び足をリカの家の方へ向けた。これで一件落着のはずだ。道中ワドを回収しつつ、リカに報告しなくては。

 「ワド。立てるか。」

 道端に座り込むワドの腕を掴み、引き上げる。見たところ、大分回復したようだった。

 「もう平気。僕も魔法使えたから治した。あ、でも少しクラクラする。」

 そう言いながら、ワドはナガレに体を預けながら歩き出す。人に甘えるのが得意な奴だ。呆れつつも、ナガレは文句を言わずにそのまま歩く。何も説明しないで、これほどに巻き込んでしまったのだ。罪悪感や申し訳なさを感じていないこともない。

 「ナガレ君、ワド君。」

 リカの家から数十メートル手前の地点で、リカは二人を待っていた。

 一部始終を聞いたリカは、案外落ち着いて状況を理解しているようだった。

 「ワド君も魔法を使えたってことは、あたしも魔法を使える可能性が高いっすね。制御できるなら学園にいる時と同じなので、怖いことは無いっす。」

 結局、リカの魔法、机上のクーロンがなぜ暴走したのかは分からず仕舞いだ。今回の件でわかったことは、学園外でも魔法が使えるということだけ。

 「リカにも心当たりは無いのか。テツだけ暴走してなかったけど、何か理由がありそうか。」

 ナガレが引っかかっているのは、そこである。ハロとオージンがリカを狙っていたのに対して、テツはリカを守る姿勢を見せていた。ハロたちがリカを狙う理由は、魔法の制御を奪うためだと言っていた。そうなるとテツの行動は不可解なのである。

 「テツだけは、生まれたきっかけが違うからかもしれないっす。」

 リカには、心当たりがあるようだった。

 「ハロやオージンは、あたしが中学生の頃に考えた子たちだったっす。

 すいへいりぃべいぼくのふね、あたし、化学の周期表が全然覚えられなくて、擬人化して覚えたりしてて。ちょうど厨二病って時期だったんすよ。考えた子たちにはストーリーもあって、あの子たちは自由を求めて戦いに身を投じるような、そういう世界に生きていたんです。

 学園では他の人に迷惑をかけないように、そういう野心家的なところは制御してました。だから制御ができなくなった時に、真っ先にあたしを襲ったのは解釈一致っすね。

 で、テツはあたしが高校生になってから考えた子なんですよ。C組の首席になって、あたし生身じゃ戦えないしなぁ、学級委員の仕事面倒臭いなぁって思って、代理を立てるために生まれた子なんです。人前に出たくないあたしを守るための騎士、それがテツ。

 だから制御できなくても、あたしを守ってくれたんだと思います。まぁマジで学園外で見た時は、信じられなかったから幽霊だと思いましたけど。不器用ながら使命を全うするあたりはテツらしいっすね。」

 そこまでリカが語り終えたところで、小声でワドが「解釈一致って何」なんて聞いてくる。「イメージ通りってことだろ。」と適当に答えておいた。

 テツの一連の行動については、なんとなく理解した。制御を外れても、クーロンたちはリカが作り上げた偶像に過ぎなかったのである。

 「野並のなみちゃん、これからどうするの?あいつら無しじゃ学級委員の仕事に支障出るでしょ。」

 ワドがそんな指摘をする。女の子相手には気が回る奴だ。

 テツに学級委員長代理を任せていたということは、つまり真のC組首席、学級委員長はリカということになる。下校時のアクマ討伐など、仕事は多い。

 「今まで通りっすよ。ナガレ君、テツの本体って、まだ道端に転がってるっすよね。」

 ああ、とナガレは肯定する。かつてテツだったものは、鉄の塊になってしまったが、まだナガレが斬った現場に放置してある。

 「あれに魔法をかければ、またテツは動ける筈っす。クーロンは不滅なので。」

 「また暴走したりしない?」

 「大丈夫っす。学外でも魔法が使えることはわかったので。」

 リカが自信気に言う。ナガレに続き、ワドまで使えたのだ。今まででは考えられなかった事実だが、疑っていないのだろう。

 「そういうわけで、あたしも力を貸せますし、感謝もあるので部活手伝うっすよ。」

 リカがそんなことを言う。そういえば、オカルト部に勧誘したことを忘れていた。ナガレにとって重要事項である。

 「部活?何それ。」

 横でワドが言う。こいつには知られたくなかったのに。

 「オカルト部っすよ。うちのクラスのクルミさんが部員を集めてるらしいっす。」

 リカがペラペラと喋る。隠していたことではないので仕方ないのだが、ワドには聞かれたくない話だった。女子生徒が関与していることが露呈すれば、こいつは絶対に首を突っ込んでくる。

 「へぇ、今は何人集まってるの?」

 「クルミさん、ナガレさん、あとA組のマドカさんもいました。あたしで四人目のはずっす。」

 テツを通じて、リカに話していないことまで全てバレている。もうナガレには止められなかった。

 「あと一人か。僕も入るよ。ナガレ一人で女の子たちを守れるとは思えないしね。」

 ワドが当然のように言う。ナガレの予想通りだった。

 「俺はお前とは一緒にやりたくないけど。」

 「それは僕も同じ。でも君、放っておくとまた危ないことに突っ込むでしょ。」

 ワドが分かりきったような口調で言う。ナガレは臆病なワドとは違うのだ。多少問題があっても、利があることには突っ込む。ナガレはそういう性格なのだから、その点は諦めてほしい。

 ほほう、とリカは楽しそうにナガレたちのやりとりを見て、

 「五人集まったっすね。部員。」

 笑顔でそう言った。

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