夏の図書館
友達が多い、クラスの中心、2年のまとめ役。
そんな風に見られている。
全部がフリかもしれないのに?
アタシは、フィルターを張って愛想振りまいているだけかもしれない。
アイス頬張る7月のこと。
今度公開される恋愛映画観に行こう、なんて話題。
最新コスメ、髪型、ファッション、食べ物が飛び交う輪で、アタシは笑い合う。
率先して情報を見つけて発信する。
「明子も行くよね?」
名前を呼ばれ、快く頷いた。
「うん。いつにする?」
気もないのに言っちゃってさ、馬鹿じゃないの……。
「あーあの子」
誰かが口で指す。
「乙葉さん、だっけ? いっつも本読んでる子」
乙葉……可愛い名前。
名前の主が気になったので反対側の歩道に顔を向けた。
いくつかの付箋か栞が挟まった分厚い本を大切に抱えた女の子。
長い前髪をヘアピンで留めて、姿勢よく歩く。
透明が良く似合う横顔に、目を奪われる。
「学校じゃ図書室、休みは図書館だって」
「だねー話しかけても全然、本と隅っこに夢中だし」
「…………」
甘く冷たい液が指先に垂れて、我に返った。
「ごめんみんな、親がうるさいからそろそろ帰る」
「あー明子のとこ親厳しいもんね」
「またねぇ」
「うん、また」
みんなと別れた帰り道。
信号を渡って反対側の歩道へ。
誰が住んでいるのか分からないぐらい静かな住宅街を、近道で通った。
アタシは途中で足を止めた。
道路の色とかけ離れたパステルカラー、長方形の小さな厚紙が落ちている。
誰かの落とし物だろうけど、普段なら気に留めない。
アタシの頭に分厚い本を抱える横顔がちらついた。
気付いた時には手の中。
手作りの栞かな、どっちが裏で表か分からないけど、名前が書いてある。
乙葉……。
『学校じゃ図書室、休みは図書館』
さっきの会話を一部だけ脳内再生。
明日、図書館に行ったら会えるかも……――。
翌日10時頃、図書館に到着。
栞を片手にやってきた。
今のアタシは浅はかで、下心があるみたい。
寡黙になる空間のなかで、ドキドキと内心騒がしい。
窓の陽射しすら避けた端っこに、彼女がいた。
本よりも床の隅という隅をジッと見つめている。
栞を片手にアタシから抑えて声をかけた。
「ねぇ、これって貴女の?」
「……」
「乙葉さん」
彼女の視界に入るよう栞を下側へ差し出してみる。
「……あっ」
ようやく、彼女は目を大きくさせてアタシを見上げる。
微かに曇らせた表情、黒い瞳と目が合う。
「落とし物、貴女のだよね?」
「あ……は、ぃ」
か弱い声。
「あ、あ……あり、ありがとうございます」
でも、可愛い声。
ホッとした表情を浮かべて、白い指先でしっかり掴んだ栞を見つめている。
「どういたしまして、大切な栞?」
「はい……とても」
「じゃあ見つかって良かった。アタシ、鈴村明子っていうんだ。同じ学校の、えーと2年生?」
小さく頷いてくれた。
「秋山、乙葉です」
苗字を知った以上、乙葉って馴れ馴れしく呼ぶのはやめとこ。
「あーせっかく図書館に来たし、何か読もうかな……おススメとか、ある?」
戸惑う表情。
純粋にどうしよう、と悩む秋山さん。
「でも難しい本はちょっと、簡単な本とかを」
別になんだっていい、今は。
「絵本とか、どうですか?」
「え、それって小さい子向けじゃないの?」
「いえ高校生以上、大人向けの絵本だってあります。多様性や価値観の違いを教えてくれますし文章も読みやすいので本に慣れていない方にもおすすめです」
さっきまで躓いてたのに突然早口になる。
「他に雑誌は写真が載っていて分かりやすい文章ですし、情報も入ってきやすいかと。もっと文を読みたい場合はライトノベルもおススメです。不動のファンタジー小説からミステリー、日常のを舞台としたのんびりとしたものだってあります」
黒い瞳が輝く。
秋山さんの瞳に吸い込まれそうになる。
丸みがある輪郭、早口で好きなことを話す唇、栞をギュッと大切に掴む白い指先。
薄いフィルターが剥がれる音。
心臓がドクドク、流れている。
アタシが何も言わず立っていると、秋山さんは我に返った。
「あ……す、すみませ……わた、私」
しまった。ドン引きしてると思われたかな。
「ううん、アタシ、秋山さんと友達になりたくて」
フォローも何も、いきなりすぎる。
何を言ってるんだか、友達になろうって台詞、もう何度も口にしてきたのに……今更、焦ってる。
秋山さんはまた戸惑う。
黒い瞳を大きくさせて、頬が赤い。
「と、とととと……ともだち」
「あ、えーと、秋山さんが嫌じゃなかったら。さっきの説明で、もっと秋山さんの話聞いてみたいって思ったんだ。どう、かな?」
緊張で肩や背中、皮膚までもピリピリする。
キュッと唇を閉ざした秋山さんは、俯いて小さく数回頷いてくれた。
「私……いいんでしょうか」
アタシの周りを気にしての発言だろう。
「関係ない」
一蹴できるほどの自信がちらついて、口にした。
「まずは、絵本から入ろうかな。何かおススメ教えて、秋山さん」
「は……はいっ」
勝手に表情は笑みを浮かべる。
すると、秋山さんも微かに表情を緩めてくれた。
先導して図書館を案内してくれる小さな背中。
彼女にいつか、話さなきゃいけないことがたくさんある。
曖昧な感情だから今はまだ、胸の内……――。
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