フォールンラダー・ユートピア

@TodayMoon

【第一章】階層都市篇

コールドオープン

「———あ、無駄だこれ」


 自分でもどうしてこのタイミングで気づいたのかが分からなかったが、青年は下らないことを思いついたかのような感傷のまま、ぼそりと呟いた。


 目の前には、青年と同じような背格好の影が立っている。


 その影がゆらりと動いたかと思えば、刹那の速さで青年の真横へと姿を現し、手に持っている長剣を振り切った。


 だが、その剣が振られる一瞬前に青年は飛びのいて距離を取っている。


 その様子を見ていたギャラリーから、どよめきが起きた。


 青年がいる施設は、学園が運営する訓練施設の一つであり、完全な防音。その為、いくらギャラリーが砂の数ほどいたとしても聞こえるはずはない。


 無いのだが、それでもそのどよめきを感じ取っていた。


 それは、訓練中の青年が極度の集中状態にあるという事。例え、今行っている訓練すらも無駄であると、数刻前に気付いていたとしても。


「———‼」


 攻撃を躱された影が、言葉の無い絶叫をあげる。それに反響したのか、ホログラムでできている影の身体が幾ばくかブレた。


 影のレベルはⅤ。


 訓練施設、この階層都市の中で一番の難易度に設定されている強さ。


 それほどの強さでなければ、ホログラムという機械の軸を己の絶叫で揺らがせることなど不可能である。


 青年が今、相対している存在というのはそれほどの強さ。それが———


『最終関門。ゴーストⅤを三体へと増やします』


 機械的なアナウンスが流れると共に、何も無かった空間からホログラムが展開される。


 それは姿を変えていき、やがて影と背格好、持ち物すら似通った影が三体出揃った。


「首席合格者しか挑戦を許されていないゴーストレベルⅤでも、この程度か。……やっぱり駄目かな」


 冷酷な眼差し、冷えた吐息。もし、それが生身の人間へと向けられたものであったとすれば、相当な精神へのダメージは否めないと思わされるほどの迫力。


 そんな青年の言葉を無視し、三体の影は一斉に飛び掛かってきた。


 タイミングにして同時。同じ世界から放たれる三つの斬撃が、僅かな時間差も無く、全くの同一の時間に襲い掛かってくる———瞬間、青年の身体が青く閃いた。


 その斬撃以上の速度で手に持っている長剣で迎撃する。


 二つの瞳では捉えるには足りないその道筋を、まるで線をなぞるかのように綺麗に弾き返したとき、止まっていた時間が動き出す。


 バフン、と機械染みた破裂音がこだまする。一直線に、三度。一体につき、一撃。


 青年の右腕、そして左脚。

 

 その両先から噴き出るは蒼炎。災異をもたらすであろう、持ち主の空中跳躍と共に辺りを一瞬で炎がまわり、燃やし尽くす。


 役目を終えた炎が消えていくその陽炎の先に見えるのは、激しく痙攣するような挙動を起こしながら消滅していく三つの影。


 最高難度であるレベルⅤの影を一撃で切り払った青年は、そこでやっと大きくため息をつき、失望感をあらわにした。


「………………私には時間が無い、そんなこと理解できていたはずなのに」


 うつろな目線の先には、身体を震わせている婦人の姿。

 

 青年の向かう先が、定まった瞬間だった。




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