第2話 MISSING BOY

あの事件から凡そ三ヶ月。ノアが訓練に復帰してから1週間ほど後にレオンも訓練場に戻って来ていた。



『余計なことは言わん。剣を取れ。お前も今の実力がどれ程か確かめてやる』


『…はい。これから、もう一度お願いします』



訓練を再開させてから1ヶ月後、レオンとノアの二人は、まず冒険者として活動を再開した。が、依然として勇者として魔大陸に行くことは無かった。

仲間を喪い、傷心中の16歳二人を魔大陸に行かせることは危険であると周りが判断したからである。


だが、その判断は必ずしも全員が受け入れられるものではなかった。


彼女もその一人である。



「戻りなさい、アリア!」


「嫌だ。勇者を見つけて、戦いを終わらせるまでは帰らない!」


「アリア!」



そう言って家を飛び出すアリア。行くあてなど無かったが、勇者を見つけるという目標だけが彼女を突き動かしていた。



「何処に居るんだ、勇者…まだ王都に居るのか?」



アリアは家を出た後、ひたすら勇者を探していた。

去年のことだった。

ヴァーミリオンの生き残りが見つかったことと、その生き残りが勇者に任命されることが同時に発表された。


その事実にアリアは歓喜した。

戦争が終わると思ったから。戦争が終われば父も家に戻ってくる、そう希望を抱いた。



が、勇者任命から三ヶ月後のことだった。

勇者が襲撃されたという報せが国中を巡ったのは。

この事件で15年前のヴァーミリオン襲撃事件を連想した人間も多かった。

その時は彼以外のヴァーミリオンの一族が命を落としているのだから。


その報せの後、数ヶ月以上勇者の音沙汰がなく、アリアはとうとう痺れを切らした。


勇者に直接会い、戦争を終わらせてほしいと頼むことにしたのだ。

このままでは、まだ戦争は終わらない。

家に、世界に平穏はやってこない。


今のままでは駄目だと判断した。

何なら、自分が戦争について行ってもいい。そんな思いを抱き、彼女は家を飛び出した。



◇◇◇



それから数ヶ月。

アリアの願いも虚しく、戦争が始まった。

今回も死者は無いが、騎士達は数ヶ月毎に戦い続ける日々。


魔族と人間では身体の造りが違う。

ずっと続けていては、いずれ負ける。即ち、侵略される。

そんな未来、来てほしくはない。


ここ2ヶ月ほど、アリアは、王都を中心に勇者を探している。王都から出たという情報が無いからだ。だが、王都は広い。一番大きな街の数倍はある。


その分、厄介な輩も居る訳で―。



「何でこんなことに…いや、あたしは間違ってない!」


「おい!待てよ、姉ちゃん!」


「馬鹿言うな!誰が待つか!」



二人組から追われるアリアはひたすら走るも、とうとう袋小路に追い込まれてしまう。



「やっと追いつめたぜ、姉ちゃん…」


「俺らの商売を邪魔した分、きっちり払ってもらおうか!」



その言葉にアリアも激高し、反論する。



「ふざけんな!道の真ん中で子供から金巻き上げようとしてんじゃねぇよ!お前らに良心ってもんは無いのか!」


「良心だぁ…?そういうのは、騙される方が悪いと、昔から決まってんだよぉ〜!」


「嬢ちゃんさぁ…そんなもん無視して通り過ぎればいいだけの話だろ?」



男達の開き直りに呆れるアリア。



「はぁ…?魔王軍との戦いも終わってないのによくそんなことできるな!」


「んなこと知ったこっちゃねぇよ…金置いて消えな、姉ちゃん。それとも、痛い目にあいたいのか?」


「兄貴、やっちまいましょうぜ!」



男は腰のナイフをちらつかせる。が、もう一人はナイフを抜いてしまう。



「…ちっ!馬鹿が…」



そう言ってアリアは腰に手を回し、畳まれた槍を取り出し、変形させる。



「珍しいもん持ってんな…なら、それをいただくとするぜ!」


「ちょっと狭いが仕方ない…-炎槍-」



アリアが呟くと、槍が炎を纏う。



「なっ…て、てめぇ、街で魔法使うとどうなるか分かって…」



男はアリアが躊躇なく魔法を行使したことにたじろいでいる。



「この場を切り抜ける為だ…仕方ないさ」


「ちっ…後悔するなよ、嬢ちゃん!」



市内で戦いが始まろうとしていたその時だった。



「お前ら、そこで何してる!」


「な、何だ?お前…」


「よくこんな街中で戦いなんか起こそうとしたな。男二人で襲いかかるとはどうなんだい?しかも、そちらの女性…それは炎魔法だね?街で魔法を使うことは禁止されている筈だが?」


「てめぇ、Aランク冒険者のヴィンスか…」


「ブモー…また君か。いつまで経ってもDランクから上がれないからと言って、詐欺紛いのことは良くないよね。最近悪い噂で評判だよ。衛兵、二人を連れて行ってくれ。君、名前は?僕がギルドまで付き添おう」


「ア、アリア。そうだ!あんたさ…」


「何だい?」



◇◇◇



ヴィンスに客室に通され、待機するアリア。暫くすると、眼鏡をかけた青年らしき人物が入ってくる。



「やぁ、私はここのギルドの副ギルドマスターをしているゼインという者だ。話はヴィンスから聞いたよ。勇者を探してる途中で今回のことに巻き込まれたんだって?」


「あ、あぁ…」


「結論だが、今回の件は不問にしよう。街中で魔法を放った訳ではないし、原因はあちらにある」


「ありがとうございます…」


「で、早速だが、心当たりがある。着いてきてくれ」


「はい!」



先程とは表情を一変させて素直に頷くアリア。

ゼインと共に下の受付へ降りていく。



「あ、いたいた。おーい」



ゼインに呼ばれた青年がこちらを振り向く。



「…ん。何だよ、ゼインさんか。で、何の用ですか?」


「呼び出して悪いね。こちらの女性が、勇者を探してるんだとさ。君なら分かるだろう?ノア君」


「っ…えぇ、まぁ…」


「ノア、頼む!勇者はどこに居るんだ?教えてくれ!」


「じゃ、私はこれで。ノア君、頼んだよ〜」



アリアをノアに預け、ゼインはこの場から立ち去る。



「あっ、ちょっ…はぁ。で?勇者の居所なんか聞いて何するつもり?」


「決まってんだろ。戦争を終わらせてくれって頼むのさ!」


「何で?別にあんたが戦いに出るわけじゃないだろ?」


「親父が騎士団でさ…家に居ない時が多いんだ。母さんはよく寂しがってる。戦争さえ終われば、騎士団は自衛のために国に居ることが多くなるだろ?そうすれば家に帰って来る時も多くなる!そう思って」


「…着いてきな。それ、本物かどうか見せてくれ」


「…?何するんだ?」


「ちょっとな。とある場所にいく」



ノアはアリアを連れ、騎士団の訓練場にやってくる。



「お、おい…ここ勝手に入っていいのかよ…」


「…俺が許可もらってるから大丈夫だ。それより、ここらへんに居る筈…あぁ、居た。おーい!」



ノアが声を掛けたのは、副騎士団長と模擬戦を行っているレオンだった。



「ノア…どうした。今日は訓練日じゃないだろ?」


「あぁ、それなんだけどさ。ちょっとこいつと戦ってくれねぇか」



ノアの突然の発言に驚く両者。



「「え!?」」


「いきなり何言うんだよ、ていうかそもそも誰?」


んだとさ。その腕試し的な?」


「!!…分かった。良いよ、やろう」


「えぇ…話早いって…あんたら二人とも、勇者の仲間か何かか?」


「…それはあいつとの手合わせが終わったら答えてやるよ。因みに何使ってるんだ?」


「あたしは槍使い。実家がそう云う家系でさ。じゃあ、誰か知らないけど、とりあえず一勝負宜しく頼むわ!」


「おいおいお前ら、騎士団の訓練場で勝手にそんなことやって良いと思ってんのか?やるってんなら断りを入れろ。それと、お前はこれを使え。訓練用の槍だ」



会話にさっきまでレオンと打ち合っていた副団長が入ってくる。



「へぇ…訓練用にしてはデザイン凝ってるな」


「レオン、お前は俺とやってた時のそのまま使え」


「分かりました。じゃあ、ロベルトさん。立会人、お願いしていいですか。僕は準備出来てるので、いつでも始められます」


「あたしも良いぜ!」


「…しょうがねぇな。おい、ノア。お前も見てろ。お前が持ち込んで来たんだからな。二人とも、ほら距離取れ」


「えぇ、勿論です。すみませんね、副団長」


「え…今なんて―」


「始め!」



アリアが戸惑っているうちに、手合わせが始まった。

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