-後編-

ジークがレティシアと初めて会った時から話は数ヶ月前に遡る。



「何故ですか、養父上!あいつが居るんですよね!?行かせて下さい!」


「駄目に決まってんだろ。ローレンスは19で死んだんだ。お前はそれより若い。それにお前は次期族長としての自覚が足りてねぇ」



ジークの頼みを容赦なく一蹴する族長トラヴィス。



「うっ…」



彼の言葉に理があることを内心分かっていたジークは、何も返せない。



「何だ?違うのか?そもそも後少しで婚約だろうが。復讐なんて許可出来ねぇな」


「…分かりました。失礼します」


(そんなこと待ってられるか。勝手にやってやる)


納得していないジークが立ち上がり、その場を去ろうとする時だ。



「あぁ、それと言っとくが…死ぬなよ。それだけは守れ。良いな」


「…はい」


(敵わないな…この人には)


トラヴィスにはジークが何を考えているか、丸分かりのようだった。



◇◇◇



トラヴィスとの面談が終わり、自宅へ戻る最中のこと。

ジークに一人の女性が駆け寄って来る。



「ジーク…とうとうやる気なの…?」


「マーガレット…あぁ、許可は降りなかった。だから、勝手にやる」


「辞めといた方が良いって…せめてあたし達との婚約の儀が終わるまで待てない?」


「…無理だ。タイミングが悪いことは分かってる。でも、あいつが現れた以上、やらない訳にはいかないんだ。心配するな。絶対に戻って来る」



そう言うジークの言葉とは裏腹に、マーガレットは怪訝な顔をする。



「そう云う言葉は信用出来ないって…貴方が言ったんじゃない!」



マーガレットはあの日、ローレンスと共に見回り組として外に赴き、命を落としたビートの妹だ。


あの日以降、兄を亡くした同じ立場の者として、助け合い生きてきたうちの一人である。



「…すまない。でも、約束だ。俺は必ず生きて帰るよ。戻って来なかったら、ぶん殴っていい」


「だーかーら…そう云うこと言うなっての!…もう良いわよ。さっさとやってくれば良いじゃない」


「ありがとな…」



◇◇◇



マーガレットと別れた後、突如雨が降ってくる。


ジークがふと前を見ると、自宅の玄関前に、雨に打たれながら立っている人に気付く。

その人が誰かに気が付くと、走って駆け寄るジーク。



「どうしたんだ…フローラ。急に。濡れてるじゃないか…。入ろう」


「待って、今はそれじゃない。…ジーク、土竜と戦いに行くの?」


「…あぁ。そうだ。目標はあいつだけじゃないんだ。他にも―」



ジークが話し切る前に詰め寄るフローラ。



「何で?何で今なの?もう少しで3人で婚約だよ?どうしても今すぐやらなきゃ駄目?」



フローラも近々ジークと婚約する一人。彼女は父をあの日、喪っていた。


次期族長は二人娶るのだ。過去にはそれが嫌で逃げた者も居たらしい。



「あぁ…マーガレットにも言ったが、今やらなきゃ駄目なんだ。次いつ現れるか分からない以上、このチャンスを逃したくない」


「はぁ…分かった。もう止めない。その代わり、必ず帰ってきてよ。いい?」


「あぁ、勿論だ」


「…なら、いい。じゃ、私帰る」


「お、おい!風邪引くぞ!」


「大丈夫。家、近いからー!」


「…自由だな、ったく…いや、それは俺もそうか。今日はさっさと寝よう。夜明けには出発だ」



◇◇◇



翌日、兄と父の仇と5年振りの対面となった。


あの日から3年後、奴は再び現れた。

その情報を聞き付けたジークはトラヴィスの制止も振り切り、何の準備もせずに、衝動のまま奴と対峙した。


その際ジークが感じたものは、圧倒的な力の差による恐怖だった。

仇であることさえも頭から離れ、ただその力に戦慄した。そんなジークの気を感じたのか、土竜は嘲笑うかのように後ろ足で泥を掛け、その場から去って行った。


その日から5年。17歳となったジークの戦いが今始まろうとしていた。



「何処だ…そう遠くない筈だ。しっかり見ろ。気配を見過ごすな…。居た…居た!居たぞ!」



標的を見つけ、一気に駆け出すジーク。敵は幸い、向こうを向いている。


(このまま頭蓋を砕いてやる!)


だが、どういう訳かその攻撃は避けられる。


(何だと!?)


こちらに向き直り、ニタリと嗤う土竜。



「そう簡単には殺らせてくれないよな…一撃で殺すんじゃ、忍びないと思ってたとこだ。行くぞ、魔物風情が!」



両の拳に魔力を纏わせるジーク。腰を落とし、戦闘態勢に入る。


-グホッ、グホッ、グホッ-


「おらぁぁぁぁ!!!」



◇◇◇



「…ジーク、俺は忠告したよな?婚約の儀があるからやめろって。何だ、そのざまは?傷だらけじゃねぇか。しかも倒せてねぇんだろ?」


「…申し開きもありません。族長」


「…儀は延期だ。暫く外に出るのも禁止する。大人しく療養に励め。良いな?」


「はい、族長」



集落を抜け出し、独断で仇と戦ったジークはその日の昼頃、身体中に傷をつけながらも、帰って来た。


マーガレットとフローラが出迎えると、気が緩んだのか、二人に寄りかかるように気を失い、2日もの間、眠っていた。


起きたその日に族長の元へ向かい、処分を受けた。



「あいつはまだ早い。でも、まだチャンスはある」


「あんた、2日も眠ったまんまで…本当に心配したんだからね!」


「悪い。心配かけた。もう当分は行かない。あいつもそうそうは動けないだろうしな」


「…どういうこと?」



目の周りを赤くさせたマーガレットが聞く。



「結構善戦出来たんだ。だけど、俺には決定打が無く、あいつも、あいつより素早い俺にあまり攻撃を当てられなかった。お互い重症で痛み分けさ。だが、今度はやれる。確信がある」



そう言うジークの顔は、何処か以前より晴れた顔をしている。

倒す事が出来る確信を持てたことで、余裕が生まれたのだろうか。



◇◇◇



そんな日から約2ヶ月。殆ど身体の傷も治り、外出が許可されたある日のこと。

久々の外出ということもあり、普通に狩りをしていたジークの耳元に、爆発音が届く。


ジークが異変を察知し、その場へ辿り着くと、一人の少女を残して他は全滅していた。


その子の名は、レティシアと言った。



「…で?故郷も行き先も何も分からねぇから連れてきたって?」


「はい。何か問題が?」


「有りまくりだ、馬鹿!誰かそいつを川に連れて洗ってこい。何が有るかも分からん」


「…行くなら、ジークとがいい。他の人は嫌」


「ちっ…ジーク、一緒に行ってお前も洗ってこい。話はそれからだ」


「は、はい…」



レティシアを連れ、川のほとりにやって来る。



「レティシア、身体洗うぐらい、一人でも出来るだろ?」


「…分からない。したことない」


「はぁ!?…仕方ない、柔らかい布で届かない所は俺が拭くから、他は自分でやってみろ」


「…ん。分かった。やってみる」



その後、レティシアを洗い、集落へ戻って来た二人。


トラヴィスが来るまでの間、ジーク、マーガレット、フローラ、レティシアで話をしている。

マーガレットとフローラの二人はレティシアをやや不安げな顔で見つめる。



「ねぇ…大丈夫なの?その子」


「…ちょっと心配なんだけど」


「大丈夫だ。レティシアは何もしない。別に何処かから送られてきた訳でもないし。な?」


「…ん。私は何もしない」


「…まぁ、レティシア。これから宜しく頼む。俺はジークだ」


「…ん。じゃあ、ジーク兄さん」


「「「え!?」」」



急にジークを兄と呼び始めるレティシアに戸惑う3人。



「一緒に住むジークは年上。なら、兄…」


「そうはならないんじゃないかな…レティシアちゃん…?」


「マーガレットの言うとおりだ。普通はそうはならない」


「もういいじゃねぇか。何でも。小さなガキ、放って置く訳にも行かねぇしよ。連れてきちまった以上仕方ねぇ。ジーク、面倒みてやれ」



いつの間にかやって来た族長トラヴィスが会話に混ざり、レティシアの処遇を伝える。



「ぞ、族長!私達の婚約はどうなるんですか!?」


「それは変わらねぇよ。まぁ、ある程度成長してもここに居るってんなら、話は変わるかもしれねぇが」



こうして、ずっと一人だったジークの家に新たな住人が増えたのだった。



◇◇◇



「兄さん、起きて…朝」


「あぁ…おはよう。ありがとな、レティ」



あれから数ヶ月経って。

予定よりは遅れたが、ジークはマーガレットとフローラの二人と婚約の儀を行った。

と言っても、同棲したり、新しく居を構えたりするという訳ではない。


同じ集落に住む一族である以上、皆住居が近いからだ。

それに、新しく土地を拡げるのも簡単なことではなく、大変な労力がかかる。

そのため、基本的には嫁入り、若しくは婿入りした家族と同居、もう一つは空いた住居の場所に新しく建て直すかのどちらかだった。


ジーク達は前者である。だが、レティシアも居る関係上、同居は婚姻以降とのことだった。


レティシアは以外にもかなり早く打ち解けた。


ジークの父もかつては外の者だった影響だろうか。

今では二人がレティシアの面倒を見る時が増えていた。



「二人とも…ありがとな」


「心配無用よ!最初は外の子なんて大丈夫なの?…って感じだったけど、慣れちゃえば可愛いもんね!」


「ジークの父上もそうだったとは聞いていたけど、ジークは小さい頃から知ってるから。あまり実感が無かったけど…外のことを知るのも良い…」


「外か…俺達は森の周辺しか知らないもんな…」


「しかも行ったことは無いしね」


「…知りたいな。外のこと。世界を」


「私も…見てみたい」


「養父に頼んでみるか!」


「「良いね!」」



この後、3人で頼んでみたものの、ジークの最近の行動が自由過ぎるということで却下された。


実際に彼らが初めて街へ繰り出したのは、レオン達と出会う1年前のことである。


この後、レオン達と会うまでにも彼らにはいろいろあったのだが、それはまた別の話。



_____



番外編です。

前編はジークの兄の視点が入った番外編となっております。こちらを読んでいただくとジークの動機が分かりやすくなるかと思います。

なろう掲載時は前編が8話と9話の間、後編が9話と10話の間に掲載しており、分かりにくくなったかなと思い、こちらに掲載する際に最後に掲載する事にしました。


現在、なろうの方では4章に入っておりますのでそちらでも読めます!なろうの連載作は現在、全て同世界観の為、本編より前の時間軸でも同じ登場人物が出ている事があります。

そちらもよければ宜しくお願いします。


眞弥。

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