その言葉は、永久に。(2)


「まず、《廃都市》に入る為の許可証は申請してきたんだろーなぁ?」

「当たり前。昨日学校辞めて、そのまま真っ先に役所に行ってきたから」

「バカか、オマエは……ったく、正気とは思えないぞ《廃都市》攻略なんて。どの階層ですら、クリアできた例を数年に一度聞ければ驚かれる。この世の負のモノを全て煮詰めて出来たような地獄だ。入ったら二度と入り口から出ることは叶わず、クリアするか死ぬかの二択が強制的に突き付けられる。あの世に一番近い場所なんだぞ」


 ジョウはどっかりと椅子に深く座り、酒を一気に飲み干す。アルコールの匂いが部屋に漂っていくのが肌でも感じられた。これでは寝ようにも寝られない。


「いつまで飲んでるの? これじゃあ寝たくても寝られないんだけど」

「順序が逆だったろ。オマエがいつまで経っても寝ないから、オレが酒を飲む羽目になってるんだろうが」

「メンテナンスが気になって眠れなかったのに、ここでお酒なんて飲まれたら心配が増す。本当に、ミスらないでよ? 酔ったせいで間違えました、とか話にならないから」

「当たり前だ、オレを誰だと思ってる」


 ユツキが訪ねて二時間もしないうちにお酒を飲み始めたジョウ。その間に彼は瓶を二つも空にしているともあれば、確かにユツキとしても心配度合いが増すというものだ。


 呆れた目で見られていることに気付いたのだろう、ジョウはこのタイミングでやっとお酒から両手を離し、その手を参ったとばかりに上へとあげた。


「……別にいいだろ、今日くらい。なんせ、オレの唯一の弟子の門出の日なんだからな。幼い頃から育ててきた教え子が旅立つ、っていうのは感慨深いものがあるもんだ」

「さっきまで正気じゃないとか、バカとか、無理だとか散々言われたような気がするけど?」

「そこまでは言ってねェだろ!」


 顔を赤くしたジョウが珍しく笑う。


(ふーん。少しは思うところがあるんだ。……ムズ痒くなるな)


 滅多に見せないその表情を見たユツキは、少し心が波打った。


「だが、まぁ成功するにしても失敗するにしても、もうオマエはここに顔を出すことも無ェだろ? なら、最期の日ぐらい付き合エよ」

「その言い方は死に際を意味する言葉で使ってる? 勝手に殺さないで。しかも、未成年だから飲めないし」


 ぐい、とグラスをこちらに向けてくるジョウに対して、ユツキは最大限の嫌な顔を作って拒否する。それを見たジョウは、ため息交じりと共にグラスに残る酒を飲み干した。


「じゃあ、せめてなんか食うか寝ろ。オレだけ飲んでるっていうのも、居心地が悪い」

「面倒くさいな……じゃあ、これもらうよ」

「あ? オマエ、もしかして甘いの好きだったか?」

「そうだよ? 知らなかったの?」

「……だから渋み味のモノだけ多く残ってんのか……」

「好物は最初に食べるタイプだから。取られたり、失くしたらショックじゃん」


 バケットを漁り、甘味だけを複数取り出したユツキを見て、ジョウはため息を漏らした。


「ため息はいくらついてもらっても構わないけど、酒はつぎすぎ。医者にも程々にするように言われてるでしょ」

「……上手いこと言ったつもりか? 上手いのは確かなんだが」

「は?」

「いや、なんでもねェ。……この階層にしきたりみたいなモンを守っている奴なんて、それこそ〝光抜〟される可能性並みにいる訳無ェだろ。どいつもこいつも、都合のいい時だけ他者に寄生する。オマエもこれまでの人生で、嫌と言う程思い知らされてんだろ」


 その言葉を聞いてユツキは、先ほど商店街で向けられた優しい顔を思い出す。その輪郭は、どう頑張ってもぼやけ、どんな顔だったかすら思い出せない。


 残るのは、優しい笑顔を向けてきていたという認識だけ。


 そうでしかあの人たちを認識できなくなったのは、忘れもしない十二年前。

まだ、あの家が世界の中心だと思っていた頃だった。

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