01-02話:【恋愛】「失われたもの」と「得られるもの」と(3人称)

 夜がほのぼの・・・・と明けはじめるそんな・・・時、暁の光がゆき・・の瞳をそっと照らすと、その光はゆき・・を眠りの世界から現実の世界へとそっと導いた。時は2022年、東京、11月。秋がそろそろ終わり、冬の始まりを予感させる、そんなある日の物語。


 ゆき・・は布団から起き上がると、窓を開けバルコニーに出て空を見上げた。地上24階から眺める朝日はところどころ・・・・・・イワシ雲に遮られ、小さなエンジェルラダーを作り上げている。そして、その天空に描かれた儚げな光の梯子は、曇って霞んでいたゆき・・の未来を指し示す最後の希望の光のようでもあった。


 「そろそろ決着をつけないとね」


 ゆき・・はそう静かに心の中でつぶやくと、同じ空の下にいるであろう大悟のことを思い出していた。ゆき・・が愛した初めての男性、そして唯一の男性、大悟のことを。朝日のように清々しい、さわやかで、そして少しドジなゆき・・にとって、かけがえのない大切な唯一無二の男性のことを。


 大悟がこの高層マンションを出てから1年の月日が経つ。お互い愛し合っていたのに、お互い信じあっていたのに、お互い支えあっていたのに、小さな、そう、とても小さなすれ違いで、今にして思えばどうでもいい・・・・・・すれ違いによって引き裂かれた二人。


 そしてその・・結果は、運命であったにもかかわらず、ゆきだけの責任ではなかったにもかかわらず、ゆきはこの一年、自分を責め続けていた。


 大悟がこの部屋を出ていった時、ゆきはその現実を受け止めることができなかった。なにかのサプライズだと思って信じて待った1か月、現実を受け止め大悟のことを忘れようと必死になった3か月、そして、すべてに絶望し悲嘆にくれた8か月。ゆきの1年はそんな悲しみに満たされていた。しかし、それは、大悟と心の中で真剣に向き合い、大悟を感じることのできた幸せな1年間でもあった。


 急にベランダに爽籟そうらいが、一陣のさわやかな朝の風が、ゆきの横を通り抜ける。ゆきはふと・・今日が月曜日であることを、ゴミを出す日であることを思い出した。


「そろそろ決着をつけないとね」


 ゆきは心の中で再びつぶやくと、大悟との思い出と、自分の気持ちと、大悟に対する未練を断ち切ることを決意した。

 

 ゆきは戸棚からゴミ袋を取り出すと、大悟とのすべてを、思い出の日々のすべてを処理することを心に決めた。一緒にとった写真、一緒に作った造形物、大悟が好きだったCD、大悟がいつも使っていた歯磨き粉。そう、これはゆきの1年前から止まっていた時を動かすための儀式といってもいいものであった。


 しかし、そんな決意とはうらはらにゆき・・の瞳からは涙がとめどなく流れ、とどまることを知らなかった。しかしゆき・・は知っていた。この涙が止まった時、この荷物を処理した時、初めてゆきの新しい一歩がはじまるのであろうことを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る