その眼は、明日を告げる

 時刻は朝五時。殆どの人々は家で眠っている時間だ。


 この世界には、朝、昼、夜という概念が存在する。昔、太陽の光が照らされていた名残であると聞いてはいるが、明るさが一定である今の状態では、気にする必要は無いとユツキは感じていた。


 とはいえ、昔からずっと染み付いてきた習慣を無視する気にもなれない。


 生活のリズムというべきものは、自身のパフォーマンスにも影響する。それしきのことで、リスクが発生する可能性があることをする必要も無い。


 ジョウの家を出て、人気のない商店街を通り抜け、中心部にある昇降板を通り過ぎ、逆方向へ迷いなく歩いていく。その先に待ち受けている場所を知っている道行く人々は、ユツキを見て様々な表情を覗かせた。


 それは驚き、同情、興味。人によって変わる表情を多少面白く感じながら、進んでいく。


 その行動に反比例し、人々は少しずつ数を少なくなっていき、目的の場所についた時には、一人もいなくなっていた。


「ここ、か」


 見上げたのは豪勢な赤い門。その先に、最下階層の《廃都市》がそびえたっている。


 びゅう、と風が吹き、身に纏うローブがバサバサと音を立てた。


 《廃都市ブラック・ゾーン樹界階層ナンバーワン》。その世界全てが樹木に覆われており、見通しが悪い。


 その中から神出鬼没に機械兵器が現れ、襲撃してくる一つ目の地獄———とは、ジョウからリークされた情報だ。


 あれでも、ジョウは階層都市についての知識は群を抜いている。そのことに気付いてからは、彼が冗談で溢している内容もあながち嘘ではないのでは、とは思ったりもしているが、そこを認めるのは何か癪であると感じているため、墓場まで持っていくつもりである。


 閑話休題それはさておき


 目の前に立ちはだかっている、比較的大きく作られているはずの門。それが小さく感じられる程に、奥にある《廃都市》は広く、その情景を露にしていた。


 しゃらん、と腰に下げていた剣を抜き払って門へと近づいていく。そうすると、二人の門番が手を大きく広げながら、制止するように近づいてきた。


「申し訳ありませんが、ここより先は《廃都市》です。許可が無ければ入れませんが、許可証はお持ちですか?」


 門番からしてみれば、どこからどう見てもただの青年にしか見えないはずである。


 目を離した隙に入られてしまえば、処分を受けるのはこの門番。緊張感を滲ませながら問うてくる二人に、ユツキはポケットから目的のものを取り出した。


 《廃都市》については、かなり厳重に扱われている。理由は簡単であり、人々を簡単に殺せてしまう機械兵器を中に閉じ込めて制御する為である。


 そんなものが階層都市内を簡単に出入りできるようになってしまえば、直ぐに崩壊の一途を辿るのは考えなくても分かることだ。


 その為、《中心都市》にある階層役場に申請を行い、厳しいチェックを受けた後に許可証が発行される。チェーンが付けられた証に刻まれている、改変が不可能な文字。


「これが許可証です。それと、身分証明も。一致していますよね」


 自身の名前が刻まれた、まさしく死刑宣告ともとれるカード。それが、《廃都市》に入る為の必要なものであり、ユツキがポケットから取り出したものの正体だった。


「……た、確かに一致しています。ですが、よろしいんですか? 酔狂などで入ってはいけない場所であることは———」

「理解しているから、ソレを用意してきているんです。……時間を取らせないでください」


 困惑の表情を覗かせながら声をかけてくる門番に対し、ユツキは底冷えするような声で突き放す。その様子に、先程まで見えていたゆっくりとした雰囲気はとうに無い。


「おい! 俺らが口出ししていい案件じゃないだろ、黙ってろ! ……すみません、こいつまだ赴任してきたばかりの新人でして」


 上司とみられる男が、口走った部下の男の頭を掴み、頭を下げる。


 とはいえ、ユツキも門番の気持ちが理解できないわけでは無かった。


 周りから見れば、ユツキの姿はまだまだ青年である。


 見た目からは、自棄になって挑みに来たとも取れるのかもしれない。そうと感じたのであれば、大人として見過ごすことはできなかったのだろう。


 しかし、今のユツキ=キャナルにとっては、それこそが一番不必要なものだった。


 覚悟を決めて挑みに来ている相手に、薄い感情で、言葉で止めに入ることこそが、失礼であると。———この覚悟を、少しでも揺らがせるな、と。


「通ります」

「失礼いたしました。ここは、《廃都市・樹界階層》。全てが樹木に覆われている世界で、ゴールはどこかの樹木の中にある鍵穴を見つけた先にございます。クリア人数は2人。ご健闘を、お祈りいたします」


 上司の言葉が終わるのと同時、ぎいぃ、という重低な音が響き渡り、その姿の全容を少しずつ見せていく。


「———待ってて。すぐに、会いに行くから」


 ユツキは全ての想いをその一歩一歩に込めて、中へと走り出した。


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