曲がらない心、その軸は (2)


「……理解できているのなら、退学は一度白紙に戻しなさい」

「いいえ」

「———ッ!」


 カラドが今日何度目になるのかもわからない言葉を、荒い息と共に吐いても答えは変わらない。激情と共に、カラドは椅子から立ち上がった。


「ユツキ=キャナル! 正常な判断を下しなさい! 《楽園》へと至りたいのなら、この学校をトップで卒業する以外に道は無いでしょう! 幸い、あなたには才能がある。入試の際、二位と圧倒的な差をつけて合格したあなたなら、確実に———!」


 この世界には、《楽園》が存在する。遥か上にあるとされるその場所は、誰しもが憧れ、欲している。その場所に行くには、《楽園》に選ばれる必要があった。


 その選ばれる可能性が現実的に一番高いのが、ルーツ養成学園を首席で卒業することだった。過去の選別データを見ても、その比率は圧倒的なのは周知の事実である。


 首席での卒業こそが、大半の生徒が目指すゴールであり、学園長からもその評価を下されたのなら、それはもう間違いないと言い切っても良いレベルだった。


 カラドの言うことは間違いなく正しい。個性も性格も様々な入学者が殺到し、厳しい審査で選ばれた人物だけが、生徒として入学を果たせるルーツ養成学園。その中で、トップを取ることは並大抵では成し得ない。


 それでもカラドは、生徒を平等に扱わなければいけないというルールを無視してでも、そう確信して言い放った。なにしろ、筆記も実技も堂々たるトップ。今までにもどちらかで飛びぬけて優秀な生徒はいたが、文武共に優秀な生徒は例がなかった。


 ———こんな恵まれた生徒が、トップで卒業できないはずが無い‼


 そう考えるのも仕方の無いことでは無く、カラドの言葉は本心だった。


「いいえ」


 だが、届かない。カラドの本心から出ている必死な言葉は、しかしユツキ=キャナルへは何の影響も与えられていなかった。


 カチ、と針が時を刻む。


 穏やかな音色が響き渡ったのは、完全下校時刻である六時を回ったことを示していた。下校時刻が四時であり、そこから約二時間もの間説得し続けていたカラドの懸命な努力は、遂に結ばれることが無かったことを示す、敗北の音だった。


 その音を聞き、目の前に立つカラドが視線を下げたことを認識したユツキは、踵を返す。


「……それでは、ありがとうございました。半年という短い期間でしたが、充実した日を送れたのは学園長のおかげです。そのお返しがこういった形になってしまったのは申し訳ないですが———いつまでも、お元気で」


 最後まで表情を崩さなかったユツキは、扉を閉める。


 イーリス暦227年7月10日。ユツキ=キャナルは、ルーツ養成学園を辞めた。


 その後、今年の主席入学者が僅か半年で自主退学したという噂は、次の日には学校中に知れ渡り、様々な憶測が流れることになるが———ユツキにはもう、関係ないことだった。

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