01-03話:【歴史】コンスタンティノープル最後の日(1人称)

「陛下、ジョヴァンニ傭兵隊長が負傷されました。指揮系統は乱れ、前線は大混乱です」


 ハギア・ソフィアに逐一報告される凶報に、余の心は諦観の念で満たされていった。約1400年続いたローマ帝国が、約1000年以上続いた東ローマ帝国が終わる。余はその現実を正確に理解していた。時は西暦1453年、5月29日。


 我が兵士は、邪教徒メフメドのイェニチェリをなんとか・・・・ブラケルナエ城壁で抑えこんでいるようだが、長くはもつまい。邪教徒は間もなく、余、コンスタンティノス11世パレオロゴスの首を取りに来る。


 余に、このミレニアム帝国の最後の皇帝としての運命を、キリスト教徒が支配したアナトリア半島を過去形で語る運命を背負わせるために。それが、まるで主が余に定めた運命だといわんばかりに。


「陛下、ブラケルナエ地区のケルコポルタ門の通用口が邪教徒どもに突破されました」


 この報告を聞いた余は、大きくため息をついた。


 いよいよじゃな。余は主に十字を切り、ローマ帝国最後の皇帝として、最後の仕事に臨む決意をした。


「甲冑を用意せい」


 余は家来に甲冑を用意させるとハギア・ソフィアの外に出る。聖都コンスタンティノープルの城壁に翻る深紅の「新月旗」、風に流され運ばれてくる生き血の匂い。そう、これは、余の誤った判断によって命を奪われた大量の臣民の血の匂いだ。


 勝ち目がない戦いであることは分かっていたのだ。しかし歴代皇帝の守ってきたこの都を、この国を守れるわずかな奇跡を余は信じてしまった。いたずらに臣民の命を奪ってしまった。この一件だけでも余の罪の深さは、歴代皇帝のなかでも1、2を争うものだな。余はそう静かに自嘲した。


 であるならば、余が、ローマ帝国、東ローマ帝国、最後の皇帝として、その生きざまを邪教徒にみせてやるしかあるまい。


 そう決心した余は、左胸の上に身につけていた帝国の国章、双頭の鷲の紋章をちぎり捨て、皇帝のきらびやかな衣装をすべて脱ぎ捨てた。


「誰か、朕の首を刎ねるキリスト教徒はいないのか!」


 そう一喝し、部下を黙らせる。


「よし、そのようなものは誰もいないな。それでは、これから、この帝国を守る最後の奇跡を、最後の勝利を奪い取りにいく。気概のあるものは余に続け!あの邪教徒どもを聖都コンスタンティノープルから駆逐してやるぞ!」


「おぉ!」


 余の一言に親衛軍全員が大きな歓声を上げた。待ってろ邪教徒ども、お前ら如きにこの・・聖都コンスタンティノープルを、ハギア・ソフィアを、これ以上、汚させるわけにはいくまい、覚悟しろ邪教徒ども。

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