その言葉は、永久に。(4)
『おじさん、誰?』
『おじっ……⁉ おい、クソガキ。心と同時に目まで歪んだか? どっからどう見てもお兄さんだろ、お兄さん。分かったら大人しくついてこい』
『申し訳ありませんが、知らない人についていくなというのが、我が家の家訓でして』
『はっ、心の中では何を考えてんのかねぇ。……良い子になりすぎなんだよ、オマエは』
『?』
『良いから黙ってついてこい。アイツとは昔からの付き合いだから特別に面倒見てやるんだ、感謝しろ。……オレは、ジョウ=シオヒロ。今日からオマエの先生になるお兄さんだ』
そして、治療先でジョウ=シオヒロと出会ったのだ。
「懐かしい。あれからもう五年くらい? いくつになった? 流石にお兄さんの年代では無いから、もう呼んであげられないけど」
「一度もそう呼んできたこと無かったくせによく言う。一応、親代わりとして面倒見てきたんだからそれくらい覚えとけよ、親不孝者が」
茶々を入れてくるユツキに悪態をつきながら、ジョウは昔を懐かしむように目を細めた。
「あの時から上っ面では優しく人には接して、ハラん中ではひねくれたこと考えてたんだろ? あんな幼い頃からアイツの思い出まで歪ませてんじゃねェよ。成仏したくても出来ねェだろ、あのままだったら」
「勝手に殺すな。まだあっちで生きてるんだから」
手に持っている菓子の袋をジョウに投げつけ、ユツキはふくれる。
「周りのせいで良い子ちゃんになって、こき使われて。アイツの人生を無駄にしないようにと思ってたのに、一度もお兄さんとは呼ばず、挙句の果てには呼び捨て、年寄り扱い。あのまま放っておいたとしても、今とさほど変わらなかったかもな?」
「さあ? 少なくともジョウのおかげで、ルーツ養成学園に入学できたのは事実だけど」
ジョウに面倒を見てもらうようになってから、数年後。
ユツキは階層決戦で目立ったことで、ルーツ養成学園の試験に招待を受けた。そこで無事に好成績を収め、首席で入学を果たすこととなったのだ。
「オレの特訓のおかげでトップ合格。憎たらしいことに、素顔と仮面を使いこなせるようになっていたオマエはそのまま学校で伝説になって、最上位階層に行って。……いずれはアイツが少しでも暮らした《楽園》に行くことになるんだろうと思っていたが。まさかオレの弟子が《廃都市》攻略に挑むなんてな」
「それ、さっきから何度も似たようなこと言ってるよ。そういう所だからね、年寄り扱いされる原因は」
「うるせェぞ、少しは労わる気は無いの———っと、こういう発言も爺臭いか」
眉を顰めて呆れた口調のジョウが、ため息と共に武器を取る。
少し前に熱を加えることで状態を確かめていた武器が冷えたことを確認して、ユツキへと差し出した。
「ほら、このくらいでどうだ? ちょっと勝手を試してみろ。違和感があったらすぐに調整してやるから」
「ありがと」
ガチャガチャ、と音を鳴らしながら武器を身に着けていくユツキ。その様子は、いつ見ても欲しいおもちゃを買い与えられた子供のように、ジョウの目には映り続けていた。
———これからユツキが挑むのは〝死〟そのものだ。
その幾重にも、複雑にも絡まっている〝死〟の糸をほどいて、解いて、空けて。
そんな気の遠くなることを何回も、何十回も、何百回も繰り返した先に、目指しているゴールがある。何度考えても、正気の沙汰では無い、と誰しもが考える場所。
「……届くと、思うのか?」
気づけば、ジョウはそう漏らしていた。心の中に留めておくはずだった言葉。それが、どうしてか声として世界へと飛び出してしまっていた。
「———当たり前。届かないはずが無い」
どう考えても、この後に大一番が待ち受けている人物に対してかけるべきではない、その言葉。しかし、それでも目の前にいる青年はそう言い切って見せた。
「さっきは、ああ言ったが」
ずっと言えなかった言葉。それが、ユツキが見せた姿に感化されて溢れてくる。
「アイツ———ミッツィから与えられたオマエの思い出が歪んでしまったのは、周りに恵まれなかっただけ、恵ませられなかったオレの責任だ。……だから、ちゃんと辿り着けよ。そうしたら《楽園》で、アイツが死ぬ前にオレが謝っていたことでも伝エてくれ」
それは、ジョウが初めて吐露した想い。昔馴染みであったミッツィの子供を、正しい道へと歩ませてやれなかったことへの後悔。
「———ジョウ。完璧、流石だね」
しかし、返ってきた言葉は返答とは思えないもの。遅れて、その言葉が武器の調子に対するものなのだと気づいた。
「……当たり前だ。オレは元最上階層で腕を鳴らした戦士かつ、武器職人だぞ。多少の期間距離を置いていても、そんじょそこらのナマクラ共に負ける気は無い」
「まだ言ってる。飽きないね、その冗談。余程気に入ってるんだ」
「冗談じゃねェって言ってんだろ」
この世界は、全てが突如として変化する世界である。
そうであれば、ごちゃごちゃしたものは必要ない。かけるべき言葉は一つだけだ、とジョウはフードを脱いだ。
「……久しぶりだね、その姿見せるの」
「あぁ。最後くらい、世話になったお兄さんの顔を見せておいてやろうと思ってな」
「そっか。じゃあ、私も最後くらいは言っておくか」
カチャリ、と荷物を持ち、扉に手をかけた一人前の青年は、笑顔で振り返る。
「三十七歳の誕生日、おめでとう。もう若くないんだから、無理はしないでよ?」
「……なんだ、覚えてんじゃねぇか。結局、お兄さんとは呼んでくれなかったが———」
それはそれで良いか、とジョウの口元も緩んだ。
「あぁ。オマエもこれ以上の無理だけはするなよ。……じゃあな、ユツキ=キャナル」
「さよなら、ジョウ=シオヒロ。今までありがとうございました」
イーリス暦227年7月11日。日付が変わって五時間後。
ユツキ=キャナルは、何の憂いも携えることなく扉をゆっくりと開け放った。
淡泊では、決して無い。《廃都市》攻略に向かうとは、こういう事なのだから。
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