階層都市ランディング

 《階層都市》テサウルム。それがこの世界の姿であり、名前である。


 ここにも遥か昔には、世界のどんな場所にでも太陽が発する光が照らされていた、と語り継がれている。太陽が沈めば光が届かなくなり、夜という概念が訪れ人々は活動を取りやめていた、とも。


 しかし、そんな煌びやかな時代はもう過去の話で、伝承である。


 今、この世界に生きている人々は、誰一人として〝光〟という概念を見たことが無く、どういったものなのかすら、はっきりとは理解できていない。


 それは何故か? ———理由は簡単である。


 この世界には本当の意味である〝光〟という概念が、どこにも存在していない。


 《階層都市》テサウルムを照らす光は、全てが偽物である。


 遥か昔の遺物を苦難の末に解読して、人々が時間をかけて作り上げた人工の光しか存在していないからだった。


 見渡せば建物。見上げても尚、建物。


 全てが建造物によって作られているこの階層都市は、上位階層、中位階層、下位階層の三区分、計十一階層から成り立っている。


 階層別に人々が暮らしていることから《階層都市》と呼ばれているこの世界では、当然のように階層格差が存在する。


 下の階層であればある程、その暮らしは厳しい。


 食糧は支給されるものの、それは上の階層の余り物といっても過言ではない状態での支給。最上位階層から供給されている街を照らす灯りですら、消えそうな程に弱いのだ。


 そう、人権という存在にすら格差があってしまったのなら、目も当てられない状態であったことが容易に想像できるほど、下階層の人々の暮らしは絶望的であった。


 加えて言えば、最上位階層を除く全ての階層には《中心都市ホワイト・ゾーン》と《廃都市ブラック・ゾーン》、《危険地帯レッド・ゾーン》と呼ばれる三つのエリアがあり、それも暮らしを圧迫させる一つの要因になっていた。


 人々の暮らしている場所は、階層の狭い中心部にあることから《中心都市》と呼ばれている。


 《廃都市》については、人々が触れてはいけないものと認識していることから、殆ど悪影響は無い。


 しかし、問題はその外側に位置する《危険地帯》と呼ばれるエリアである。


 そのエリアでは、機械兵器と呼ばれる自律兵器が蠢いており、人々は余程の力を持っていないとその兵器の餌食となってしまう。


 即ち、機械兵器とは《階層都市》テサウルムに暮らす人々にとっての〝死〟そのもの。だからこそ、人々は狭くとも、苦しくても、《中心都市》で暮らすしかないのである。


 だが、機械兵器によっての犠牲者は後を絶つことは無い。


 機械兵器の身体を構成する装甲は、今ではどこからも入手できない素材。その為、欠片であったとしても高額な価格が付けられる。


 暮らしが厳しい人々は、危険を承知で死のエリアに飛び込み、欠片を採取して生活することが多く、その際に運悪く機械兵器と鉢合わせてしまい、命を落とす事例が殆どであった。


 だからこそ、この世界は〝力〟というものに強くスポットがあてられる。


 強者は持て囃され、チャンスが与えられる。それこそ若者だけが入ることのできる、力を高められる教育機関が作られる程に。


 上の階層に居住するチャンスが与えられる武の祭典、階層決戦。


 機械兵器の脅威は、上位階層であっても関係は無く、余裕のある者は常に腕の立つ者のボディガードを求めていた。


 当然である。己を守護する人数は、多いに越したことは無いのだから。


 この階層決戦では、主にそういった上位階層に暮らす人々のスカウトを目的としたものであり、力を証明できれば家族ごと上位の階層に居住できる可能性を秘めていた。


 それは、純粋な自分の力だけで挑むことができる貴重な機会であるが故に、狭い門であった。


 だが、それでも下階層に暮らす人々にとっては、平穏を勝ち取れる少ない光明。


 しかし人々が本当に、心の底から欲しているモノが、この世界にはある。


 その存在こそ、下階層に暮らす人々であろうが、上階層で暮らす人々であろうが関係なく、階層都市に暮らす人々全員が望む、ただ一つの真の光明。


 〝光抜〟


 突如として身体が光に包まれ、姿を階層都市から消失させる現象のことである。その現象を《階層都市》テサウルムに住む人々が望む理由は、ただ一つ。


 《楽園》へと至り、その名の通り楽に暮らしたいという願い。


 階層都市の遥か上に存在すると伝えられているその場所は、毎日全ての場所に太陽の光が余すことなく照らされており、階層という括りも無いと言われている。


 人々が全員、平和に満足して暮らせる場所。


 そんな理想郷を、人々が求めないわけは無い。階層を上げたいという欲求も、結局は〝光抜〟というものが根底にあるからである。


 上の階層に暮らす人々の方が光抜の対象になりやすいという噂。


 毎年、数人ではあるがその事例が確認されており、その結果から人々は上階層への願いを次点として抱いている。


 〝いつか、必ず自分が選ばれる〟


 なんの根拠も無いその希望を持ち続けるのは、今の生活を自力で抜け出すことを諦めているからなのか、それとも別の理由があるのか。


 どちらにせよ、人々はその光明を手にするべく祈りを捧げながら日々を過ごしていく。


 例え、それが何かの思惑によって蠢いていたとしても人々にも、都市にも関係は無い。


 そうして、今日も《階層都市》テサウルムは動き続けている。その役目を果たす為に。

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