第1話 失われた日常

あの事件の後、レオンの勇者としての活動は始まること無く止まった。

周りの人達も、自分達が彼等の日常を変え、破壊された理由の一端であったことを感じていた為に、殆ど干渉出来なくなってしまった。


あの日から2ヶ月以上二人は訓練にやって来なかった。



「…レオンとノアは今日も来ないか…」


「…あまり強く言えないですけど、流石にそろそろ来てもらわないと…って、団長…あれ」



この時、ふとホッグスは、自分が騎士団長を継ぐことになった時のルーファスの言葉を思い出していた。



『俺はな…お前になら団長を任せられると思ったんだ』


『何故…俺なんですか』


『まぁ、大した理由じゃないが、これ以上のものも無い。ホッグス、お前が引っ張る騎士団が見たくなったのさ。見せてほしい。俺とは違う、新しい騎士団を…』


「団長…」


「団長、聞いてますか、入口の方を見て下さい!」


「うん?あぁ。どうした、クラウド…あれは」



二人の前に現れたのは、ノアだった。

その場にレオンは居なかった。



「ノア…もう大丈夫なのか、レオンはどうした?」


「あいつは部屋に籠もってます。…後、俺も別に大丈夫なわけじゃないです」


「…そうか。なら、何故来た?」


「これ以上蹲っていると…押しつぶされそうなんです」


「何にだ?」


「不安とか、後悔とか…考えてもきりがないことに」



ぐっと拳を握り、唇を噛むノア。あの日ついて行けなかったことを誰よりも悔やんでいる。

自身の怪我さえ無ければ4人をあの森に行かせることは無かった。

襲撃こそ避けられずとも、手の届く範囲の出来事だったかもしれない。

そうすれば結果は違ったかもしれない。


そして、その感情の矛先をレオンに向けてしまったことを何より後悔している。

レオンが自分と同じくらい、もしくはそれ以上に悔いているであろうことは頭を冷やせば直ぐに分かることだった。

その場に居なかった自分とは違い、レオンはそこに居たのだ。仲間が、家族が奪われるその場に。


あの日から1ヶ月以上悪夢を見た。



「うぁぁぁあっっ!はぁ、はぁっ…またか、もう何日だよ…」



4人が自分の前から消える夢。そして、自分がレオンを口撃し、追い詰める夢。

あの時、アルフレッドが介入してこなければ、自分は何を言っていたのだろう。何をしていたのだろう。何の罪も無い自身の家族に。


あの時に見た、レオンの目がノアの脳裏から離れない。

自分が掴みかかる直前の、あの目。自分に対して、ひどく怯えている目だった。

家族にさせてはいけない目をさせてしまった。


その夢を見たくなくて、今度は眠れない日々が始まった。

食欲も無く、無気力な日々が続いた。

無理して食べ物を体に入れても、受け付けてくれず、戻すだけ。



そのうち、家にもトラウマが生まれた。自分を起こしに来る誰かも、下に降りると朝食を用意しながら、声を掛けてくれる誰かも居ない。

今は悪夢のせいで自分で目覚め、下に降りても誰も居らず、生活感が無い。

にも関わらず、以前までの生活の痕跡が残る、5人分の食器等が未だに置いたままの棚やテーブルを見てしまうと、押し潰されるような感覚に陥る。

そんな日が、2ヶ月近く続いた頃。



ここまで追い詰められたことで、ノアは環境を変える決意をした。

日中は3人を思い出す品をクローゼット等に仕舞った。今まで使っていた日用品を殆ど仕舞う為に、中断がありながらも、一人で作業を続けた。

それぞれの私物は個人の部屋に仕舞おうと思っていたが、近づくことが出来なかったので、一纏めにクローゼットへ詰めた。


日が落ちると、庭で素振りをする。気絶するか、朝日が昇るまで。日が昇ると、食物を無理やりにでも詰め込んだ。

最初の数日は戻すこともあったが、身体を動かしているからか、否応なしに腹が空く。そうして食事を取ると、体調も以前より戻る。

体調が戻ってくると、悪夢等の症状も治まってきていた。


周囲の環境が変わり、体調も比較的戻ったことで、ノアはあることを考えていた。

訓練への復帰である。この時、あれから2ヶ月が経過していた。

何の連絡も無しに戻っていいのだろうか。しかし、自分達を気遣う連絡こそあれど、訓練復帰への催促は無かった。

この時、ノアの背中を押したのは、バーニィの言葉だった。



『何か考えてるんなら、さっさとやっちまいな。後悔するぞ』



◇◇◇



そうして、ノアは訓練に戻って来たのだった。



「そうか、よく戻って来たな、ノア…強い子だ」



そう言ってホッグスはノアの頭を撫でる。空気を壊すためか、乱暴にノアの髪をぐしゃぐしゃにする。



「ちょっ、何するんですか、ホッグスさん!」


「良いだろう、別に。減るもんでもない」


「む…子供扱いして…」



ホッグスの扱いにノアは不満気だ。



「まぁ、そう怒るな。ほら、剣を構えろ。どれほど落ちたか見てやる」


「ホッグスさん…手加減しませんよ」



ノアの目つきが変わり、ホッグスの懐に飛び込んでくる。



(何だと…以前より速い。どういうことだ。2ヶ月以上も訓練には来なかったというのに。これは…身体能力が上がっている。バーニィと同じスキルか?そんなことがあるのか?だが、事実ノアは使えている。しかし、まだまだ甘い!)


「ふんっ!!」



ノアの一撃を受け止めるホッグス。今の一撃で火花が散る。



「くっ…そう簡単には行かないか…」


「無論だ。行かせてたまるか」


「なら…こうだぁ!」



ホッグスから距離を取り、剣を仕舞い、構えるノア。

その場に静止し、真っすぐ拳を撃ち込む。



(これは…シャルの魔力撃か?いや、違う!これはだ!これを独力で習得するとは、あいつ、どんなセンスしてやがる!)



間一髪避けるホッグスだが、鎧の右側にはその余波と思われる痕が付いていた。その直後、後方で爆音が響いた。見ると、後方の壁が吹っ飛んでいた。



「ノア!それは今後使用禁止だからな!壁をぶっ壊すとはどういうことだ!」


「なら避けないでくださいよ!」


「馬鹿言うな!俺が怪我するだろうが!ええい、もう終わりだ!お前の今の実力は測れた!」


「え、まだありますよ?」


「そんなの後にしろ!技の開発してる暇があるならレオンを引っ張ってでも連れて来い!」


「あぁ…それなら大丈夫だと思いますよ。昨日、話はしたので」



その通りに、レオンはやって来た。ノアの復帰から一週間ほど遅れて。



「レオン…」


「…お久しぶりです、ホッグスさん」



レオンは始めこそホッグスの目を見たが、やはり思うところがあるのか、目を反らしながらホッグスに声をかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る