曲がらない心、その軸は

難しい顔をした婦人が、青年を見つめていた。


 深緑色の髪は上で一つに纏められている、いわゆるお団子ヘアー。しかし、その視線は髪型の可愛らしい名前とは正反対の厳しさと、少しの困惑が浮かんでいた。


 怒るとしわが増えるというのはよく言われていることではあるが、青年はその顔を見て目の前の女性が五十代に差し掛かる年齢だったな、と関係の無いことを思い出す。


 青年が失礼なことを考えていたのが分かったのか、婦人は顔のしわをより一層濃くして目を細めた。要は睨みつけられている、というのが一番今の状況を表すのに最適だった。


「本当に、良いのですか? 後悔は?」

「はい、ありません」


 そこは、煌びやかな部屋だった。


 部屋に置かれている高級感溢れるガラス細工の机も、青年に対面する婦人が座っているガラス細工の椅子も、部屋を映えさせるピースとして違和感なく存在している。


 勿論、椅子に座っている婦人が穏やかな表情であれば更に違和感は無かったであろうが、穏やかとは真逆の顔をさせているのは紛れもなく青年が原因。


 そうであれば、その部分に文句をつけるのは筋違いと言う他なかった。


「しっかりと、よく考えなさい。頭で想像しなさい」


 教育機関の建物、その理事長室。その場所は、この世界に暮らす少年少女が自分の、あるいは誰かの願いを抱いて入学する教育機関である。


 その名前を、ルーツ養成学園といった。


「考えましたか? 想像ができましたか?」

「はい」


 ルーツ養成学園にある学園長室で、婦人は何度も諫める声をかけていた。

思い留まるように、一体どれだけの声をかけていたのか。


 それでも、直立不動で微動だにしない青年———生徒とも言える———は、表情を変えることなく二文字、あるいは三文字でしか返事をしていなかった。


 学園長であるカラド=ミラージュは、業を煮やして目を細めた。

 

 常日頃から、生徒の間で怖い、と言われている目がいつもより更に細められたのは、圧迫感を感じさせる。


「……先程の訓練講評をどうやら聞いていなかったようですので、特別にもう一度話しましょう。———いいですか? 整理をし、纏めて言葉にすれば、あれは確かにただの三つの斬撃です。えぇ、防御は理論上は不可能では無いんです。ですが、そんな一言で片づけられるほど、あなたの才能は単純では無いんです」


 外の暗い世界と同じ場所にあるとは思えない程に明るい部屋。それは、天井から釣り下がっているシャンデリアが、ガラス細工の机や椅子、置かれているアーティチョークなどをより一層強調するように照らしているからである。


 そしてその家具全てに、〝ジョウ=シオヒロ〟という製作者のネームが彫られていることも、青年は知っている。部屋の特徴、そしてどの製作者の製品なのか。


 全てが大体わかっているのは、この部屋に通い続けていた証拠だ。


「レベルⅤ三体を一瞬で倒した生徒など、この学園の歴史上二人と居ません。このままいけば、確実に上を目指せる。しかし、ここで退学するというのは明らかな判断ミスです。今後の人生を確実に破綻させる。理解できていますか?」

「はい」


 それなのに、青年の返答は変わらない。埒が明かないとカラドは思わず歯ぎしりする。


 はい、では無い。その返答以外が欲しいとずっと訴え続けているというのに、と。


 そう、ずっとこの調子なのだ。青年がこの学校に入学して僅か半年。先ほど、訓練を終えて急に学園長室に現れたと思えば、机に差し出されたのは「退学届」と書かれた封筒。


 訓練への評価を話そうと呼び出しを考えていた矢先の出来事。驚愕と共に封をされた中身を読んでも「一身上の都合により」としか記載されていない。


 それだけの事で納得できるわけもないカラドは、目の前の青年に向かって考え直すように言い続けていたのだった。


 それは、他の誰でも無い原石。


 ———今年の入学者主席である、ユツキ=キャナルへと。

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