その眼は、明日を告げる。(2)

《階層都市》テサウルムには、存在する十一階層の内、最上位階層以外の十階層全てに《廃都市》があると確認されている。

 

 一階層に、一つずつ。各それぞれで違う世界が広がっているとされるそれは、朧げな情報しか出回っていない。


 外からは内情を探ることが不可能。《廃都市》に関する情報が、意思をもって隠されているのは有名な話であり、隠すことでどんなメリットが上層部にあるのかは不明だが、本来は見てみぬふりをされるのが《廃都市》。


 情報は出回らないという認識になっている以上、その部分に文句をいっても仕方なかった。そうであれば、中に入った者から仕入れる他ないが、その中に入った後、出てきた人が少数過ぎては取れる情報も取れない。


 クリア人数に関しても不明瞭な部分が多いが、数年の間にクリア者が一人出たことが明らかにされれば、祭りかと思えるほどに盛り上がるという状態で、それなりの予測は立つ。


 要は、攻略方法が完全にベールに包まれているという状態の時点で、挑戦者は大きな不利条件ディスアドバンテージを背負わされている。加え、機械兵器が闊歩する地獄という高難易度ということもあり、攻略不可能と噂されるのも仕方の無いことであった。


 何故、《廃都市》という人々にとっての爆弾が、遥か昔から存在しているのか。


 何故上位階層にいる権力者たちは、自身も機械兵器という危険に脅かされているのにも関わらず、対策を講じようとしないのか。それとも———


 そこまで考えた後、ユツキは大きく首をふった。


 その反応を見てか、あるいは感じてか。頭の中に男の声が反響した。


⦅そんなことを考えていては、直ぐに足元を掬われるぞ? ユツキ⦆

⦅不吉なこと言わないで、ホルダー⦆


 天井が微かにしか見えない程に、高く伸びきった樹木が至る場所で力強く主張している。


 辺りからは、木々の揺れる音、擦れあう音に紛れて、機械兵器が移動するときに出す機械が擦れる音が、時節響き聞こえてくる。


 それに対して警戒を怠ることなく注意深く歩みを進める青年は、異様な雰囲気を感じ取りながらも、取りとめもなく考えた。


 こんな途轍もない墓場を誰が、何の為に作ったのかを想像するのも憚れるな———、と。




「———せぁッ‼」


 甲高い金属音を出しながら、機械兵器が地面へと倒れ伏す。


その上空から、機械長剣グラディウスで止めの一撃を頭部にあるメインへと叩きつけることで、完全に機能停止させたユツキは、降り立ったその場で膝をつく。


 呼吸は荒く、顔には汗が光っている。《廃都市・樹界階層》の攻略を始めてから既に二週間と少しが経っていた。食料にはまだ余裕があるとはいえ、これまでのクリア事例から攻略ペースはおおよそ一か月という結果が出ている。


 鍵穴は攻略二日目で見つけたものの、肝心の鍵が見つからない。その焦りが、ユツキの体力を少しずつ蝕みつつあった。


⦅落ち着けよ、ユツキらしく無いゾ? 君は物事を落ち着いて考えることが得意だからこそ、僕らを使いこなせるんだかラ⦆

「うるさいよ。時間が無いことには変わりは無いんだから」

⦅ほら、言葉に出さなイ。ちゃんと頭の中で対話しよウ。ゆっくり深呼吸ダ⦆

⦅…………分かった⦆


 頭の中で反響する男の声。それに素直に従い、ユツキはゆっくりと深呼吸を数度繰り返した。


 《階層都市》に暮らす人々は、全員〝ルーツ〟と呼ばれる能力を宿している。


 その種類は個人で異なり、日常生活で活躍するもの、戦闘で活躍するものなど多岐にわたっている。


 ユツキ=キャナルの〝ルーツ〟は『聖域散開サンクチュアリ』。


 自身の中で話すことができる守護者と呼ばれる存在に、行動を言うことで自身に暗示がかかり、目的としたことを為せるという代物。


 本人はその守護者の存在を不審妖精イマジナリーバディと呼んでいるが、要はその人物に「早く動きたい‼」と言えば、その守護者がユツキを早く動けるように手助けしてくれた、という暗示を自分にかけられるというわけである。


 なお、自らを守護者と名乗った者たちは複数存在し、その中でも今しがた会話しているホルダーは苦手だな、とユツキは心の中では感じていた。


 深呼吸して少し落ち着きを取り戻したユツキは、続けての襲撃が無いかどうか辺りを警戒し、その流れで左手の手首についているチェッカーで〝暗抜〟の侵食度合いを確認した。


⦅もうすっかり、癖にまで昇華したようダ。この一週間で相当な量を使ったはずだが、全然濁ってないだろウ? 今までは不安で〝風のシュネル〟しか使っていなかったようだけど、これで『聖域散開』自体の侵食コストが低いことを理解してもらえただろうカ?⦆

⦅まぁ、少しは。シュネルを使っていたのは、旋風とかが汎用性高かったのもあるけど⦆

⦅そうだろう、そうだろウ! これが我ら守護者の力ダ。そして〝空間のホルダー〟の力なんだからネ!⦆

⦅どでかい声で話さないで。頭キンキンするんだよ⦆


 主にこういう所が、とユツキはため息をつくも、〝暗抜〟に対しての恐怖に怯えなくて済むというのは、かなりの好材料だった。


 〝暗抜〟とは〝光抜〟と対を成す存在として、階層都市内に広まっている。


 内容は『ルーツ』を使うたびに、自身の身体に〝呪い〟が溜まるというものであり、その溜まり具合を確認できるのが、手首装着が義務になっている「暗抜チェッカー」である。


 チェッカーが真っ黒になると、最下階層の更に下にある封鎖階層というエリアに連れていかれる、というもの。侵食度については〝光抜〟の光を浴びれば消失するなどといった噂が立ってはいるが、これまでに真っ黒になった人物の報告も、〝暗抜〟の報告もされておらず、半分都市伝説になっている部分は否めない。


 だが、《階層都市》テサウルムに住む人々全員に着用が義務付けられているという過去から、噂であると笑い飛ばすことが出来ないのもまた事実だった。


「考えてもしょうがなし! よし、休憩終わり!」


 いくら侵食度が低コストとはいえ、まず第一として《廃都市》の攻略に時間はあまりかけられない。ホルダーと会話したことや、頭の整理を行ったことで少し休憩できたユツキは、廃都市の奥へと足を進めていくことにした。


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