第17話 YOU ARE (NOT) ALONE

場面は変わり、魔王城の一室にて。

ハクジャが、じっと水晶を見ている。その水晶には、レオンやゲオルギウスが写っていた。



「…ハクジャ、何を見ている?」


「何だ、マリウスか。珍しいな。これか?勇者とゲオルギウスの戦闘さ。見るか?」


「…お前は、これを予期していたのか?」


「そんな訳ないだろ。たまたまあいつにセットしてたらこの時だっただけだ」


「ほう…そんな偶然もあるのか。まぁ、いい。あいつが何をしたのか、見せてもらおう」



レオン達勇者パーティーと、ゲオルギウスの一連の戦いを見た後。



「…流石、ヴァーミリオンといったところか。なかなかの闘いだ。連携も取れているだが、疑問だ。こいつは何故、自分達の危機にありながら、力をセーブしている?」


「さぁねぇ…あたし等が分かることじゃない。それにしてもいい気味だ。あいつ、怖じ気付いて逃げてやがる。流石の脳筋も、恐怖ぐらい知ってたか」



レオン達の最後の足掻きに怯んだか、退散するゲオルギウスを嘲笑うハクジャ。



「言葉は慎重に選べ…あいつにもそれぐらい、あるだろう」


「そう言ってる時点でお前さんも大概だけどね。あたしは思ったことを言っただけさ」


「…勇者がどれぐらいの実力か、俺も試してみたいものだ」


「やめときな。何があるか分からないよ。こいつがこんなことをしちまった以上、許される筈が無い」


「…なら、予告でも出すか。決闘を挑むのなら、話は別かもしれん」


「そいつは面白いかもね…ただ、魔王様が許したとて、あっちが受けるか…」


「面白い。どちらが勇者に勝てるか、勝負でもするか」


「…いいよ。受けようじゃないか。だが、お互いにまだ忙しい。そうだな…半年後からってのはどうだい?」


「乗った。なら、俺はこの場を退散させてもらう。準備に、取り掛かりたいんでな」



そう言うと、マリウスはこの場を立ち去っていく。

一人、その場に残ったハクジャ。



「さーて、あたしはいつ行くかな…うん?何だ、随分珍しいのがここに来たな。あたしに何か用かい?」


「まぁ、用と言えば用だろうな…」


「何だい、その曖昧な返事は―」



ハクジャが言い切るより早く、目の前が真っ暗になる。

その一瞬の出来事に為す術もなく、黒煙が体に纏わり付いていく。そのまま膝をつくハクジャ。



「これで、よし…と。新たな手駒だ。ゲオルギウスに代わって働いてくれよ」


「かしこまりました」



もう、先程までの彼女は居なかった。



◇◇◇



その後、メルヴィルから連絡を受けたアルフレッドが王城へやって来た。



「知らない天井だ…」


「目が、覚めましたか。レオン殿」


「メルヴィルさん…皆は?」



メルヴィルは視線を下に移す。



「レオン殿、心して聞いてください。実は…」



医院の一部屋で目覚めたレオンは全てを伝えられ、愕然とした。

レオンが事態を受け入れられぬ呆然としていたその時、連絡を受けたアルフレッドが医務室の扉を開け、入ってくる。



「おい。どうした、レオン。何があった!」


「大佐…」



目から光が消えたレオンは、そのままの目でアルフレッドを見つめる。



「レオン、お前…」



レオンの様子にひどく顔を青ざめるアルフレッド。



◇◇◇



その後、騎士団の捜索により、森でバーニィの遺体が見つかった。

後にレオンとノアがそれぞれ確認し、本人であると認められた。

シャルもあの後、死亡が確認された。

オリビアは医院に運ばれた後、治療を受けるも、意識は戻っていなかった。

胸部の黒い症状は止まったものの、どのような状態なのかは分からなかった。

王城に居たラドルファスに見てもらったところ、生きてはいるが、精神か魂に損傷を受けた可能性があり、目覚めるかすら分からないとのことだった。



「…それよりも、レオン…貴方は…」


(…魔力に陰りが見える。これは、不味いかもしれませんね…)


「……何ですか。ラドルさん」


「いえ、何でもありません。其れより、彼女は目覚める可能性が無い訳ではありません。私が信頼する所へ預けても大丈夫ですか」


「可能性があるのなら…お願いします」


「えぇ。…約束は出来ませんがね」


「構いません、それでも」



そう答えたレオンの眼には、確かな意志が宿っていた。



◇◇◇



「おい、レオン。…どういうことだ。説明しろ」


「…俺のせいだ」



そう呟くレオンをノアは松葉杖から手を離し、殴り飛ばす。



「だからやめとけって言ったんだよ!!嫌な予感がするって!」


「なっ…そんなの結果論だろ!!こんなことが起きるなんて誰が予想出来た!言ってみろ!」



松葉杖を持たず、棒立ちのノアをレオンは蹴り返す。



「ぐはっ…レオン、てめぇ…やりやがったな!!」


「だったら何だってんだよ!」



お互いに掴みかかろうとした正にその時、部屋の扉が開く。



「うるさいぞ、馬鹿共!少しは頭を冷やせ!」



その場にやって来たアルフレッドが、二人を殴り飛ばし、争いを止める。後ろに居たレナードも協力し、二人を引き剥がす。



「…お前達がすることは、仲違いじゃないだろう…頭に血が上っているのは分かるが、落ち着け。起きた事態を真剣に受け止めろ」


「…大佐」


「お前ら二人が争ったところで事態は何も変わらない。二人はもう居ない。オリビアも目覚めるかすら分からない。お前らはこんなくだらない喧嘩の為にその力を使うのか?守られた命をそんなことに使う気か?」


「…分かってるよ、そんなこと!でも、俺が勇者じゃなかったら…ヴァーミリオンじゃなかったらこんなことにはならなかった!3人ともこんなことにはならなかったんだ!」



レオンが感情を爆発させる。



「こんなことになるなら…勇者なんかならなきゃ良かった!自分のことなんか知ろうとしたのが間違いだったんだ!!」


「それ以上言うな、レオン。口を塞げ」



アルフレッドがレオンの胸ぐらをつかむ。



「俺のせいで―」


「それ以上言うなと…言っただろうが!」



そのまま床に叩きつけるアルフレッド。レオンは顔を抑え、言い返す。



「だって…事実じゃないですか!」


「もういい。やめろ。落ち着くんだ」


「俺が…俺さえ居なければ…」


「滅多なことを言うんじゃない!そんなことを思うぐらいなら、仲間に報いてみせろ!お前の命は、もうお前だけのものじゃない!3人から預かったものだろう!ノア!お前もこういう結果になったことをレオン一人の原因に押し付けるな!ただ一人生き残った身として、どうするべきか考えろ!」



レオンを起こし、まっすぐした目で見るアルフレッド。その目を逸らすレオン。



「ちゃんと俺の目を見ろ」


「……はい」



アルフレッドが神妙な顔つきでレオンを見る。

レオンは明らかに憔悴していた。



「…レオン·ヴァーミリオン。気持ちはよく分かる。俺も同じ経験をした。が、止まってはいられないんだ。立ち上がれ。前を向け。そして、進め。それが仲間達への手向けじゃないのか」



暫く黙るレオンをアルフレッドはただじっと見つめている。



「…。はい、分かっています。でも、これからについては…少し、ノアと話をさせてください」


「…良いだろう。さっきはああ言ったが、気持ちの整理をつける時間も必要だろう。我々は君達を待つ。何かある時は私に常時連絡するように。いいな?」


「……。えぇ。しますよ、必ず」


「なら、いい。行くぞ、レナード」


「…はい。大佐」



レナードが扉を閉め、階段を降りる。

暫くすると、その部屋からは一人の慟哭ともう一人の嗚咽だけが響いていた。



◇◇◇



アルフレッドは悠然と歩みを進め、騎士団の本部への道を歩いて行く。それにレナードもついて行く。



「大佐…」


「…言うな、これは我々の責任だ。我々が彼らの日常を破壊したが故に起きた事だ」


「私達なら彼らの心情も理解出来る筈です。何故突き放したんですか。16歳なんて初成人済みとはいえ、普通は大人扱いはされませんよ」


「…自分自身で立ち上がれなければ、この先ずっと何かに寄り掛かっていくことになる。そうなれば、二度と前には進めない」


「ですが…我々には待つことしか出来ないと?」


「そうだ。下手な口出しは無用。我々は彼らを待つのみだ。今、彼らに必要なのは時間だ。心の傷は他の誰かと時間がどうにかしてくれる」


「…分かりました。ですが、気に掛けるぐらいは構いませんよね」


「勿論だ。待つとは言ったが放って置く訳ではない。忙しくなるぞ。色々とな」


「はい、大佐」



太陽は殆ど沈み、僅かな夕焼けの赤みがかった橙色が空に残り、辺りは既に暗くなっていた。

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