-Epilogue- 終わり無き空の下で

あの事件から一週間。アルフレッドは事件の詳細についての記録や、十五年前のヴァーミリオン家襲撃事件を洗い直していた。



「大佐、今日も調べ物ですか?そろそろ他の仕事にも手を付けてもらわないと。結構増えてきましたよ?」


「あぁ。それは夜にでもやるよ。今は彼等にしてやりたいんだ。二度とこんな過ちを犯さぬ為にも」


「へぇー。相変わらず真面目だな。アルは」



二人が声の方を見ると、見知った顔が扉に寄りかかっていた。



「…随分久しぶりだな。総務課に逃げたアレックス中佐」


「そんな言い方無いだろ…まだ根に持ってるのか」



アルフレッドのいきなりの言い草に思わず溜め息をつく、アレックス中佐。



「それと、煙草は消せ。うちは禁煙だ」


「そう睨むなよ。はいよ、これでいい?で?まだ怒ってるのか?」


「当たり前でしょう。あの事件の後も先遣隊は残っていたのに最初に貴方が抜けたせいで、隊は解散したんですから」


「相変わらずあたりきついな…スタインベルグは」


「で?何の用だ?」


「いや、そんな大した用じゃ無いんだけどさ。なんか担当してるのがえらい目にあったんだって?また無理してんのかと―」



アレックスが言い切る前にその胸ぐらをつかむアルフレッド。彼はアルフレッドの逆鱗に触れた。



「それ以上言うな。痛い目に合いたいのか?」


「お、おい、そんな怒んなよ…悪かったって。俺はただお前らが心配で…」


「お前の心配など無用だ。分かったらとっとと帰れ」


「わ、分かったよ…帰りゃいいんだろ。帰るよ」


「あぁ、それとアレックス中佐、部下に伝えておいてください。特務課に余計な仕事を押し付けないように、と」


「そ、それは普通に悪かった。ちゃんと注意しておく」


「えぇ。宜しくお願いします」



アレックスが退散し、ある程度離れた直後。



「レナード、今のは誰だ?」


「あらおかえり、シリウス。あの人はアレックス中佐。私や大佐と一緒に先遣隊に在籍してた人よ」


「あぁ…もしかして、あの事件の後に即脱退したって人か?」


「その通りだ。そして先遣隊が解散した要因の一人でもある」


「アルフレッド…そうあいつを恨むなよ。ルーカス殿が殉職した時点で、遅かれ早かれ隊は解散してただろう」


「だが、決定的なものにしたのはあいつだ!」


「落ち着いてください。大佐。先ほどは私も彼に苛立ちましたが、シリウスに当たるのは筋違いです」


「すまん…レナード。悪かった、シリウス」


「別にいい。気にしてない」



レナードとの会話の後、特務課の部屋から追い出されたアレックス。



「なんだよ…ま、いいや。別にやりようはあるからね。ふふふ…」


「…?なんだ、あいつ。一人で笑って…」



廊下を歩きながら、一人喋るアレックスは周りに違和感を与えたが、周囲の人間は彼が先遣隊出身であることを思い出すと、誰も注視しなくなった。



◇◇◇



その日の夕暮れ時、フェニクス王は二人の様子をメルヴィルからの報告で確認していた。



「そうか…レオンとノアは訓練にも来ていないか…」


「…それも仕方ないでしょう。二人が亡くなり、一人は正体不明の呪いのようなものにかかっている。彼等は暫く、活動出来ないでしょうね…」


「どれほど力をつけたか確認しようと、そろそろ一度遠征に行ってもらおうと考えていたのだがな…」


「まぁ、彼らの復帰を待つしかありませんでしょうな…」


「そんな悠長なことを言っている暇があるのですか?」



書斎にラドルファスが突如入ってきた。突然の来訪に二人とも面食らっている。



「ラドルファス…何故ここに」


「来てはいけない理由は無い筈ですが?」


「確かに無いが…まさかここに来るとは思わなんだ」


「私のことより、まず解決すべき問題があるでしょう。勿論、レオン達のことです」


「先の襲撃のことだな」



フェニクスがそう尋ねると、ラドルファスは頷く。



「えぇ。今はそれ以外に無いでしょう。ですが、それについて私が気に掛かっているのはということです」



「確かにな…我々がレオンを勇者として任命したのはヴァーミリオンという家系での抑止力であり、世間も受け入れやすいと判断してのことだ。勿論、レオン自身に任せたいと考えたのもある。だが、今回のことでまた、戦争が終わりにくく…まさか!?」



一つの結論に至り、椅子から立ち上がるフェニクス。

視線を移し、ラドルファスを見る。



「フェニクス、貴方が辿り着いたものは恐らく私と同じです」


「あぁ、恐ろしいことだが…」


「「」」


「な、なんですと…」



メルヴィルの顔から血の気が引く。



「あの時はホッグスが主犯を捕らえたではありませんか!」


「待て、メルヴィル。そうではない。確かに奴らは捕らえたが、同じ考えを持つ者が一定数居たとしても不思議ではない。寧ろ、その可能性の方が自然であろう」



声を上げるメルヴィルに対し、落ち着いた声で静止するフェニクス。



「ですが…」


「これの問題点はまたもや魔族幹部による犯行であり、ヴァーミリオンの人間が狙われたということです」


「敵もヴァーミリオンが戦争の抑止力になり、発端になり得ることを理解しているということだな…」


「魔王軍の中にも厄介なのがいる可能性は否定出来ないということですか…」


「えぇ。そういうことです、メルヴィル。そしてそいつの面倒なところは自分の手を汚さずにこのようなことをしているということ。どうやらそいつはよっぽどの小心者ですね」



ラドルファスの挑発的な発言に、思わず黙ってしまうフェニクスとメルヴィル。



「そうだ、オリビア嬢の容態はどうだ?」



フェニクスが話題を変える。ラドルファスは苦い顔をする。



「良くないですね…恐らく呪いの亜種か何かだと思いますが、如何せん前例が無い。幸い、進行自体は止められていますので、歴史書に何か参考が無いか当っているところです」


「そうか…当てが外れたか?」


「いえ、当てがあってこの結果です。レオン殿には申し訳が立たないですね…」


「それほどの力が有って尚もか…」


「ラドルファス、失礼ですが目覚める可能性としては?」



ラドルファスは首を横に振る。



「なんとも言えないですね…本人の気力にかけるしか」


「精神汚染等の可能性があるのだろう?本人の気力でどうにかなるものなのか?」


「厳密には魂、それに伴う精神の欠損です。他人がどうこうできるものではありません。我々は期待するしか無いのです。彼女が呪いに打ち勝ち、尚且魂が欠けた状態で目覚めることに」


「ラドルファス、それはあまりに…」



その言葉が確かなら、オリビアの目覚める可能性は無いも同然の言葉であった。



「おや、もう空が…」



ふと、ラドルファスが日が落ちていることに気が付く。



「最近は随分日が落ちるのが早くなったな」


「えぇ、あっという間ですね…」



夜の静寂が3人を包み込む。



「まぁ、今日はこれくらいにしておきましょう、また来ます」


「次はいつだ?予定を開けておこう」


「では、明後日に。明日は整理する時間にどうぞ」


「いや、我等にも予定というのが…」


「では、失礼」



そう言うと書斎から出ていくラドルファス。



「やれやれ…相変わらず自由な奴だ」


「あの性格は昔から知っているというのに、慣れませんよ…」


「だが、やつが知恵者として力を貸してくれていることで助かっているのも事実。だろう?」


「まぁ、それはそうですがね…」


「明けぬ夜など無い。そうだろう?メルヴィル」


「えぇ、信じましょう。我々も」



時が経てば、必ず、朝は来る。

我々も待とう。夜明けを。彼らを待つ者と共に。



第一章 完

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