Keep to My heart

「だーっ、負けたぁ…」



そうぼやいたバーニィが地面に仰向けに倒れる。ルイスとの模擬戦を終えたところのようだ。


あれから5年。レオン達は成長し、レオン、ノア、シャルの3人も今年14歳を迎えた。来年は初成人ということもあり、冒険者登録が許可される年齢である。



「成長してるね、バーニィ。スキルも上手く使えるようになったじゃないか」


「そうですか?まだシャル程とは思えないんすけどね…」



バーニィがシャルの方を見る。

シャルはノアと一対一で模擬戦を行っている。



「魔闘拳-Lv2-!おりゃああぁ!」



シャルがノアに無数のパンチを叩き込む。

ノアも上手く流すも、一つ外したのを皮切りに、何発も喰らってしまい、後方へ弾かれる。



「いってぇぇえ!お前、少しは手加減しろよ!」


「ははは、ごめんごめん。強すぎたかな?」



地面に座り込むノアに笑うシャル。



「ほら、ノア、こっち来て。治癒魔法掛けるから」


「ありがてぇー!さすがオリビア、頼りになるなぁ!」


「そんなこと言っても、夕ご飯は増えないわよ」


「んなつもりじゃねぇって!ありがとな!」


「シャル。なら、次は俺とやろうよ」



気分の上がっているシャルにレオンが声をかける。



「来たな、レオン!良いよ!今日こそ連勝記録を止めてやる!」



自分の拳を合わせてレオンと対峙するシャル。

気合は十分のようだ。



「よし、やろうか!」



◇◇◇



「…で?結果はどうだったんだい?」



その後、皆で食卓を囲みながら、ルイスが質問する。



「はは…終始俺が有利だったんですけど、魔闘拳を最後の最後に使われて、逆転負けしました…」


「はっはっはっ!あたしが最初から使ってると思ったでしょ?あれは雷魔法で出した、ただのスパークです!これでレオンの連勝記録も止まったね!」


「次は負けない…」


「うん、シャルはやっぱり本当に器用だね。先月14歳を迎えた事だし、そろそろ許可しようかな」



ルイスの話を聞いていた4人の目付きが変わる。



「…じゃあ、解禁ってことですか!?」


「そうだね。冒険者登録をしても良いよ。但し―」


「よっしゃぁぁぁ!遂に来たぁぁ!」



ノアが椅子から立ち上がり、声を張り上げる。



「落ち着きなよ、ノア。先生がただ許可する訳ないでしょ」


「その通り。流石オリビアだね。まさにそのことを話そうと思っていたんだ」


「それで…今回の課題はなんですか?先生」



レオンがルイスに質問する。



「ギルドマスターに話を通しておくから、彼から出された課題をクリアしてくること」


「え…それだけですか?」


「うん、終わり。それで師として教えるのも終わりかな」



ノアやシャルが椅子から立ち上がり、ルイスを見る。



「な…なんでそんな急に?」


「急にっていう訳じゃ無いよ。もう、時間が無いんだ」


「そんな…」



彼らの表情は暗くなる。

2年前に聞いたことではあったが、先生との別れが間近に迫っているということを考えると、暗くなるのも仕方のないことであった。



「まぁ、まだ当分は大丈夫だから。安心して行っておいで」


「…はい」



◇◇◇



「…で、お前らがルイスの言ってた弟子か。お前らには一人一人への課題を出すように言われてる。それで良いな?」



あれから数日。レオン達はカナンを出発。

ルイスはカナンで彼らの帰りを待つとの事だった。



「あの、それは大丈夫ですが、なんて呼べばいいですか?」


「あん?」


「いえ、副ギルドマスターの方もギルマスとしか、呼んでいなかったので…」


「好きに呼べ。お前らもギルドマスターだとか、支部長とか呼びゃあいい」


「は、はぁ…分かりました」


「じゃあギルマスで」


「じゃあおっさんで」



シャルやノアが一切の遠慮なく渾名を付ける。

彼の額には青筋が浮かんでいるが、まだ切れてはいない。



「…まぁいい。お前ら、俺に付いてこい」


「なんで?」


「…ルイスのやつとは別に、俺が出す冒険者登録の試験を受けてもらう。それに合格出来なきゃ、そのまま帰ってもらうからな。こっちだ。付いて来い」



そして、彼らはギルドの横に隣接された、試験場へやって来た。



「お前ら、それぞれ何が得意だ?」


「俺は剣!」


「あたしは魔闘拳!」



真っ先にノアが答える。シャルもそれに続く。



「俺は身体強化ですかね。後はタンクとしていろいろやります」


「私は治癒魔法を…」



バーニィやオリビアもギルマスの質問に答えていく。



「レオン、お前は?」


「…剣と魔法、どちらもできます。両方使って戦います」


「なるほど、魔法剣士か。分かった。レオン、ノア、シャルは俺と戦え。二人はリンに見てもらえ。リン!」


「そんな叫ばなくても聞こえてるよ。さ、二人はこっちだ」


「さっさと始めるぞ。最初は誰だ?」


「よし、あたしから!」


「良い心がけだ、来い!」



◇◇◇



シャルは最初から魔闘拳を使用し、かなりの猛攻をかける。が、ギルドマスターであるバートにはびくとしない。



「くっ…固い!」


「これが続くようなら、そろそろこちらも攻撃させてもらうぞ。ふんっ!」



腕を振るい、シャルを弾くと、バートの反撃が始まる。



「まずは右ストレートだ!」


「くっ……あっぶな!」



魔力を上半身に集中させ、守備に徹したが、それでも片膝を付くシャル。

思いの外ダメージがあったようだ。



「シャル!」


「大丈夫だから!そこで見てて!」



思わずレオンが声をかけるが、シャルからははつらつとした返事が返ってくる。

どうやらルイスやレオン達以外と手合わせしていることに楽しさを覚えているようだ。笑みすら浮かべている。



「行くぞ。-身体強化-脚特化アームブースト!」



自分との戦いに笑ってみせたシャルに追撃をかけるバート。

脚力に特化させた身体強化を使用し、一気に間を詰めていく。



「まだまだぁ!あたしの全力見せてやる!」



シャルも魔闘拳を全開にし、迎え撃つ。



「良いぞ!来いっ!」



◇◇◇



「最後は良かったぞ。全力では無かったとはいえ、俺と真正面からぶつかるとはな」


「ぶー…ちぇ、今はまだ勝てる気がしないや…」


「はっはっはっ!当たり前だ!14になりたての子供に負けちゃあギルドマスターは務められん!さぁ、次はどっちだ?」


「よっしゃ、次は俺だ!」



ノアが名乗りを上げる。シャルと戦い、明らかに疲れはある筈だが、気にもしないという風にノアとも戦い、難なく勝利した。



「ちくしょー…すまねぇ、シャル。レオン、後は頼んだぜ…」


「勝手に託すな。俺は自分の出来ることをするだけだよ」


「最後はレオンか…見せてもらおう。魔法剣士の戦いというものを!」



◇◇◇



「さて、よく来たね。二人とも。君達がこっちに来てもらったのは、バーナード君は守護者ガーディアン、オリビア君は治癒師なんだろ?ここでどのくらいのレベルか見せてもらいたい」


「分かりました」


「了解です!」


「じゃあまずはバーナード君、君から行こうか。守護者ガーディアンとしての実力、見せてもらうよ」


「はい!-身体強化-!」



バーニィが身体に魔力を循環させ、全身を魔力で覆う。



「へぇ…かなり上手いね。前方にシールドは張れる?」


「行きます、はぁっ!」



前方に手を広げ、魔力で構成された板が出現。

リンは素直に感心している。



「うんうん、なかなかやるね。今16歳でしょ?何で今登録に来たの?君の実力なら許可は降りてそうなものだけど」


「降りてましたけど、皆で登録したいって先生に言ってたんです。俺一人で登録しても、出来る事はあまり無いので」


「なるほどね。オリビア君も同じ感じかい?」


「それもありますけど、私は抜け駆けみたいで嫌だったので…」


「了解。じゃあ次はオリビア君の治癒師としての力がどれくらいか、見せてもら―」



突如、遠くから轟音が響いた。



「訓練場の方だ。何かあったのか?二人とも、付いて来て!」



3人はレオン達の居る訓練場へ早足で向かう。

そこで見たものは―



「この馬鹿野郎!」


「すみません、すみません!」



レオンがギルドマスターに思いっきり叱られている所だった。



「ちょっ、これ…何があったの?」


「リンか。どうもこうもレオンが馬鹿な攻撃繰り出したせいで訓練場が吹っ飛んだんだよ!」



バートとレオンより前方の地面は抉れ、辺りにあった設備など、跡形も無くなっている。



「何したのさ?」


「レオン、お前の口から言え」


「身体、治しますね」


「おぉ、すまんな。見てないで説明しろ」


治癒ヒール


「…あ、はい。剣に魔力を集中させてですね、魔力の斬撃を放ったところ、こんなことに…」


腕が治ったバートがレオンに拳骨を落とす。



「あれの何処が斬撃だ!そして使う場所を考えろ!俺が咄嗟に上に飛ばしたからまだ良かったものの、あれがまともに飛んできたら辺り一帯吹っ飛んでるぞ!?」


「本当にすみません…冷静じゃなかったです…」


「リン、見ろ。これ」


「これは…」



バートが差し出す剣は、剣の中央部から先が無くなっていた。



「上に飛ばした時に持っていかれた。若しくは圧で消えた。どちらにしろ、危なかったことは間違いない」


「まぁ…レオン君、今回は大事にならなかったから良いけど、次は気を付けてね?」


「はい、本当にすみませんでした!」



◇◇◇



ギルド本部に戻ってきたレオン達。

ギルドマスターであるバートから説明を受ける。



「まぁ…言いたいことはあるが、取り敢えず合格だ。但し、力の使い所を間違えるなよ」


-はい!-


「じゃあルイスからの課題を伝える。聞いておけよ」


「え?」


「え、じゃない。お前らは冒険者登録の試験に合格しただけだ。ここからが本番だ。これは、お前らの初任務だと思っておけ」


「…分かりました」


「そう構えるな、バーナード。別にそう難しいものじゃない。まず、レオン」


「はい!」


「お前は…」



◇◇◇



レオンSIDE

バートからルイスによる最後の課題を伝えられた彼は、街の一番大きい屋敷の前にやって来ていた。



「ここか…よし。あの、すみません」


「何者だ、止まれ」



門番がレオンを止める。



「ギルドマスターであるバートさんからこちらに行くよう伝えられました。こちら、手紙を預かっています」


「確認する。少し待ってくれ」



少々経つと、執事らしき老けた男性がやって来て、レオンを案内する。



「主人はもう少しでやって来ると思いますので、お待ちを…」


「では、屋敷の主人に伝えてください。あまり人を見定めるような事は好ましくない、と」


「ほぅ…何故です?信用に足る人物かどうか調べることは当然だと思いますが」


「かもしれません。が、ここはギルドマスターから直々に依頼されている筈です。ルイス師匠と繋がりがあるんじゃないですか?やり口が同じです」


「ふふふ…お前の人柄は大体分かった。レオン、お前は信用に値する人間だ」



突如、男の口調が変わる。老人のマスクを剥がし、若い男性の顔が現れた。



「試して悪かったな。あいつの弟子がどれくらいのものか、直接試して見ておきたかった。俺はダムド領主の弟、バルドゥール·ダムドだ」


「宜しくお願いします」


「こちらこそ、今回は宜しく頼む」



◇◇◇



ノアSIDE

一人、郊外へやって来たノア。

彼も課題のため、ここに向かっていた。



「本当にこんなとこに人なんて居るのかよ…お、あれか?」



山小屋のような小さな建物を見つけると、近付いていく。

ドアを叩くノア。



「すみませーん、ミネルヴァさんのお宅ですかー?」


「お前さん、うちに何の用だい…」


「ギルマスのおっさんか、ルイス師匠から話が行ってると思うんすけど」


「なるほど、あんたがそうか…入んな」



中に案内されるノア。その直後、何かがノアの眼前に飛んでくる。それを右手で掴み、止める。



「急に何のつもりだ…?」


「はっはっは、悪かったね。賊用の仕掛けを切り忘れてたよ」


「…ふーん、ま、いいや。で、俺は何するんだ?」


「あぁ、先ずはそこの鍋を混ぜてくれ。丁度今やってたとこだ。変わってくれると身体に楽だ」


「……え?」



◇◇◇



シャルSIDE

炭鉱でピッケルを振るうシャル。

その表情は、何時もとは違い、至って真面目である。



「…いや、何これ。聞いてないんだけど〜!」


「ほら、何やってる。ぐだくだしてっと見つからんぞ」


「親方、あたし素人だよ?素材になる石の見分け方なんて分かんないよ」


「良いんだよ。お前は素材を用意すればいい。後の加工は、まぁ…あいつがやるだろ」


「え〜…」


「ほら、後少しだ。さっさとやっちまえ」



シャルが崩した鉱石をまとめて置いている所を確認し、終わりが近い事を教える。しかし、まだ続ける事に不満げな様子。



「もー…今度良い手甲を所望します!」


「肉体的に一番疲れるのはお前だろうからな。良いだろう。今度作ってやる」


「よし、言質取ったからね!約束だよ?」


「ほら、早くやれ」



◇◇◇



オリビア&バーニィSIDE

全力疾走するオリビアとバーニィ。後ろからは、大玉がすぐ近くに迫って来ている。



「うわぁぁぁっっ!!」


「何でこんなことになってるの!?」


「ちくしょぉっ!!」



遡ること、1時間前。

3人と違ってリンに連れられ、ギルドの地下にやって来た二人。



「オリビア君、君にはここである物を取ってきてもらうよ。ここの最下層にあるから、宜しくね」


「私がですか…分かりました」


「あ、あの…俺は?」



連れて来られたものの、何の説明もされていないバーニィが手を上げる。



「バーナード君、君はオリビア君の護衛。但し、スキルは使用禁止」


「え、じゃあ俺は身体張れってことですか?」


「別に魔物とか出ないから。最後以外は。ほら、出発」



リンが扉を開き、奥へ押し込む。



「じゃあ、頑張ってー」



押し込まれた先は迷宮ダンジョンのようだった。だが、ただまっさらな空間が拡がっているだけであり、辺り一帯には、何も無い。

唯一見えるとすれば、地平線の向こうに建物らしきものが見えるだけである。



「…どういう事?…扉が消えた。これはもしかして…」


「…俺等、地下に入ったよな?」


「えぇ…その筈なんだけど…日があるわね」


「しかもこの広さ。彼処の地下がこんな広い訳が無い。多分…」


「あれ、転移扉ね。飛ばされた先は…疑似迷宮ってとこかしら」



疑似迷宮とは、人が人工的に創り出した迷宮のことである。

主に訓練用に使われるが、広大な領地を持つ家などは自分達で疑似迷宮を創り、一般市民や冒険者に開放し、運営する者も居る。

疑似迷宮の概念はとある魔道具師によって生み出されたとされ、今ではオーガスティアのみならず、隣接する帝国や、その他の小国などにもある程だ。



「多分、あれは罠ね。近くに何かある筈。手当たり次第探しましょう」


「分かった。声が聞こえる程度に離れて探すか」



暫くして。バーニィが砂に埋もれた扉を発見する。



「…他にこういうのは?」


「無かった。オリビアも見つけてないだろ?」


「うん。…行くしか無いわね。開けるわよ?」


「待て、俺がやる」


「…じゃあ、任せるわ」



バーニィが扉のドアノブを回し、開く。そこには新たな空間が拡がっていた。



「…先に行く」


「待って、一緒に行くわ。例え疑似迷宮であろうと罠もある筈。別れるのはまずいと思うの」


「じゃあ…行くぞ、せぇのっ!」



二人同時に扉の先の空間へ飛び込む。

すると、二人は石畳へと着地する。

前には石畳で出来た廊下が続き、ここから先は普通の迷宮が始まるようだった。



「…無茶苦茶だな。なんだこれ」



思わず呆れるバーニィ。



「…流石に同感ね」



バーニィに同意するオリビア。腹をくくった先あるものがこれではいささか拍子抜けというものだった。

だが、この後に待ち受けるものを二人はまだ知らなかった。



「はぁ!?七大魔法属性以外の派生属性を3つ記入しろ!?分かる訳ねぇだろっ!?」


「氷、毒、時空間。有名なのだとこんなとこかしら。まぁ、他にもあるけどね」


「お、おぉ…流石秀才…」



その後には。



「バーニィ、この扉開けられる?」


「任せろ。-身体能力フィジカル-解放!うぉぉぉお!!」


「え…それ、スキルじゃないの?」


「身体に掛けてるストッパーを外しただけさ。だからスキルの身体強化とは違う」


「そうなんだ…知らなかった」



そして、いくつかの罠に引っ掛かりながらも、遂に最下層までやって来た二人。



「ここね。言ってた最後に出てくる魔物というのは、ダンジョンボスのことね」


「よっしゃ、さっさと終わらせて帰ろうぜ!」


「そうね、行きましょう」



◇◇◇



レオンSIDE



「はぁ、はぁ…長かった。ようやく終わった…」


「ありがとな。俺は魔力操作が得意じゃなくてな。あいつにはずっと困ってたんだ」


「何であんなの棲み着いたんですか…?」


「親父が興味本位でどっかの国の植物を持ってきてな。それがどうやら魔素にやられてたようであっという間に根を生やしてこの有り様だよ。いや、本当に助かった。ギルドに報告に戻るといい」


「今日はありがとうございました。それでは失礼します」


「あぁ、またいずれ、な…」



レオンがダムドよ屋敷から去っていく。

それを見届けたバルドゥールは。



「ふぅ…なかなかに大変だな。消滅される直前に復元するというのは。人の実力を測るのも初めてだ。バートとルイスにはもっと報酬を上げてもらおう」



◇◇◇



ノアSIDE



「ばーさん!ほら、透明になったって!これで大丈夫だろ?」


「ふむ…なるほど。良く出来てる。じゃあこいつを瓶に詰めて持ってきな。ルイスに渡してやるといい」


「え、師匠にこれ関係あるのか?」


「さぁ…あるとも言えるし、無いとも言える。ほら、そろそろ日が暮れるよ」


「わ、分かった…取り敢えず持ってく。世話になった…え!?」



いつの間にやらミネルヴァの容姿や身長が変わっている。

先ほどまではぶかぶかのローブを羽織った小柄な老婆であったのに、今は打って変わって顔付きも若くなり、身長もノアを若干超す程である。

身体つきも先ほどと全く違うので、ノアには刺激が強いらしく、目を逸らしている。



「何だい?そんなにあたしの身体が気になるかい?さっきまで婆さん呼ばわりだった癖に」


「あぁ〜…もう、帰る!またな!」



早足でその場を去るノア。見送るミネルヴァはそれを見て笑っている。



「若いのを悪戯するのは楽しいねぇ、やっぱり。…弟子を頼むよ。孫弟子」



◇◇◇



シャルSIDE



「親方!こっち来て!」


「どうした。用意出来たのか?」



シャルが大声で親方を呼ぶ。



「親方!これでどうかな!?そろそろ言われた量は用意出来たと思うんだけど!」



すっかり埃だらけになったシャルが鉱石の山を指差し、意気揚々としている。積み上がったそれを確認する親方。

シャルの方を見ると、にこやかに笑う。



「よし、良いだろう。あとはこいつを俺が鍛えて一流の素材にしてやる!もう少し待ってろ!」


「!!分かった!」



それから数時間が経ち、シャルは親方が鍛え上げたそれを魔法の袋マジックバッグに入れる。



「そいつをルイスに渡せ。それで完了だ」


「はい、ありがとうございました!」



親方に頭を下げ、鍛冶場を去るシャル。それをどこか悲しげに見つめる親方。



「ルイス…酷な男だ。お前も」



◇◇◇



「あれ、ノアじゃん。今帰り?」


「お、シャルか。あぁ、さっき終わってな。こいつを課題でもらってきた。何だそれ?」



いくつかもらった小瓶のうちの一つを取り出し、シャルの前に出して揺らすノア。



「あたしも似た感じだよ。これ準備するのが課題でさ。親方に鍛えてもらったんだ。何かの素材になるらしいよ。何にするんだろうね?」


「さぁな…お、あれレオン達じゃん。3人も合流してたのか。おーい!」



前方にレオンら3人を見つけた2人は、急ぎ足で近付いていく。



「よっ!レオン、どうだった?」


「シャル…俺は植物と戦ってたよ…」


「…どゆこと?」


「ま…大変だったって話。そっちは?」


「親方のとこ行ってきて、ひたすら炭鉱で働いてましたー。もう疲れたから、さっさと報告行って帰ろ!」


「そうだな、早く終わらせて先生のとこに戻ろうか」



ギルドへ戻り、ギルドマスターに終わったことを報告する。



「ほぉ…1日で終わらせるとはな。やるじゃないか」


「ギルマス!俺とオリビアの二人だけ方向性が違いませんか!?終わった後も山中だったんで大変だったんですが!」


「お前らはこいつらみたく戦闘に特化してる訳じゃないからな。そりゃあそうだろう」


「くっ…」


「まぁ、そう怒るな。早く戻って、ルイスに知らせてやるといい」



全員の表情が変わる。もう師のことを考えているようだ。



「今日はお疲れさん。帰って報告してやれ」


「ありがとうございました!では、失礼します!」



ギルドを後にするレオン達。それを窓から見るバート。



「お前ら…本番はこれからだぞ」


「ギルドマスター!ちょっと来てください!」


「どうした?」


「あちこちから苦情が届いてます!昼間から轟音を出すなとか、洗濯物が土埃だらけでやり直しだ等、昼間の試験のやつが…」


「あいつらぁ!…今怒っても仕方ない…取り敢えず謝罪だ!」



◇◇◇



「そうか。皆課題はクリア出来たんだね。集めてきてくれてありがとう」


「でも、この用意したので何するんです?俺には想像付かないんですけど」



バーニィはこの素材を使って何をするのかまだ分からないらしい。



「魔導具でも作ろうかと思ってね。レオン、手伝ってくれるかい?」


「俺で良いんですか?」


「うん。魔力操作の訓練してきただろう?ノア、もらってきたもの貰えるかな」


「はいよ、先生」



ノアが青い半透明な液体の入った瓶を渡す。それの口を開け、飲み干すルイス。



「え、いきなり何を…」


「大丈夫、これからやるのはかなり体力を使うからね。ポーションの一種だよ」


「なら良いですけど…」



その後、ルイスはレオンと共に村の鍛冶場を使い、魔道具を作り始めていた。



「…先生、大丈夫なのかな」


「分からないけど…あれ多分ただのポーションじゃないわね」


「え?」


「普通のポーションなら色は付いて無いもの。青いのなんて聞いたこと無いわ」


「じゃあ、やっぱり…無理してんのか」


「多分ね…でも、私達に出来る事は無いも同然だわ。私達には知らない事が多過ぎる」


「ちくしょう…何か出来ねぇのか」



全員が無言を貫いたまま、ただ時が過ぎていった。

翌日。



「はい、これ。皆に贈り物」



ルイスから一人ずつ手渡しされる魔道具。



「おぉ…かっけぇ!」


「ノアには腕輪と耳飾りだよ。何かあった時、助けてくれると思う」


「バーニィには僕から手甲と肩当てをあげるよ。リーダーとして皆を護ってくれ」


「あ、ありがとうございます!」


「オリビアにはヘアバンドと杖。治癒力が上がるよ」


「凄い…そんなものまで…ありがとうございます」


「先生、あたしは!?」



待ちきれないシャルが自分への贈り物を主張する。にこやかに笑うルイス。



「シャルは親方から手甲を貰うんだろう?という訳で、足を護る防具を僕からあげる。それと、バーニィとお揃いの肩当てもね」


「やったー!先生、ありがとう!大切にするね!」


「ありがとう。最後はレオンだ。レオンは手伝ってくれてたからね。僕から一つ違うものを用意しておいた」


「え…」


「先ずは指輪。魔力向上の効果がある。常に付けるといい。次に剣。僕のお手製だから使いやすいと思うよ。最後はこれ」


「…これは?」



目の前に出されたのは小さな袋。だが、手に持つとかなり重みがある。



「良いものが入ってるよ。本成人したら開けるといい。と、言ってもそれまでは開かないけどね」


「あ…ありがとうございます!」



その翌日、ルイスはレオン達の前から姿を消した。

一人一人に対して手紙が残されていたが、レオン達はその時、誰も読まなかった。


ただ、レオン達に暗い影が落ちた。



◇◇◇



何処か果ての地に居るルイス。ふらつきながらも、歩みを止めず、遂には荒れ果てた廃都市にやって来ていた。



「はぁ、はぁ…薬でごまかしてきたけど、もう駄目そうだ。あそこにするか…」



ルイスは古びた城に目を付け、向かっていく。



「ここが…初代勇者と魔王の決戦の地か。はは…やっと来れた…」



扉に手を掛け、寄りかかる。段々と下がっていく。



「皆には悪いことしたな…黙って出てくなんて。でも、少しでも虚勢を張っていられるうちに離れたかったんだ。これ以上…この思いが大きくなっちゃいけないから…ジェシカはどうしてるのかな…いや、僕が思い出す権利は無いな。彼女の言葉に逃げてしまったから。責任を、負わなくていいという…その言葉に甘えたから…」



ルイスが崩れ落ちる。もう息はしていなかった。



X日後。ルイスの遺体の前に立つカイデン。



「何だこれは…眠っているように死んでいるな。何だその顔は。未練でもあったまま死んだか。…良いだろう。その未練と肉体、私が使ってやる。素材としてな」



ルイスの遺体を魔力で縛り、持ち上げるとその場を去るカイデン。


これは、レオン達の始まりに至るまでの話である。

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Lost Fantasia 眞弥。 @11062002

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