2.机上のクーロン①

 目下の目標は、オカルト部の部員集めだ。それも名前を貸してもらうだけでなく、ある程度魔法を扱える戦力である必要がある。

 「やっぱり委員長になるわよね。」

 クルミが分かりきったことを言う。ここ数日、放課後の学園をさまよったが部員候補者は見つからなかった。魔法を使える生徒となると、やはりアテは学級委員長しかいないのである。

 A組、数学科首席、亀島かめじまマドカ。

 B組、国語科首席、入中いりなかアスク。

 C組、理科首席代理、テツ。

 D組、社会科首席、金山かなやまセイジ。

 E組、英語科首席、築地口ちくじぐちワド。

 「アスクは駄目だからね。」

 マドカが釘を刺すように言う。残りは三人。クセの強い面子である。

 「岩塚いわつかくんは、仲の良い人いないのかしら。」

 「C組の委員長は会ったことがない。セイジは、理事長が許すと思うか。」

 セイジの父、金山かなやまミロクはこの科霊学園の理事長である。そして過保護な親でもあった。学級委員長の仕事ですら最初は反対していたらしい。

 「ミロク君は身内に厳しいものね。」

 クルミが同意する。

 「ワド君はどうだろう。委員会で話したことがあるけれど、話しやすくて良い子だよ。」

 マドカがそう提案する。

 「あー…」

 ナガレは言いづらそうに否定した。

 「俺あいつ苦手なんだよな。」

 英語科首席の築地口ちくじぐちワドは、ナガレの幼馴染だ。幼稚園と小学校が同じだった。親同士の仲が良かったこともあり、ナガレが小学三年生で転校するまでは、ずっと一緒にいるような友だちだった。しかし、その時から正直、ワドのことが気に食わなかったのである。お互い様なのだろう。

その証拠に、高校での再会は奇跡的だったが、入学から今に至るまでほとんど会話を交わしていない。お互い有名になってしまったので、なんとなく状況くらいは耳に入るという次第だ。

 「もううちの委員長しか残ってないじゃない。」

 クルミの言う通り、もうC組の学級委員長だけが頼りである。頼り、なんて言うが、同じ学級委員長であるマドカですら、業務連絡以外の会話はほとんどしたことがないらしい。ナガレには接点が全くない生徒だった。

 3年C組、テツ。

 本名は誰も知らない。

 肩書きは委員長代理。本当の理科首席のことは誰も知らない。噂で聞いてわかっているのは、テツが学級委員長の仕事を担っていることと、あまり授業に真面目に参加していないこと。それから名簿上では、どのクラスにも存在していないことだ。

 実にオカルト部らしい案件である。


***


 「部活?やなこった。」

 放課後、ポニーテールの男がぶっきらぼうにそう断る。

 彼こそがC組学級委員長代理、テツである。

 「なんだよ、オカルト部って。ここで起こる超常現象は全部魔法だぜ。」

 それな。ナガレは心中同意する。その魔法を解き明かそうという部活なのだ。

 「亀島かめじまがこんな誘いに乗るとは意外だな。弱みでも握られたか?」

 「うるさいよ、テツ少年。僕にだって色々あるのさ。」

 ふうん、とテツは深追いしなかった。誰にだって話したくないことはあるのだ。ナガレが裏口入学したことや、クルミがタイムスリップしてきた過去人であるように。

 マドカも三ツ眼のアクマの存在を公にする気はないらしい。秘密を知る人物は少ない方がいい、という考えなのだろう。入中いりなかアスクにだけは、知られてはいけないのだ。

 「テツ君は何か困っていることはないのかしら。力になるわよ。」

 「その代わり部に入れってことだろ。あいにく、今の俺に悩み事なんて無いんだ。」

 テツを引き込むのは、なかなか難しそうなミッションである。ナガレの隣で、マドカが諦めたそうな顔をしていた。今日は退くべきか、と考え始めたところでテツが

 「オカルトっぽい案件なら知ってるけど。」

 などと言い出した。

 「車道くるまみちは編入生だから会ったことねぇと思うけど、C組にはずっと不登校生徒がいるんだよ。|野並のなみ《のなみ》リカって奴。一年の初めの内は来ていたがな。もう二年以上来ていないのに、なぜか進級できているんだ。」

 「それは、アクマを倒して補っているからでしょう。この学園では驚くことじゃないわ。」

 「それくらいわかってるよ。試験は別室で受けているって噂だしな。ただ間違いないことは、授業に出席しなくても進級できるくらい頭が良いか、低い点を補えるだけの魔法の使い手ってことだ。そこのレッドミーティア赤点常連生徒よりも役に立つんじゃねえか。」

 突然乏しめられたが、返す言葉もない。誰がなんと言おうと、この学年のドベはナガレなのである。

 「でも不登校なんだろう。誘いようがないじゃないか。」

 マドカがむっとした口調で聞くが、

 「そこまでは知らねえよ。お前らでやってくれ。」

 テツはそう言い残して、さっさと帰ってしまった。放課後の学園に引き止めるわけにもいかず、結局、成果らしい成果は得られなかった。


 仕方なく今日のところは解散とし、ナガレはアクマ討伐に向かう。運よく今日こそは、誰か残っていないかと期待したが、こちらも収穫はゼロである。

 空が暗くなってきた頃、アクマ討伐を切り上げたナガレは、靴を履き替えて校舎を後にした。

この時間の科霊学園は静寂だ。生徒はみんな帰ってしまったし、教員だって残っている方が少ないだろう。

そんなことを考えていた矢先、校門で一人の女子生徒が辺りをキョロキョロ様子見していた。片足は学園の敷地内に、もう片方は歩道に乗っている。首を伸ばして住宅街の道の先を確認しているようだった。

 「何やってんの?」

 知らない生徒だが、ナガレは三年生なので、どうせ相手は同級生か後輩だ。臆せず話しかけてみる。

 「わわっ。いえ、なんでもないっす。」

 女子生徒はナガレに気付いていなかったのか、振り向くと共にはためくツインテールが、彼女の驚きを表していた。

 そういえば彼女はブレザー制服ではなく、学園指定のジャージを身に纏っている。普通の高校なら部活帰り、なんて想像ができるところだが、この科霊学園には部活なんて存在しない。

 「あー…えっと」

 居づらくなったのか、女子生徒は

 「幽霊を見たって言ったら、信じます?」

 オカルト部的な案件を口にした。


 「この学園で起こる超常現象は」

 「学外で見たんすよ。」

 魔法だろ、と言おうと思ったところで、そう遮られた。

 学園から一歩出れば、魔法なんて存在しない世界だ。大抵のことは科学的に証明されるはずなのだ。そこで幽霊を見たなんて、いよいよオカルトらしくなってきた。

 「それで、怖くて学外に出れないのか。」

 「いやぁ、面目ないっす。」

 女子生徒があはは、と悲しげに笑って肯定した。

 「仕方ない。家まで送るよ。近いのか?」

 女子生徒は驚いたような顔をした。初めて会った人に、そんなことを言われたら当然か。住所も知られてしまうし、慎重になるべきことである。少し迷った素振りをしてから、「お願いします」と返事をして、やっと一歩を踏み出す。家は歩いて十五分程らしい。そんな短距離で幽霊に会うなんて、霊感が強いのか運が悪いのか。

 「幽霊ってどんなやつ?長い髪の女、みたいな?」

 歩きながらナガレが尋ねてみる。やはり王道は、井戸から出てくるようなやつだろう。

 「いや、男っすよ。髪は長かったけど。」

 「静かに佇んでるタイプ?突然追いかけてくるタイプ?」

 「こそこそ追ってくるやつっす。電柱とかの陰からこっちを覗いてて、」

 「それたぶんストーカーだぞ。」

 幽霊じゃなくて。人間。幽霊より怖いやつだ。実害があるやつだ。

 「いやぁ、あれは幽霊っすよ。」

 なぜか同意を得られなかった。

 それから色々と聞き出してみたところ、やはりストーカーに付き纏われているらしいのだが、最後まで本人が認めることはなく家に到着してしまった。

 「そうだ、名前を聞いてなかったっすね。」

 玄関扉に手をかけて、女子生徒はそんなことを言う。

 「ああ、ナガレだよ。岩塚いわつかナガレ。」

 有名人なので、ナガレのことは認知していると思い込んでいた。噂に疎いのだろうか。

 「聞いたことあるっす。レッドミーティア赤点常連生徒。」

 そういうわけではないらしい。顔を知らなかっただけみたいだ。

 「あたしは野並のなみリカ。3年C組っす。今日はありがとうございました。」

 そう言い残して女子生徒、野並のなみリカは帰宅した。

 その名前は、テツに紹介された不登校児である。


 「で、何のためにストーキングなんてしてるんだ。」

 ナガレが振り返って、暗闇の中に投げかける。人の気配が確かにあった。というか、一瞬だけ目視で捉えた。見覚えのある姿。やはり幽霊などではないのである。

 「リカに悪い虫が寄り付かないようにみてるんだよ。」

 典型的なストーカーみたいな言い訳をしながら、彼は街灯の下に現れる。

 

 科霊学園の制服に確かに長髪のポニーテール。幽霊の正体は、理科首席代理、テツだった。

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