第11話 仮初の自由

「何だと!それは真か!?」



王が書斎の椅子より立ち上がる。その様子にメルヴィルも驚いてしまう。



「は、はい…。私も共に確認しました故、間違いは無いかと。それに水晶は正しく動いています。故障ということもありません」


「…レオンをここへ呼べ。この話はもっと後にしようと思っていたのだがな…」


「天職が『勇者』など文献が確かなら初代勇者様以来のことです。いずれにせよ、幻の存在が確認されたことは騒ぎになりますぞ」


「分かっておる。公表するつもりは無い。…ヴァーミリオンの生存を公表するだけでも世間は騒ぎ立てるだろう。更にレオンに過度な期待を押し付けては重荷になるに違いない」


「ですが、我々以外に全く知る人間が居ないというのも後々面倒になる可能性がございます」


「うむ…各師団長、副師団長には伝えておけ。但し、王命により他の者に一切の他言無用と」


「はっ、承知致しました。伝えて参ります。その後、レオン殿をこちらに」


「うむ、頼んだぞ」



◇◇◇




職の判別を受けてから、騎士団から紹介されたギルドハウスに移っていたレオン達はというと…



「えっ、レオンが勇者!?」


「…あぁ、そう言われた」



レオンはそう返したが、未だ自分の天職が勇者であるということに理解が追い付いていないようである。



「レオンよ、で、これからどうするんだ?」


「どうするって―」



バーニィの言葉にレオンが返答しきる前に、部屋の扉を叩く音がする。



「私だ、アルフレッドだ」


「中佐ですか、今開けますね」


「ありがとう、入るぞ」



アルフレッドが中に入り、リビングの椅子に座る。



「どうぞ。中佐、今日はどうしたんですか?」



その言葉にアルフレッドは首を横に振る。



「もう中佐じゃない。先日から大佐に昇格だ」


「え!凄いじゃないですか!」


「いや、君が居てこそだがな。君の発見の功績等が認められ、昇格したんだ」


「それは良いですが、大佐、ここまでわざわざ来た要件は何ですか?」


「あぁ、レオン。陛下から呼び出しだ。メルヴィル殿は何やら準備があるとのことで私が来た」


「え…はい、分かりました」



アルフレッドがレオンを見て驚く。



「随分と物分かりが良いな。どうした?」


「別にどうもないですけどね。国王から呼び出しがあって『後で良いですか』とはならないですよ」


「ふむ…それもそうだな。だが、別に急ぎの用事ではないと聞いている。急がずとも平気だろう」


「じゃあ着替えてくるので待っててもらえますか」


「構わない。時間の指定もされていないからな」



◇◇◇



アルフレッドと共に王城にやって来たレオンは、メルヴィルに書斎まで通され、レオン、フェニクス国王、メルヴィルの3人での話し合いが始まっていた。



「よく来た、レオン。改めてお主の口から聞きたい。天職が『勇者』は事実だな?」


「はい。仰る通りです」


「そうか…レオン、私は後々あることを頼もうと考えていた。先代勇者であるお主の父、エリオットが亡くなってから十五年。この間に勇者に任命した者は一人として居らん。何故だか分かるか?」


「…何となく予想ならついていますが…」


「言ってみよ」


「勇者になれる程の力を持った人間が居ないから…ですかね?」


「うむ、半分正解と言ったところだな。それもあるが、勇者には人格も必要だ。実力が有っても、見境なく力を行使するような人間には任せられん。過去にそういった事例があった。そういった理由もあり、実力も人格も申し分ないヴァーミリオン家が勇者を務めることが多かったのだ」


「なるほど…それで、僕をここに呼んだということは…」



意外そうな素振りを見せることなく、話を奨めていくレオン。王が言い兼ねているであろう内容を自ら触れた。



「うむ…レオン、そなたに勇者を任せたいという話をしたいと思っていた。発見の経緯もエドワードから聞いている。実力も人格も勇者として申し分ない」


「はい、ですが…仲間と相談しても構わないでしょうか」


「勿論だとも。ここで直ぐに結論を出す必要はない。勇者任命とヴァーミリオン家の捜索は別問題だからな」


「分かりました。じゃあ、今日は以上でしょうか」


「あぁ、時間を使って考えるといい。わざわざこれだけの為にすまんな。この話は早めにしたが、期限は無い。焦らぬことだ」


「はい、分かりました。皆と話し合ってみます」


「では、レオン殿、こちらへ。城門までお送りしましょう。その先は、アルフレッドが引き継ぎます」


「ありがとうございます、メルヴィルさん」



◇◇◇



レオンが王城から帰った後に、フェニクスとメルヴィルの二人は書斎で話し込んでいた。



「なぁ、メルヴィルよ…レオンは受けると思うか?」


「私は受けると思いますよ。彼は自身の知らぬ家族との繋がりに戸惑いながらも、どこか嬉しさを感じています。父親と同じ勇者になることが出来るのなら、なりたいものだと思いますよ。ただ、ルイスに師事したということもあり、賢いですね。あの場で直ぐに結論を出さず、持ち帰った。こう言ってはなんですが、エリオット殿とは違いますね」



メルヴィルの最後の発言に思わずため息をつくフェニクス。



「エリオットは…実直過ぎたのだ。あいつがヴァーミリオンでなかったら歪んでいただろうな、間違いなく。ルーファスの息子であったからこそ多少の危うさはあれど、勇者としてあれたのだ」


「そこが彼の良点でもありましたが…いずれにしても、彼が人族の味方であって良かったということですね」


「うむ…レオンがそうならぬことを祈るばかりだ」



◇◇◇



帰って来たレオンは、皆に先ほどの内容を伝えていた。

バーニィなどは既に察していたようだった。



「なぁ…俺どうすればいいと思う?」


「…レオンはどうしたいのさ?」



椅子の背もたれに腕を乗せるシャルがレオンに聞く。



「…分からない。受けたい気持ちはあるけど、皆との日常がこれ以上変わるのも…」


「はぁ〜。馬鹿だねぇ、レオンは。その時はその時でしょ」


「…え?」


「レオン。ずっと同じ日常が続くなんてことは無い。人は変わり続けるもんさ」


「ま…そりゃ、そうよな」



ソファに座るバーニィがレオンに答える。

その言葉にノアも同意する。



「で、レオン…貴方はどうしたいの?」



オリビアがレオンに問いかける。



「俺は…」



◇◇◇



「勇者を継ごうと思います。父の代わりではなく、自分自身として」



翌日、早速レオンは王城に来訪し、答えを告げた。



「そうか…継いでくれるか。理由はなんだ?」


「…仲間が俺と共に居てくれるから。それ以上の理由は有りません」



フェニクスはレオンの答えに意外そうな顔をする。



「意外だな…勇者に父親を重ねていると思っていたが」


「最初に聞いた時はそれも確かに有りました。ですが、そう云う思いだけで勇者になろうとは思えませんでした。ですが、仲間が教えてくれました。例え俺がヴァーミリオンであろうと、勇者であろうと俺は俺だと。そこは何も変わらない。なら、恐れることは何もない、そう思えました」


「そうか…人の縁に恵まれたな、レオン」



レオンの話を聞いたフェニクスは穏やかな顔でレオンに笑いかける。



「はい!」



◇◇◇



「さて、レオン…勇者になってもらうと言ったが、今すぐではない。こちらも準備があるのでな。時間が掛かる」


「それはいつ頃になりますか?」


「まぁ、数日と言ったところだ。だが、それよりも今は任命した後の話がしたい」


「早速ですか」


「そうだ。戦いは長きに渡って続いておる。と言っても、年3回の侵攻以外は殆ど無いのだが。そこでレオンお主には魔王討―」


「お断りします。僕は殺しをするつもりはありません」



フェニクスの言葉をレオンが遮る。まさかの発言に彼も驚きが隠せない。



「まぁ待て、レオン。話は最後まで聞くものだ。我々は魔王軍と指定の戦場で年に三度長期に渡る交戦をしている。仕掛けられた我々としては元々戦うメリットなど無い。そのため、毎度このような便箋を戦争開始前に送っている」



そう言うと王は封蝋が施された手紙を取り出す。



「が、一度として返事が来たことはない。それで、今回は勇者の方針を変え、レオンには魔王討伐では無く、魔王と我々の架け橋になってもらいたいのだ」


「僕は陛下と魔王の対話の場を作るということですか」


「うむ。最早こちらから手紙の打診だけでは駄目だ。直接何かしら行動を起こす必要がある。まぁ、レオンが騎士団や魔法師団と共に戦場へ赴きたいと言うなら、それはそれで構わんが」


「いえ、それはお断りします」


「だろう?勿論今すぐに出発せよという訳ではない。先日今回の戦いが終わったのでな。当分猶予はある。が、恐らく次の戦いには間に合わんだろう。だからレオン、お前達のパーティーに、勇者一行として8ヶ月後の戦いまでに私からの手紙を魔王に渡して欲しいのだ」


「つまり…僕たちは魔大陸へ行くということですか…」


「うむ、だからそれまでお主達は実力を上げておいて欲しい。ある程度の自由は保障しよう」


「分かりました。ですが、僕は勇者として、人殺しはしませんよ」



王が彼の勇者としての発言に目を見開く。

それもそうだろう。先代勇者である彼の父、エリオットも、先代騎士団長の祖父、ルーファスも犠牲と割り切り、殺めることはあった。それが使命であったから。

だが、それでも尚レオンは命を奪うことを拒否した。

それがフェニクスが驚いた理由だった。



「レオン、お主…その発言は本気か?」

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