第12話 デタラメと呼ばれた君の夢

「レオン…本気か?」


「えぇ。僕は陛下を前に冗談なんて言いませんよ」


「だが…お主が言っていることは茨の道だ。冗談と思われる方が自然なものだぞ」


「かも、しれません…ですが、それでも構いません」


「お前自身が殺されるかもしれんのだぞ?」


「その時は…相手を無力化させます。二度と戦えないように。命を取りたくないとは言いましたが、戦わないとは言ってませんから」



じっとフェニクスを見るレオン。その言葉に彼も頷く。



「うむ…それは勿論そうだろう。戦わなければやられるのは自分だからな」


「それはそうと陛下、僕は勇者に任命された後、直ぐに出発したりするんでしょうか?」


「いや、それは無い。ルイスに教えを請い、冒険者として活動しているとはいえ、若者5人組に魔大陸へ行かせるなど、死なせるようなものだ。先ずは力をつけてもらう。騎士団長と魔法師団長の二人に稽古を頼んである。半年間仲間達と共に稽古に励め」


「半年ですか?また4ヶ月後に戦いが有るんですよね?」


「魔王軍の奴らは戦いの直前に転移魔法で戦場にやって来る。その2週間前までなら稽古は付けられる。…何故、それを使って直接侵略に来ないのか謎だが…それもまず今回、会談の場を設けねば話を聞くことも出来ん。ここ数年死者は出んが毎回怪我人はかなり出る。備品や食料等にもかなりの金がかかる。早く終わるに越したことはない」


「え、すみません。陛下、ちょっと待って下さい」



フェニクスの言葉を止めるレオン。だが彼には聞き逃せないことがあった。



「何だ?レオン」


「戦争なんですよね?死者が出ないというのはどういうことですか?」


「それか。別に大した理由ではない。お互いに大規模な攻撃を仕掛けんのだ。重症になろうとも優秀な治癒師達が居るのでな。こちらの軍勢は命を落とす前に助かっているのだ。向こうは人間以上に頑丈で長命、戦闘能力も高い。恐らく本気も出しておらん上に我々の攻撃も大して効いてないのだろう」


「それにも関わらず、侵略はせず年に三度の戦いに拘る…魔王軍は侵略の意思が無いのでは?」


「それも十分想定の範囲内だ。だが、戦いは続ける理由が分からぬのだ。だからこそお主に勇者として架け橋となってもらいたいのだ。せ…いや、何でもない」


「陛下。終わらせましょう、戦争を。我々にとっても、彼らにもお互いに無益のはずです」


「そうだ、レオン。誰が好んで争いなどしたいと思う。数多くある迷宮ダンジョンの調査や未探索地域もこの大陸にはある。隣の大陸との交流も私が幼い頃には無くなってしまった。もうこの戦争だけに時間を使ってはいられんのだ」



レオンとフェニクス国王は固く握手をする。

その数日後、エリオット·ヴァーミリオンの息子、レオン·ヴァーミリオンの発見と勇者の任命が同時に発表され、オーガスティアは歓喜に包まれた。

英雄の一族が生きていたのだ。ヴァーミリオン創始者はお伽噺として有名であり、初代国王と共に物語の題材にされることも未だに多い。


千年前に活躍した初代勇者は初代魔王を倒したことで国史として語り継がれ、先代騎士団長ルーファス、先代勇者エリオットと並び、今も非常に人気が高い。



◇◇◇



王都のとある商店街にて。この国のあらゆる場所で号外記事が配られていた。それを取った彼女はその文面に目を見開く。



「レオン·ヴァーミリオン…新しい勇者…これで戦争が終わる!」



レオンの勇者任命の号外記事を読んだ彼女、アリアは、すぐさま自宅に直行し、家の階段を駆け上る。



「ただいま、母さん!この記事読んだ!?十五年振りに勇者が任命されるって!」


「アリア、そんなに騒がないの。えぇ、私も読みましたよ。良い知らせね。これでお父さんも家に居られるようになるかしら…」


「なるさ!だってヴァーミリオンだもの!」


「アリア、子どもみたいにはしゃがないの。貴女も彼と同じ16歳でしょう…」


「あ、あはははは…ごめん、ごめん。母さん。でも、これでやっと戦いも終わる!」


「えぇ、そしたら貴女も槍術に掛ける時間を違うことに使えるようになるわね」


「いや、母さん。槍術はうちの伝統だからあたしは辞めないよ!」



◇◇◇



魔大陸にて、玉座に座る大柄の男と、その下にフードを被った片角の小柄な男がとある内容について話し込んでいる。玉座の横にも一人、直立している。



「へぇ…レオン·ヴァーミリオン…生きてたんだ。あんなことがあったのに。良かったですね!魔王様」


「ヴァーミリオンか…懐かしい名だ。ジェラルドの事件から十五年…もう聞くことは無いと思っていた」


「魔王様。元幹部の起こしたことなど憂う必要はありません。それより、4ヶ月後の戦いに向け、準備をしませんと」



魔王の横に佇む青年が二人の会話に割って入る。邪魔されたもう一方は表情を変える。



「おい、ディミトリ。邪魔するな。今は僕が魔王様と話してるんだ」


「はっ。お前もいつも俺にやることだろう。俺がやって何が悪い」


「内容を考えろ。僕はそう云うのは考えて邪魔してる」


「そもそも人の会話を邪魔するんじゃない。そんなことも分からないのか。いい気味だ」


「あーあ。ゲオルギウス呼んでくるか」


「やめろ!!あいつの話題を俺の前で出すな!」



途端にディミトリの様子が豹変する。



「ふっ…君は本当にゲオルギウスが嫌いだねぇ」


「当然だろう!本当なら、あいつと同じ幹部をやっているのさえ納得行かないぐらいだ!」


「そこまでにしろ。お前達。ディミトリ、いちいち突っかかるな。お前の悪い癖だぞ」



二人の小競り合いに見かねた魔王が会話を止める。



「はっ。申し訳ありません」


「はぁ…お前は人を煽り過ぎだ。程々にしろ。カイデンから学んでないのか?」


「はーい。ごめんなさい、魔王様。じゃあ、さっきの話題に戻ろうよ。ヴァーミリオンが勇者に任命だってさ」


「うむ…こちらに来る可能性もあるだろう。もし攻撃の意思があるのなら迎え撃つまでだ」


「それと、グアダルーペは?この話を共有したいんだけど」


「奴なら、向こうで囲まれていたぞ。お前…また、何かやったな?」


「お!やっとか、じゃあちょっと見てくるね!」



そう言うと彼は空中に浮かび、飛び上がると窓を破り魔王城を飛び立つ。



「あぁっ!あいつ窓を…俺より年上の癖になんて子供っぽいんだ」


「ふむ…ディミトリ、お前は今年で確か…」



そう言いながら魔王は窓の破片を魔力で浮かし、修復させていく。



「二十歳になりました。ここまで成長出来たのも魔王様のお陰です」


「私は見つけただけだ。私について来ることを選び、成長したのはお前の力だ。それと、ディミトリ。そろそろ時間じゃないのか?」


「では、失礼します。魔王様」



玉座の間から立ち去るディミトリ。彼にはがあった。



「うむ。身体は大事にな。…そう言えば、勇者の話をするのでは無かったか?勝手な奴だ、全く…」



玉座の間にて一人になった魔王が呟く。



◇◇◇



「ディミトリ殿。時間通りですね」


「アクス。今回は早めに頼む。恐らくグアダルーペさんが先に帰って来るだろう。あいつが来るより先に皆と話を始めておきたい」



アクスと呼ばれた老人は彼の症状をチェックしている医師のような存在だった。それだけでなく、魔王の相談役でもある。



「ふっふっふっ…彼とですか?いつものことですな」


「あいつも真面目な時は本当に人が変わったようになるからな…それだけにいつものあれが目に余る!」


「ほら、落ち着きなされ。魔力の流れを測りますぞ」


「あ、あぁ…済まない。ふぅ…」



落ち着いて深呼吸するディミトリ。手首に魔石が3つ埋め込まれた腕輪を付ける。一つが緑、残り二つが赤に光る。



「…今日は多いですな。いつもの所で魔力を開放しましょう」


「くっ…ここ最近は調子がいいと思っていたのに…さっさと終わらせよう」



ディミトリは魔力病という疾患を抱えていた。

魔力病とは、自身が使用した分の魔力より多く魔力が回復してしまい、魔力の飽和状態に陥る病気である。


一般の人間でも極稀に同じような症状が出ることはあるが、それはあくまで一時的なものであり、彼のような慢性的なケースは無い。有るとすれば、先天的に持って生まれた場合と彼のようにのみだ。


魔力病は溜め込む量によって症状に差が出る。

自身の魔力量の10%を超えると頭痛と吐き気が慢性的に続く。

30%を超えるとそれに加え、平衡感覚が無くなってくる。五感も強化されており、日常に影響が出る。更に魔力を感じ取り過ぎてしまい、精神にも影響を及ぼす。

50%を超えると暴走の兆しが身体に現れ、魔力回路が全身に出てくる。紫色の線のようなものだ。

それ以上は不明。生きていた例が無いからだ。


だが、ディミトリは殆どが20%程魔力量を超えている。だが、それは常に体調不良と戦っているということではない。

そうならぬように魔力を放出させる。直ぐには回復しきらないような膨大な魔力を使う。ただ魔力を開放させたり、土地の開発や魔物の討伐等に行き、大規模魔法を放つなどして、魔力を消費させていた。



「ふぅ…魔力を使うとすっきりするな。これである程度は大丈夫だろう」


「最近は魔力の供給量も減ってきてますからな。完治は難しいでしょうが、今まで以上に生活しやすくなると思いますよ」


「あぁ。これを上手く使えるようになれば、もっと魔王様の役に立てる!」


「だと良いですなぁ。私も陰ながら応援しておりますよ」



◇◇◇



数百人の軍勢に囲まれている一人の男。周り一帯が武器を出したり、魔法を用意している中、彼だけは武器を手にせず、ただ真っすぐ佇んでいた。


「お前達、これが最後の忠告だぞ。今すぐに武器を収め、魔法を解除しろ。そうすれば、この件は無かったことにしてやる」


「黙れ!この軟弱野郎が!最近の戦いはつまらねぇんだよ!」


「殺しは出来ねぇ、大魔法は使えねぇ!面白くねぇんだよ!」


「あんた、幹部長だからって俺達が何でも言うこと聞くと思うなよ?」


のお蔭だぜ…お前の方針に不満があるなら下剋上すべきだってな!」



その言葉に彼は目つきが変わる。



「…誰に言われた。いや、こんなことをするのは彼だけか。よし、お前達の考えは分かった。もういい、来い」



相対する彼らにそう言うも、彼は一向に武器に手を掛けない。嘗められていると判断したのか、皆一斉に襲いかかる。

辺りから炎魔法、風魔法、雷魔法等と全方位から魔法が飛んでくる。



「お前達の命は俺が受け取った。喰らえ、黒旋」



一瞬にして刀を引き抜くと、黒い炎が現れ、彼に直接襲いかかった数十人、後方から放った魔法全てが消えた。いや、厳密には彼らが羽織っていたであろう衣服だけは辺りに残っていた。



「な、何を…?」


「どういうことだ!大して強くないんじゃないのかよ!」


「もう一回だ!もっと大きいのを―うぇ?」



指示を出していた彼の首が突如として落ちる。

地面に転がった首も驚いている。自分が死んだことにまだ気付いていない。残った身体も首の切り口から黒い炎が現れ、彼の身体を覆い尽くす。



「う、うわぁぁぁ!!」


「何だよ、話とちげぇじゃねぇかよぉ!」


「敵に背中を見せる…それ即ち『死』の他ない。唸れ、青炎」



先ほどとは違い、彼は静かに、真一文字に空気を切る。



「は、はぁ?あいつ何やって―は?」


逃げて行く者たちの身体が上下に分断される。

その切り口から青い炎が現れ、彼等の身体の何倍もある大きな炎となり、音を立て、焼き尽くす。

一人となったその地に、彼が降り立つ。



「あーあ。間に合わなかったか。グアダルーペの活躍見たかったのに」


「…こいつらをけしかけたの、お前だろう」


「今の体制に不満があるらしかったから。僕は『魔族は弱肉強食だろ?』って言っただけだよ」


「それをけしかけると言うのだ…はぁ、全く」


「やっぱそれ、調べたいな~。駄目?」


「駄目だな。これは俺以外には使えない。何もできないぞ」


「そっか…じゃあこの蹂躙の跡をちょっと調べるかな」


「先戻ってるぞ。余りにも遅いようなら先に始めてる」


「オッケー。戻ってていいよー」



そう言うとグアダルーペは空中に浮かび、飛び立つ。入れ替わりにこの地に残った彼は地面を真剣に見ていた。



「何が蹂躙だ…人聞きの悪い。俺は迎撃しただけだ」



彼の名はグアダルーペ。魔王軍の8人居る幹部の一人であり、残りの7人を束ねる幹部長である。

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