第8話 先代勇者の息子

「ここが…王都!」



数時間揺られた列車から降りた後は不思議な感覚があったが、暫く歩くうちに戻っていた。

今、彼らは駅を出て、乗り換えのため別の場所へ向かっている。



「まぁ、王都と言ってもここはまだ端の方だ。さぁ、王都中心部直通列車へ乗り換えるぞ」


「え!?ま、まだ乗るんですか?俺もう胃の中は空っぽなんですけど…」



ノアが顔を青くする。これは車酔いのせいではなく、またもや吐くことになるかもしれない恐怖が故だ。



「安心しろ。何時間も乗る訳じゃない。今乗るやつなら、三十分かかるかという所だ」


「それでも結構かかりますね…。まぁ、多分大丈夫だと思います」


「ノア…お前も大変だな」


「いえ、列車酔いになったのは俺なんで頑張りますよ。すっきりしたおかげで大分楽ですけどね」


「よし、なら一切の遠慮は不要ということだな!直通の所に着いたことだし、さぁ、行くぞ!」



中佐は満面の笑みでそう言うと、駆け足で駅のホームを降りてゆく。



「中佐!?勘弁してくださいよー!速いですってー!お前らも!俺を置いてくなぁー!」



中佐に四人はついて行くも、唯一人列車酔いしたノアは置いていかれ、後ろから追いかけるのであった。



◇◇◇



「うぅ…結局酔った…」



ノアが外のベンチに座り、休んでいる。先ほどの列車より速い分、揺れもあったため、また酔ってしまったのだ。



「ほら、これでも飲んで休んどきな。中佐が少し休憩入れるってさ」


「あぁ、ありがとよ…レオン」


「ずっと揺られていたからな。ここで一息つくとしよう。後は城に行く前に一度、騎士団の本部に寄らせてくれ」


「え、直ぐに城に向かわないんですか?」


「私の秘書を呼びたいのと、いくつか荷物を取りに行きたいからだ」


「は、はぁ…」



レオンはいまいちピンとこない様子だったが、そのまま彼の言葉に従い、彼らは暫く休んだ後、騎士団の本部に向かう。



◇◇◇



あれから十五分程歩き、騎士団本部に到着する。

王城程ではないが、立派な建物にレオン達は感心している。



「よし、着いたぞ。君達はここのロビーで待っていてくれ。秘書を呼んで荷物を取ってくるだけだから、時間はそれほどかからない」


「中佐、その秘書さんはどんな人ですか?」


「あー…急に何だ?レオン。いや、別にいいんだが」


「呼びに行くってことはこれから僕たちも付き合いがある、と思ったので気になりまして」



中佐の顔付きが急に変わる。いつになく真剣な眼差しだ。

レオンの肩を掴み、真面目な表情で答える。



「…良いか。名前に突っ込むな、疑問を口にするな、話題に出すな」


「え、は、はい…。えっと、それだけですか?」


「それだけだ。後はいい奴だぞ」



中佐がいつもの表情に戻る。



「よし、じゃあここで待機しててくれ。十分もあれば戻って来る」


「はい、分かりました」



中佐はロビーを抜け、階段を昇って行く。



「それにしても、ここ…広いな」


「だな。王城を除くと一番デカいらしいぜ」



先ほどようやく復活したノアが、レオンの独り言に答える。



「ノア…よく知ってるな」


「次にデカいのが冒険者ギルドの本部だとさ。さっき中佐に聞いた」


「何だ、自分で知ってた訳じゃねぇのか」


「俺が知ってる訳ねぇだろ、バーニィ。王都なんか全く興味無いしよ。じゃあお前は知ってたのか?」


「登録する時に冒険者ギルドの本部が王都で三番目に大きいって聞いただろ。何で覚えてねぇんだ…」


「興味のないことは覚えない…流石ノア!」



シャルが会話に入ってくる。



「シャル、会話をややこしくしないの。それとレオン―」



オリビアの発言を塞ぐように、いきなり玄関口のドアが大きな音を立てて開く。



「エリオットが帰って来たというのは本当か!?」


「え?い、いきなり何?誰、この人…」



その声を聞いたのか、声の主がこちらを振り向き、歩いてくる。そして、そのまま急ぎ足でやって来る。



「エリオット、お前…生きていたのか!今まで何処に居た!?」


「え、え!?な、何ですか…」


「済まない…。あの日間に合っていればケインやモニカ、お前の息子を助けることが出来た筈なのに…。団長も、あんな事件で死んでいい人では無かった…」


「いや…だから、ちょっと…困ります…」


「待たせたな、レオン。こっちが私の秘書の…誰ですか、絡んでいるのは。やめていただけますか…団長?何で此方に!?」



レオンを先代勇者と勘違いする人物は、当代騎士団長であった。



◇◇◇



アルフレッドがレオンから騎士団長を引き剥がすと、別室に移動し、事情を説明する。



「そうか…、君はエリオットの息子か…。先ほどは済まなかった。そして…このような大事にしてしまい、申し訳ない」


「団長…何故我々が陛下直々の極秘指令で動いていたのかお忘れですか…。このような事態になることを避け、知る者をなるべく少なくする為でしょう…」



アルフレッドが呆れた口調で団長に苦言を呈する。



「いや、悪かった。本当に申し訳ない。お詫びに私が王城まで護衛しよう」


「更に大事になるので結構です。それに訓練場から抜け出してきたんですよね?ロペスの奴が下で待っているので、早く説明してきてください。僕は知りませんよ」


「う…、わ、分かった…」



そう言うと、騎士団長は部屋から出ると野次馬に散るよう指示し、部下の元に戻って行く。



「済まないな…レオン。まさか団長がここまで押しかけて来るとは思わなかったんだ。だが、大目に見てくれないか。団長は先代勇者パーティーの一人で、先代騎士団長の部下だったんだ。あの事件のことを何年も悔やんでいたと聞いている」


「ま、まぁ…もう大丈夫なので…。それでそちらの方が秘書さんですか?」



レオンは話を終わらせると、無理やり次の話題に持っていき、アルフレッドの後ろに構える女性に目を向ける。



「レナード·スタインベルグ。階級は大尉よ。宜しく」


「え…よ、宜しくお願いします」


「スタインベルグってあの騎士の名門の…?多くの騎士を輩出したという…」



オリビアがレナードに質問する。



「えぇ、そうよ。直系は私以外居ないけど、もう継いでるから私がスタインベルグ家の現当主よ」


「す、凄い…。会えて光栄です!」


「ありがとね。こちらこそ、そう思われて光栄だわ」


「なんか、列車より反応が凄くないか?君…」



オリビアとレナードが話す間、レオンはアルフレッドと話し、ノアはバーニィにこっそりと話していた。



「なぁ、バーニィよ、レナードって普通男の名前よな…?」


「…黙ってろ、ノア。そう云うことだからさっき言われてたんだろ」



ノアがバーニィに耳打ちする。バーニィは目を向けずに、そっと返す。



「…そこ、人の話をするなら居ない所でしなさい。次は無いわよ」


「「は、はいぃっっ!!」」



耳打ちしていた筈の話をしっかりと本人に聞かれてしまい、思わず背筋が凍る二人。



「おい、ノア…お前のせいで注意されたじゃねぇか…」



バーニィがノアを肘で小突く。



「これは俺が悪かったよ…」


「4人とも話を聞いておいてくれ。では、レオン。想定外の事態があったが早速王城に行こう。そこで色々と検査等を受け、問題が無ければ翌日陛下にお会いすることになる」


「はい、分かりました」



◇◇◇



その後、レオンは記録官立ち合いの元、縁戚関係、身体的特徴等が記録され、更にはノア達からも更なる聞き取りが行われた後、遂に本人確認が取れ、十五年前に行方不明となったレオン·ヴァーミリオン本人であると認められた。


確認が取れた翌日のこと、陛下に会う時間が近付いていた。



「うぅ、お腹が痛い気がする…」


「そんなのは勘違いだ。落ち着け。会うだけだろう…と、言っても俺も直接会うのは初めてだが」


「中佐…。でも、昨日のこともあったし…」


「魔法師団長か…あの人も悪い人じゃないんだがな。ただ少し、難があるだけで…」



◇◇◇



確認が行われた後、王城を出る時のことだった。



『…まさか。そんな…』


『団長、どうしたんです?早く戻って明日の準備をしないと…』


騎士団とは違う、独特の彩飾を施した服装にマントを羽織った人物が、レオンのことを目を見開いて見ていた。



『…?何ですか?』


『エリオット!?お前、何故此処に居る!?生きていたのなら、何故連絡を断っていた!?十五年だぞ!?』


『あぁ、またか…』


『失礼ですが、魔法師団長。彼は先代勇者の息子、レオン·ヴァーミリオン殿です。先ほど確認が取れました』


『…何?…そうか。エリオットの息子か…。なら、いい。レイン、行くぞ』


『え?は、はい…すみません。うちの団長が…』


『…』



レオンは急ぎ足に去る魔法師団長を、ただじっと見ていた。



『…どうした?レオン』


『さっき押しかけて来た騎士団長も、今の魔法師団長も、誰も俺を見てない…俺に写る父さんを見てる!会った事も無い、顔も知らない父さんを…。明日も、そうなるんでしょうか…』



個人としてではなく、『先代勇者エリオットの息子』として見られることに拒否感が生まれているレオン。



『そんなことはない。だが、二人ともお前の父である先代勇者とは交流があった…。一時はパーティーを組んでいたこともあったと聞く。二人が息子のお前に重ねてしまうのも仕方ないかもしれん。が、陛下は少なくともレオン、お前の生存を願い捜索していたのだ。ちゃんとお前個人を見てくれるさ。心配するな』


『…だと、良いんですが…』



アルフレッドが鼓舞するも、レオンは不安そうな表情が隠せなかった。

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