1. 軌跡と領域③

 それから数日、三人は仲間集めに奔走していたが、収穫はなかった。そもそも要望が多すぎるのだ。魔法が使えること。放課後、学校に残ることに問題がない人。この初期メンバーと馬が合うこと。

 魔法が使える、という大前提があるので真っ先に候補に上がるのは、学級委員長たちである。

さらにマドカによると、一、二年生は戦力にならないらしいので三年生に絞られる。しかし首席だからか偶然なのか、学級委員長には一癖ある生徒ばかりが集まっているのである。ぜひ仲間に迎え入れたいメンバーなんていない。そういうわけで仲間集めは困難を極めていた。

 「今日も誰もいない校内で人探しかい。」

 授業後、生徒たちが出ていく教室で、マドカが嫌になってきたような口調で言う。ここ数日、放課後にアクマ狩りをしている生徒がいないか見回りをしているのだが、人影ひとつ見ていない。

 「他に何か良い方法があるのか。もう学級委員に頼るしか」

 「それは無しだ。僕が悪かったよ。」

 ナガレの意地悪に、マドカが必死になって止める。このやりとりも、そろそろ飽きてきた。

 「今日は学級委員の当番はないから、すぐにでも」

 マドカがそう言いかけたところで、携帯端末が鳴る。長い音楽。マドカが鞄から急いで端末を取り出すと、見知った人物からの着信だった。

 金山かなやまセイジ。社会科首席。D組学級委員長。ナガレの従兄弟でもある。

 「もしもし、セイジ君だね。ああ、まだ学園にいるよ。うん、うん。」

 相槌を打つマドカの声が、段々と暗くなる。

 「わかった。すぐ行こう。」

 マドカはそう言って通話を切った。

 「何かあったか。」

 「昇降口と校門の間でアクマが大量発生しているらしい。戦力不足で委員長が招集されていると言うわけだ。ナガレ、君も来るかい。」

 正直なところ、学級委員長が集まっているところには行きたくない。ひとり、嫌いなやつがいるのだ。顔も合わせたくない。

 しかしアクマ退治となれば、魅力的な話だった。仲間探しに集中していたおかげで、アクマの討伐数が足りていないのである。レッドミーティア赤点常連生徒としては、逃しがたい好機だ。

 「行く。」

 そう返事をして教室を出たところで、見慣れた女子生徒の姿が目に入った。

 「クルミ、お前も来い。」

 「え、ええ。」

 とんでもなく不親切な誘いに、やや戸惑いながら何も聞かずについてくる。適応力の高いやつである。

 廊下を進んで階段を二階まで駆け降りたところで、人混みに当たった。どうやら校舎の外に出られず、昇降口が詰まっているらしい。

 「窓から出よう。クルミ君、重力操作。」

 マドカがそう言って、進行方向を百八十度変える。

 「何がなんなのよ。」

 クルミはいまだに状況が掴めていないらしい。説明がないので当然か。それでも文句ひとつ無くマドカに続くのだから、肝が据わっていると思う。

 「g = 2.45」

 体にかかる重力を四分の一に減らされた状態で、窓から外に飛び出す。

 着地点にはもうアクマの群れが出来上がっていた。

 「y = ax」

 急ぎビームソードを展開させて、黒いスライムたちを一掃する。何匹か切り逃したアクマがいたが、切り返す前にピンポン球に弾かれて散った。

 「ナイス、クルミ。こいつらってさ。」

 「三つ眼ね。これ全部。」

 倒したアクマのみならず、周りを囲むアクマたちも、全て三つ眼のアクマだ。物理講義室の近くにしか湧かないと思っていたのに。


 「あなたがミミさんだね。パパから話は聞いてる。」

 後ろからそう話しかけてきたのは、マドカ呼び出した張本人、金山かなやまセイジである。

可愛らしいキャスケットと、スカートに黒タイツ。側から見れば愛らしい少女であるが、その正体は理事長の一人息子だ。

 「ミロク君の娘さん?かわいいわね。」

 クルミは初めて会ったらしい。嬉しそうなので、指摘はせずに黙っておく。

 「えへへ、積もる話は今度ね。力を貸してほしいの。」

 セイジが磨製石器を投げてアクマを倒しながら言う。戦況は悪そうだ。

 「セイジ、状況は。」

 「わぁ、あんたも来たんだ。レッドミーティア赤点常連生徒が首席様たちの役に立つの?」

 「討伐数は歴代一位なんだけどな。」

 そう煽り合う中でも、セイジは手を緩めなかった。冷静に周りを見渡すと、木でできた物見櫓や柵が乱立している。魔法でつくったのだろう。日本史好きのセイジらしい魔法だ。

 「ワド君とテツ君たちが生徒の誘導をしてくれていて、アスクちゃんはアクマを校庭に誘き寄せて戦ってる。マドカ君はアスクちゃんのヘルプに回って。ミミさんとナガレは私とここで戦闘。」

 セイジが指示を出した。

ナガレは普段、一人でアクマ討伐に明け暮れているのでチーム戦に関しては初心者なのだ。セイジの指示が的確なのか、デタラメなのか、判断がつくほどの経験が無い。ここは大人しく従うことにする。

 「了解。ナガレ、後でこっちに来てくれ。本気で行く。君は僕を止める役だ。」

 マドカがそう言いながら腕まくりをした。どういう意図かわからなかったが、とりあえず「はあ」と返事をしておく。マドカは申し訳なさそうな瞳でこちらを見てから、

 「行くよ、ミツメ。」

 そう鞄の中のアクマを呼んで、腕を噛ませた。

 前髪で隠れていた額に、アクマの眼が浮かび上がる。呼び止める間もなく、マドカは砂埃をたてて校庭へ走っていった。身体強化の魔法でも見たことのない速さだった。

 「クルミ、あれは。」

 「アクマの力でしょうね。亀島かめじまさん、知っていて隠していたわね。」

 アクマに甘噛みされたことがあると言っていたし、前髪を触る癖も今になって思えば、アクマの効果が発動していないか気にしていたのだ。ナガレたちに隠していた理由も何かあるはずだ。

 「岩塚いわつかくん、こっちは私がどうにかするわ。行って。」

 クルミがピンポン球でアクマを倒しながら言う。押され気味にも見えた。

 「行ったところで俺に何ができるんだよ。」

 アクマのことを何も知らないのだ。アクマに噛まれて、身体に変化が現れることも初めて知った。これから起こることも、やるべきことも、全く想像がつかないのだ。クルミの方がわかっているはずだし。誰か、もっと適任者がいる気がするのだ。それはきっと僕じゃない。

 「しゃんとしなさい。原因になったアクマを斬るの。」

 マドカのアクマを切る。対話をした仲なのに。それしかないのか。残酷な指示だ。クルミに任せたい。しかしマドカは、ナガレに頼んだのだ。ナガレがやらなくてはいけないのだ。

 「わかった。悪いセイジ、ここは任せる。」

 「状況わからないけど了解。あとで説明してね。」

 重そうな爆弾を投げながら、セイジはそう言って送り出してくれた。ナガレは急ぎ、校庭へ向かう。


 校庭は酷い有様、と言えるかもしれない。五十匹近くいそうなアクマの群れを、マドカが殴る蹴るで蹴散らしているのだ。

アスクは距離を取って呆然と様子を見ていた。見ているしかなかった。

 「アスク。見てわかること以外に、何か共有しておくことは。」

 一応聞いておく。不慣れなチーム戦では情報共有が大切だ。たぶん。

 「何もわからない、というのが正直なところ。私のこともわからないみたいで、さっき巻き込まれそうになったの。だから助太刀もできなくて。」

 アスクが自信なさそうに答えた。

マドカがアスクを巻き込むなんて、ただごとでは無い。魔法も使っていないように見える。一体、何が起こっているのか、ナガレにもわからないことだらけだ。

 「マドカちゃん、何度かアクマに噛まれてる。退学になったりしないよね。」

 アクマに噛まれたら、退学になる。ただの噂だが、その真偽を判断できるほどの情報を、誰も持っていないのである。

 「さあな。後のことは後で考えるしかないだろ。」

 クルミは、例のマドカに懐いていたアクマを倒せばいいと言っていた。群れに混じってしまった今、区別は不可能だ。全てのアクマを斬るしかないのだろう。ナガレはビームソードを構える。

 「私はどうすればいい。」

 「待機。マドカが正気に戻ったら、アスクが必要だ。」

 そう言って、ナガレはアクマの群れに身を投じた。

 マドカと距離をとりながら、一匹ずつ確実にアクマを倒していく。

 「やあナガレ。まだ早いんじゃないかい。」

 マドカがアクマを散らしながら言った。その腕や脚にも、額と同様にアクマの目が浮き上がっている。

 「俺のことはわかるのか。アスクが泣いてるぜ。」

 泣いているのは嘘だ。誇張表現だ。

 「アスク?一体誰のことだい。」

 本当に泣いちゃうぜ。

 アスクに関しては記憶から消えているみたいだ。さっきまで、あんなに必死になっていたのに。好きだったはずなのに。


 「ぼくたちはね、すきなものをたべるんだよ。」


 アクマと話した内容を、ふと思い出した。

 好きなものを食べるアクマ。これは仮説に過ぎないけれど、アクマがアスクに関する記憶を食べたのではないか。マドカがアスクを好きだから。

 「俺は脈なしってことだな。」

 いいのだ。おかげで連携が取れるのなら。マドカはまだ、ナガレのことを仲間として認識しているらしい。ナガレはマドカに後ろを任せて、一息にアクマたちをまとめて蹴散らした。

 油断したか、背後から一匹のアクマに噛みつかれそうになった瞬間、半透明の円盤が現れてアクマを弾いた。マドカの魔法である。

 「魔法も使えたのか。」

 殴って戦っていたので、魔法は使えなくなったのかと思っていた。

 「パッと思い浮かんだのさ。不思議だよね。」

 そう言うマドカの腕から、先ほど浮かび上がっていたアクマの眼が消えている。アクマを倒したことで食べられた記憶が戻った、ということだろうか。

 「そんなに数学が好きかよ。」

 自分への好意は数学以下、という事実はナガレにやや精神的ダメージを与えた。

 しかしこれは希望でもある。クルミの言う通り、原因になったアクマを倒せば、記憶も元通り。アスクのことも思い出せるはずだ。アクマの群れも、初見に比べて半分以下の規模になっている。

 勢いに任せて、ナガレはビームソードを振るった。大きいアクマは真っ二つ。小さいアクマは一突きに。ノリに乗ってアクマたちを倒していた時、手応えのある突きをした。大切なものを刺したような感覚。

 「ながれ。」

 聞き覚えのある、アクマの声がした。

 「まどかと、がくを、よろしくたのむよ」

 声は段々と小さくなって、テニスボールくらいの小さなアクマが、砂の上に散った。

 そこからの記憶はあまりない。マドカに守られながら、アクマを殲滅した。全て終わった後は、何事もなかったかのように、マドカはアスクに駆け寄っていた。

 「アスク、怪我はないかい。無理はしていないかい。」

 「うん、私は大丈夫。無理をしたのはマドカちゃんの方だよ。変なところはない?」

 アスクは内心、不安だったと思う。アクマの大量発生も、知り合いが噛まれたところを見たのも、初めてだったはずだ。それでも気丈に振る舞っている。大した精神力だ。


***


 クルミの方も、他の学級委員長たちの方も無事に治まり、生徒たちは全員無傷で帰ったらしい。優秀な集まりである。

 この件で三つ眼のアクマのことは、全校生徒にも理事長にも知られることとなったのだが、なぜかクルミに一任されたとのことだ。クルミが何か言いくるめたのだろう。深く聞くのはやめておく。

 数日は学園中がアクマの話で持ちきりだったが、その後特に変わった動向は無く、すぐに日常に戻っていった。

 そういうわけで、正式にオカルト部の目標は、三つ眼のアクマの研究と、物理講義室の人影、桜山ガクとの対話になったのだった。


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