仮面の下に隠すのは (2)


 目的地は、商店街を抜けた先。中心街のはずれにある一軒家を目指して歩いていく。


 ぼんやりとではあるが、他よりも少しだけ明るい灯りに包まれた商店街。そのエリアに足を踏み入れると、一際大きい声が耳へと入ってくる。


「おー! ユッツーじゃねぇか、戻って来てたのか!」

「こんにちは、ジーベさん。お元気そうで何よりです」

「あら、本当。ユッツちゃんじゃないの、学校はお休み?」

「えぇ、少し。コトネさんもお久しぶりです」

「……あんたは、キャナルんとこのお子さん、だったねぇ……いいねぇ」

「ディーオのおじいさん、こんにちは」


 人の声が人を呼び、わいわいとユツキの周りに円ができていく。集まってくる人たちは全員、半年前に中階層に上がるまでは、面倒を見てくれていた人たちばかりだった。


 顔触れが変わっていないのを確認して、ユツキは笑みを浮かべた。


「でもそろそろ行かないと。あまり時間に余裕が無くて」

「そうかい、そりゃ残念だ。じゃあ、これくらいは持っていきな、サービスだ」

「ユッツちゃん、これも」

「これも」

「これも持っていきなァ!」

「み、皆さん? お気持ちはありがたいですが、持ち切れませんので……」

「なんだよ、遠慮すんな! 袋に入れて行けばいいだろ、おーい! 袋持ってきてくれ、頑丈な奴!」


 周りから見ても、全員から愛されている子供が、持ち切れない荷物を抱えることになっている光景。それは、優しく見守られていることの証明に思えた。




「———相変わらずのようだな、あいつらは」

「そうだね。……まぁ、考えが何時までも同じで分かりやすいから、こっちも仮面を作って応えることができるけど」


 がさり、とユツキは目的地である家に着いたタイミングで手に持っていた大量の荷物を床へと置く。その置き方は、半ば投げるような乱暴に映った。


「おいおい、偽善とは言えモノに罪は無ェだろうが。モノにあたるのはダセェ。きちっと扱え」

「ごめん、つい」


 その認識は出迎えた家主も抱いたらしく、厳しめな口調でユツキへと注意を促す。


 だが、口調は怒っているが、その顔は呆れの表情が滲み出ている。そして、その矛先が自分だけに向けられているわけでは無いという事も、ユツキは分かっていた。


 商店街から幾分か離れた場所に、この一軒家は建っている。


 そこから少し離れれば、そこはもう機械兵器が跋扈する死のエリア。安全エリアギリギリに居を構えているこの家に近づく者は、皆無と言っても良いだろう。加え、訪ねてくる者はその近づく者の中の、更に一握りと言っても差し支えは無い。


———その中の一人が、ユツキ=キャナルであるわけだが。


「ユツキに優しくすれば〝光抜〟の恩恵を、或いは自分が選ばれるとでも思ってんのかねェ? そんな簡単な話があれば、オレなんて何回ひっこ抜かれてっか分からねェじゃねェか。……ま、正直なところ何もせずに《楽園》に行きたいと思う奴の気が知れねェがな」

「目の前に《楽園》を目指してる人がいるのにそんな事言う?」

「犬のように舌を出して求める風刺から、一部では俗語スラングで呼ばれてっからな。……ま、オマエみたいにちゃんと行動してる奴は軸を持ってるから良いんだよ」


 昔、愛玩動物の一種として存在していた犬。


 モノを欲しがる際に舌をだして求める様子が、まるで〝光抜〟を待っている人々の様であると風刺された結果、一部の人々から《楽園ベロレック》と呼ばれていた。


「鳥の集団求愛行動を人に当てはめるのもおかしな話だけどね……ってか、優しくされた覚えはないんだけど。てか、また痩せた? 顔までこけているし、中途半端な筋肉質体型に、真っ黒フードなんていう格好だと完全に危ない人に見えるよ」

「はぁ⁉ めっちゃ優しく、沢山のことを教えてやったじゃねェか! 世間知らずにもほどがあったお前によ! てか、親代わりに向かって失礼なこと言ってんじゃねェーよ」

「ははは」

「何笑ってごまかしてんだ」

「まぁ、あの人たちはそうと考えでもしないと壊れてしまうんでしょ。いつか自分が選ばれる、っていうゼロにも等しい願いを持ち続ける為には、ね」


 そう吐き捨てたユツキの顔には、先程まで見せていた朗らかな笑顔などどこにも無い。


 現実だけを見据えている暗い目に、凍てつくような冷たさを持つ声音。そこに、緩みという存在はどこにも余地が無いように見える。


 その様子を見たフード男は、大きくため息をついた。


「オマエ———」


 その言葉に目だけを向けてくるユツキ。その目を見た彼は、喉まで出かかっていた言葉を無理やり飲み込む。


「———いや、なんでもねェ。それより、行くんだろ? 今日」

「中途半端な切り方止めて欲しいんだけど……まぁ、良いや。万全の状態で挑みたいし、メンテナンスお願い」

「まさかオレの数少ない知人から《廃都市》攻略に行く奴が出るとはねェ。とは言え、流石の俺でもそんな短時間じゃ無理だ。そこに並べたら寝とけ、朝になったら起こしてやる」

「他の人に向かう姿は見られたくないし、なるべく早めにかつ丁寧に頼むよ?」

「誰に言ってんだ、ガキ。余計な心配してないでさっさと並べろ」


 左手につけている時計を見ながら、わざとぶっきらぼうに言うユツキ。


 その態度に、ジョウもわざと呆れた態度で応戦する。そんな下らない掛け合いに、笑みをこぼしながらユツキは武器を並べていく。


 学校を辞めてまでこの階層に戻ってきた理由は、逃げ道を失くすこと、そして《廃都市》攻略の準備のためにこの家の家主であり、武器職人のジョウ=シオヒロに会う為だった。

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