その言葉は、永久に。(3)

 突如として、世界を眩いほどの光が包んだ。その場所は、イヴェン=キャナルを主とするキャナル家。———そう、ユツキ=キャナルが生まれ育った場所だった。


 光の主はユツキの母親であるミッツィ=キャナル。


 〝光抜〟自体が、そうお目にかかる事の無い特異的な出来事。それ故に、階層都市内では別れの言葉を告げることなく、或いは交わすことなく姿を消す例が大多数を占めていた。


 だが、タイミングが良かったのかキャナル家はしっかりと言葉を交わし、抱き合って別れを告げることができた。元々、余命が残り僅かであると知らされていたミッツィ。


 それは、例え《楽園》に行ったとしても、寿命を延命する形で伸ばすことはできても、治すことはできないと言われていた難病。


『行けたとしても、少しの楽園での時間を楽しんだ後、その生を閉じるでしょう』


 病気に関しての治療は出来ても、寿命への接触まではできない。


 それが分かっていたからこそ、ユツキたちは後悔なく母親と永遠の別れをすることで納得できたのだ。


「———でも、母さんは違います。あの人は、常に相手のことを優先していた」

「あぁ、確かにな。あそこまで人間ができていた人はいない。アイツだけは別だろうよ」


 〝光抜〟という現象を、一度も望んでいなかったミッツィ。彼女の願いは、たった一つ。


「〝最後まで愛する家族と、一緒に居たい〟。最後まで優しい人で優しく出来る人だった」


 ユツキが誕生日や、記念日に欲しい物を尋ねても、そうとしか答えなかったミッツィ。


 そんな彼女は人として、母親としてユツキの人生に大きく影響を与えたに違いなかった。勿論、それは良い影響としてだ。だからこそ、ユツキは許せない。


 ———たった一人だった、愛していた母親の人生を歪めた〝光抜〟なんて存在は、願いを奪った唾棄すべきもの、と。


『可哀想に、ユッツちゃん。突然お母さんを失ってしまうなんて』

『あぁ、キャナルんとこの。……いや、何かあったら頼ってくれていいからな?』

『大丈夫だよ、皆であなたを守ってあげるからね』


 〝人は優しくし合い、助け合うことで生きていける〟


 その言葉の前提に、自分にも優しくすることが含まれていることを、まだ五歳のユツキ=キャナルは理解できるはずも無かった。


 優しい言葉をかけられても、どんな思惑を抱いた言葉なのか理解できてしまったユツキ。


 愛していた母親の真似をしたかったが為に、言葉をかけられたことで抱いた悪感情を封じ込めた。求められている、あるいは自分がそうだと求めたものを演じようとした。


 その結果、ユツキは歪んでしまった。ミッツィが与え続けていたその生き方を捻じ曲げてしまう程に。時間をかけて、ミッツィから影響を受けていたものを上回る程に。


 〝光抜〟の恩恵を得ようとしてすり寄ってきた人々に、ユツキは呑まれた。


『これが光抜の本当の影響か? 全く、彼女の努力を誰でも無い実の子供が、このまま全否定していくのを放っておくのは流石に見過ごせねェよな、めんどくせェ。……おい、ユツキ=キャナル。オレのところに来い。マシな人生っていうのを教えてやる』


 それからわずか七年後に、父親であるイヴェン=キャナルがユツキの前から去った。


 原因は、機械兵器との邂逅による事故。


 ユツキの誕生日を後一週間と控えた日、お金を作ろうと無茶をした結果、その悲劇は起きてしまった。


 加えてイヴェンから隠れて後を追っていたユツキ自身も、その事故に巻き込まれてしまった忘れることのできない日。心が凍ってしまいそうな、寒い日だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る