第13話 勇者修業中

「いいぞ、レオン!その調子だ!」


「はい!」



勇者に任命された後、レオンは騎士団長であるホッグスと訓練を行っていた。

今日の訓練では、彼はいつも使っている両手剣を。ホッグスはあまり使わない片手剣を使っていた。どちらも訓練用に刃は潰してある。



「うおおおお!」



レオンがホッグスに向かって剣を振るう。レオンが両手に力を入れ、急に速さが上がる。

それを彼は片手剣で難なく止め、レオンの剣を弾き飛ばす。



「違う!駄目だ、身体強化等一切の魔法、スキルの使用は無しだと言っただろう。お前はスキルに頼る癖がある。先ずはそれを失くす為の訓練だ。それにお前自身の力を開放させる為の訓練でもある。分かってるな?」


「はい!すみません」



レオンは勇者に任命された数日後、突如訪問してきたエドワード公にレオンには封印されたヴァーミリオン一族の力が眠っていることと、それを開放出来ないであろう現状を説明された。


何故エドワード公がそれを知っているか疑問であったが、彼曰く、レオンの祖父であるルーファスも同じ模様があり、聞いたことがあるのだと言う。後に陛下に確認したところ、事実だと改めて聞かされた。

封印された力を開放することが出来ないのなら、自身の力を成長させる他ない。そうレオンは結論付けた。


そのための訓練であり、この2年間師が居なかったこともあって、癖があることも指摘されていたのでそれを直す訓練でもあった。



「お前の素直なとこは好感が持てる。いいとこだぞ」


「えっ、ホッグスさん…急に何ですか」


「褒めてるんだから素直に受け取れ、レオン」


「…ありがとうございます」


「よし、お前は休憩だ。バーナード!休息は取ったな、俺との組手を再開するぞ!」


「はい!お疲れ、レオン。騎士団長は師匠よりハードだな。水飲んどけよ」


「あぁ、バーニィ、ありがとう」



◇◇◇



「よぉーし、今日の訓練はここまで!各自解散!」


「ありがとうございました!」


「お疲れさま。レオン」


「クラウドさん…ありがとうございます。ノアとシャルはどうですか?」


「やっぱりルイスさんが教えてただけあって筋がいいね。俺も教えがいがあるよ」



彼はクラウド。ホッグスの直属の部下の一人にして、側近である。彼は先代勇者パーティーと共に戦い、冒険者から騎士団に鞍替えした、珍しい経歴の持ち主である。



「いやー、団長のしごきはきついでしょ。俺は中途入団だからさー。ごりごりにしばかれたよ」


「クラウドさんっていつ入ったんですか?」


「俺?来年で二十年。因みに今34」


「え、見えない…」


「そうか?ありがとう。じゃあ団長はいくつか知ってる?」


「いや、分からないです」


「団長は44。俺と十歳差なの。びっくりした?」


「あー…でも意外とそれくらいかも」


「へー、何で?」


「叔父さんと同じ年ってことは無さそうでしたから」


「…なるほど」


(エリオットさんを知らないもんな。比較のしようがないか)


「そうだ、彼女凄いね。王城の人たちも褒めてたよ。彼女の治癒魔法は丁寧で上手だって」


「オリビアが!やっぱり皆凄いな…俺も頑張らないと」


「ふふふ…良いね。俺と模擬戦でもやる?」


「良いですね、やりましょう!」



◇◇◇



王城の一角、オリビアは王城専属治癒師イヴァンの元で治癒魔法の訓練を行っていた。



「そう、その調子…良いですよ。うん、宜しい」


「ふぅ…ありがとうございます!」


「その年齢でこれ程の治癒魔法が使えるとは…ルイスの教えもあるでしょうが、貴方が治癒魔法に高い適性があったのもあるでしょうね」


「やはり、ルイス先生は凄い人だったんですね」


「えぇ。陛下が勇者パーティーに推薦したのも頷ける話です」


「へぇ…そんなことがあったんですか」


「彼は頭も良く、魔法師としての才能もありながら、魔法理論にも精通していました。それだけにあの才能の塊を失ったのは惜しかったですね…」



イヴァンもルイスのことを今も尚覚えている。自分たちの師匠はどれ程の人物だったのか疑問に思うオリビア。



「イヴァンさんは、先生が亡くなっていることをご存じだったのですか」


「彼のことを知っている者であれば、大抵が察していると思いますよ。一族出身でしたから。彼から聞いてませんか?」


「代々のしがらみとしか…」


「では、そのことについては、メルヴィル殿にでも皆が集まった時に聞いてください。このような場で話すことでもないと思いますし。では、次の訓練に参りましょうか」


「はい。お願いします」



◇◇◇



魔大陸、魔王城のとある一部屋にて、魔王軍幹部の数名が集まり、円形の机に集まっていた。



「お待たせ、遅くなって申し訳ない」


「遅いぞ、グアダルーペ。我等を呼び出しておきながら自分が遅れるとはどういうことだ」



グアダルーペは目を見開く。どうやら彼が居ることが意外だったらしい。



「ゲオルギウスさん…幹部の集会に参加するなんて珍しいですね」


「何を言うか。幹部として、情報共有は当たり前だ」


(へぇ…本当にどうしたんだろう。いつも手柄は早いもの順とか言ってるのに…それか何か考えてる?)


「まぁ、いいです。やはり全員は集まらないですね。じゃあ、早速本題に入りましょうか。今回の議題はオーガスティアの勇者のことです」


「はっ。この時期に我等を呼ぶなどそれ以外無いだろう」


「ハクジャ…いきなり喧嘩腰とは随分頭に血が上っているようだな」



グアダルーペの発言に苛立ちがあるのか口調が悪くなるハクジャ。それを普段はあまり言葉を発さないマリウスが濁しながら制止する。



「マリウス…当たり前だろ、こっちにも予定ってもんがあるんだ!それを緊急招集だと?そっちの都合に我等妖魔を巻き込むな!」


「ハクジャ殿…気持ちは分かるが、それは貴女の妖魔の長としての務めだろう。それを放っては一族や祖先に示しが付かないのでは?」



苛立ちを隠そうともしないハクジャをディミトリが宥める。



「…ディミトリ。すまねぇ。悪かった、気が立ってたんだよ」


「皆さん、お話は其処までにしてもらってもいいですか。特に何かするということではありませんが、相手を知っておくことは大切です。其れは先の戦争で思い知った筈です」


「先代勇者か…我等もあいつに随分と苦しめられた。彼奴が戦線に立ち、騎士団長が迎撃する。奴等は手強かった…」


「今日は随分と饒舌だな、マリウス。いつも会議の時は殆ど喋らないくせに」



マリウスの発言に噛み付くハクジャ。



「…お前らと話すことが無いだけだ。俺には俺の目的が、ある」



悠々とそれを受け流すマリウス。



「それはお互い様でしょう。マリウス。何故幹部が8人居るか忘れた訳ではないですよね?」


「…あぁ。無論だ」



今度はマリウスの発言に忠告するディミトリ。幹部としては最年少ながら、魔王の補佐をしているだけのことはある。



「…はい、良いですか。今回の勇者、レオンは魔王軍が苦しめられたヴァーミリオン家の人間です。ですが、オーガスティアの発表が確かなら戦線に立つことは無さそうです。恐らく、勇者が使者として交渉、又はその架け橋になるものかと」


「…一ついいか」


「何でしょう、マリウス殿」


「我々も停戦の申し入れを何度も出しているはずだ。が、王国からの返答は無い。にも関わらず、王国が使者を寄越すのはどういうことだ?」


「えぇ、それなのですが―」



ゲオルギウスが椅子から急に立ち上がる。



「済まない。急用が出来た。失礼する」


「ゲオルギウス殿…それはまた随分と急ですね」



グアダルーペが怪訝な表情をする。



「予定があったことを失念していた。すまないが、ここまでにさせてもらう」


「そうですか…それは仕方ないですね。今日はありがとうございました」



そう言うとゲオルギウスは部屋の扉を開け、立ち去って行く。

彼が去ったことを確認してから、グアダルーペは溜め息を吐く。



「ふぅ…今日のゲオルギウス殿はいつもと違ったな。誰か知ってるか?」


「知るはずが無いでしょう。あんな奴のことなど、興味もない」


「…君はそうだろうな。じゃあ半分しか居ないが会議を再開―」


「あれ?もう始めてたの、早いなぁ」


「なっ!?」



いつの間にかラディリアスが自席に座っている。4人は誰一人として話しかけられるまで気が付かなかった。



「ラディリアス…君の力はあまり使うべきじゃない。我々であってもだ」


「大丈夫だよ。時々ならそんなに影響は無いよ」


「そういうことじゃない…君はなんだから気を付けないと…」


「はいはーい、で、何の話?」


「オーガスティアの勇者の話だ」



ラディリアスの質問にディミトリが答える。



「へぇ…勇者か。で、どうするの?殺すの?」


「お前、何を言ってる!」



彼の発言にディミトリが怒りをあらわにする。



「冗談だよ、冗談」


「お前…冗談でも言って良いことと悪いことが…」


「はいはい、そんな怒るなって。良いこと無いよ?」


「ラディリアス、ディミトリにちょっかいかけるな。悪い癖だぞ」


「ごめんごめん。で、勇者がこっちに来るんだっけ?」


「確定している訳では無いが…恐らくそうだろうな。勇者を戦線に立たせないのなら、可能性として有るのはそれだろう」



◇◇◇



「…とのことです」


「何だと!?ヴァーミリオンが勇者!?ふざけるな、また我等に立ちはだかるというのか!しかも我等魔王軍として動くことは無いだと?私から席を奪ったあの甘ったれが!」


「カイデン様。怒りを鎮めてください。ヴァーミリオンが勇者になったことはどうしようもありません」


「ちっ…なんの為にあいつに襲わせたと思っているのだ。聞いてるのか、ゲオルギウス!!」


「はい。ジェラルドは貴方様の命によりヴァーミリオンを襲撃し、滅ぼしました。そして奴の独断として処罰。魔王軍を追放されました」


「…そうだ。あの莫迦を私が使ってやっていたのだ!それなのに…ガキ一人始末出来ん屑だったとは、思わなんだ!」


「では、これで私は失礼します」



ゲオルギウスが立ち上がり、去ろうとする。

それをカイデンが止める。



「あぁ、待て。いつものを忘れているぞ」


「…?いつもの…」


「不味いな…弱まっている。掛け直さねば。《お前は私の忠実な下僕。私の人形。私の命令は絶対。私の発言は全てに於いて正しい》」


「…《私は忠実な下僕。私は人形。貴方様の命令は絶対。貴方の発言は全てに於いて正しい》」


「そうだ。戻っていいぞ」


「はい、では失礼します」



ゲオルギウスが退室する。その後、カイデンは一人、部屋で呟く。



「…今度はあいつにやらせるか。ジェラルドの時より使いこなせるしな。…ヴァーミリオン。絶対に魔王城はおろか、魔大陸にすら上げんぞ」



一人、カイデンは不気味に笑っていた。



◇◇◇



「はぁ、はぁ…勝った!」


「あちゃー、最後の最後で負けたか。残念」



訓練場の真ん中でレオンは寝転び、クラウドは座り、膝に手を乗せている。



「おーい、レオン。ん?何だよ、まだやってたのか?」


「バーニィ…いや、違う。あれから模擬戦をずっとやってただけさ」


「嘘だろ…何時間やってんだ…」


「さぁ…でも、模擬戦やってたのは1時間ぐらいだから―痛っ!」



バーニィがレオンの頭を叩く。



「長過ぎだよ!お前、全部で5時間ぐらいやってるじゃねぇか!」


「ははは…流石に今日限りだな」


「当たり前だ!3人にも言っとくからな!それと、クラウドさん、こいつに付き合うこと無いですからね!」


「いや、まぁ何と言うか…俺が誘ったって言うか…痛ぁ!」



バーニィがクラウドの頭も叩く。思いっきり。



「二人揃って馬鹿か!こんな暑い日にそんなことするな、死ぬぞ!もうしない、はい返事!」


「「はい…」」

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