第2話 アルフレッド·アッガス

翌日、レオン達は午前中の早い段階から迷宮ダンジョンに潜っていた。彼らは全20層ある迷宮の6階層に居た。


シャルが鉱石を背負った熊の魔物と対峙している。

その魔物は背負熊ショルダーベアと言い、背負熊は普段は中層を過ぎた辺りでないと基本的には出てこないが、迷宮の低層付近でも稀に現れることがある。

その割にはそこまで強くないのでいわゆるおいしい敵であった。



「シャル、行けるか?」


「任せてよ、お兄ちゃん!」


「気を付けなさいよー!」


「分かってるって!」



シャルが拳と腕全体に魔力を付与していく。紫色のスパークが腕の周りに光る。



「-魔闘拳-Lv1!」



その太い腕を振り上げて襲いかかる魔物の攻撃を避け、飛び上がるシャルは拳に力を込める。

ドンという強い衝撃が辺りに走り、熊の魔物は血を吐いた後に仰向けに倒れ、背中の鉱石を自重により壊していく。



「おー。さすが魔拳使い。魔力の使い方上手いなぁ」


「なーに言ってんの、ノア。あたし武闘家だよ?それぐらいできるって!足に付与することもあるんだから」


「シャル、ノア。話すのもいいけど、石拾いながらにしてくれないか?それと、シャルは倒したんだから、魔石も拾っときなよ」


「オッケー!」


「あいよー」



◇◇◇



オーガスティア王国騎士団、特務課にて。

ここはいわゆる窓際部署であり、騎士団のはみ出し者達が一つの部署に纏められていた。



「おい、特務課!俺ら総務課が任せた仕事がなんで終わってないんだ!」


「もう期日が近いんだぞ!」


「…ふー。それ、元々あなた方の仕事じゃないですか。我々、別に期日とか聞いてませんし。ま、聞いたところでやりませんけど。直々の上司から仕事任されてますので」



彼の名は、アルフレッド·アッガス。特務課に務める騎士。階級は中佐。騎士団でありながら、階級が軍と同じのは、魔法師団がオーガスティア王国軍から分裂する前の名残りだ。


一部の役職は騎士団に相応しい物に変更されているが、再編成の際に強い反発があったため、個人の階級はそのまま使用された。

そのため、騎士団とは名ばかりで軍であった頃と何も変わらないと陰で言われるのは昔からだ。



「…!てめぇ!」


「おや、拳出します?別にそれでもいいですけど、更に人員減りますからやめといた方が賢明ですよ」


「…ちっ!さっさと寄越せ!」


「何をです?」


「頼んだ書類だよ!…んだよ、これ。殆どやってねぇじゃねぇか!」


「どういうことだ!」


「ですから、あなた方が頼んできた時に多分やらないって言いましたよね」



アルフレッドは手を前方に差し出す。さっさと帰れというモーションだ。


「もういい!行くぞ!」


「てめぇらには二度と頼まねぇよ!窓際部署が!」



総務課の二人は特務課の部屋を後にする。乱暴に扉を閉め、ドスドスと足音が聞こえ、遠くの方から怒号が聞こえる。



「…ふー。大体何の書類かも言わずに置いていってそれは無いでしょうよ」


「中佐、最初の数ページは書いてましたけど、何を書いたんですか?」



特務課の後輩、フィンが先ほどの書類の内容を尋ねる。

去年騎士団に入った新人で、始めは経理課に居たが、何かやらかしたようで、様々な部署をたらい回しにされたが、異動した先で何か起こすらしく、最終的には特務課に回ってきた。



「え?あいつらの勤務態度。非常に悪いって細かく書いといた。特務課の妨害してきますって。鏡文字で」


「…また、そういうことを。そういう無駄なことしてる暇があったら情報収集して下さい。冒険者ギルドに行くとかあるでしょう」



アルフレッドの二期下で、秘書のレナード·スタインベルグが苦言を呈する。

彼女はレナードという名前だが、れっきとした女性である。

産まれた直後に名を付けた父親がこの世を去った為に、彼女に父との繋がりは名前しか無かった。



『…俺はアルフレッド·アッガス。階級は大尉だ。レナード·スタインベルグ、君を俺の所属するチーム、ルーカス隊にスカウトに来た』



「…レナさん?どうかしましたか?」


「ううん、大丈夫よ。フィン、人の心配する暇が貴方にあるの?今日の分の仕事は終わってる?」


「直ぐ終わらせまぁす!」



急いで自分の席に戻るフィン。早速書類仕事に取り掛かっている。



「…そうは言うけどな。王様もそろそろ諦めた方がいいだろうに。世界にどれだけの数の人間が居ると思ってる?同じ名前で活動してるのか、そもそもこの国に居るのか、生きてるのかも分からない1人を探すのは大変なんだぞ?我々騎士団のように全ての人間が個人情報登録してるわけでも有るまいに」


「…だから私達特務課が任されているんでしょう。我々がこの仕事を任されてそろそろ2年。やっとこの国に所属している冒険者の分が、あと北方だけで調べ終わるんですから」


「あのー、それについて前から思ってたことがあるんですけど質問いいですか?」



ペンを走らせながら、会話に入るフィン。



「どうしたのフィン。良いわよ、聞いても。勿論、答えられる範囲内でね」


「確かその人の捜索って10年以上前に一度終わりましたよね?僕が子供の頃に、ホッグス団長が直々に率いる捜索隊が何年か掛けて探したけど駄目だった、って聞いたんですけど」


「そう、確かに一度切られた。人員と時間の無駄ということでね。だが、その幼子が生きていれば14歳になるという時に捜索が再開されたんだ。それが、今やってるこれというわけだ」



フィンの質問にアルフレッドが同意する。



「10年越しの再開の理由は何でです?ていうか僕ら特務課だけって人員少なすぎません?」



答えに辿り着いていないフィンに、レナードはまずヒントを出す。



「…まず、14歳になると何に登録できるかしら?」


「…?あっ、冒険者登録ができますね!15歳の初成人しょせいじんの1年前からできたはずです!」


「そ。何しろあの家の息子だからな。生きているなら冒険者として活動する可能性も高いのではと判断されたというわけだ」


「先代勇者も冒険者との兼業だったようだし、騎士団長や魔法師団長とパーティーを組んで活動していたようね」


「へ〜。やっぱり先代勇者って凄かったんですねぇ」


「勿論だ。何しろ一度は戦争を止めた人だからな」



先代勇者の偉業にフィンは思わず、ペンを止めて関心する。



「それに先代騎士団長の息子でもあるのよ。戦争が15年前に一度止まったのは二人の活躍が大きいわね」


「そして、その先代騎士団長の孫にして先代勇者の息子が…」



◇◇◇



「いやー、大量大量!まさかあんなに鉱石があったとはな!しかもあの後、8層でもまた出てきたしよ!あの熊達に感謝だよな!」


「ほんとだぜ、おかげで魔法の袋が重たく感じるもんな」


「袋が重く感じるなら容量の限界に近いってことだぞ、バーニィ」


「ならさっさとギルドに出しに行ってご飯だー!」


「全く…シャルはご飯のことばっかりなんだから…」



少し笑いながらオリビアが言う。

それにシャルも笑顔で返す。



「え?駄目?」


「ううん。良いと思うよ」



◇◇◇



「レオン·ヴァーミリオン。今も生きているなら今年で16歳だ」


「へぇ~。…うん?あの事件って起きたの確か15年前ですよね?1歳の子供がどうやって脱出したんです?」



フィンが当然の疑問を返す。その状況下にありながら脱出できたのは、奇跡としか言いようが無い。



「それに関してはあの事件現場から脱出できた者が居たのでは、とされているわね。あの事件は生存者が残っていなくて、事件の概要は僅かな目撃者や事件を企てたとされる共犯者の証言から推察されたものよ」


「…そうなんですか。え?せ、生存者が居ない!?」



フィンが立ち上がり、彼の言葉に反応する。

それもそうだろう。生存者が居なくては、事件の概要は知れず、彼が生きている可能性があるという推論も立たない。



「あぁ。生き残った者は居ない。ホッグス団長が部下を引き連れ、現地に向かった頃には屋敷は半壊。辺りの至る所に、使用人やヴァーミリオン分家の遺体が倒れていたそうだ。その残った屋敷も左側は全焼。残った右側の広間で前騎士団長の遺体等が発見された、と記録にはある」


「現在記された証言は、その時襲撃を受けながらも生存していた、ヴァーミリオンの人間、屋敷の使用人達、近くの住民からの証言よ。残念ながら、それを間近で見た目撃者は殆どが致命傷を負っていて、その日のうちに亡くなった人が殆どね。残念ながら事件の当事者達は1週間以内に居なくなったわ」


「…その状況で何で王様は彼が生きていると思ったんでしょうかね」


「数人の遺体が無かったからだ。少なくとも、先代勇者エリオット、妻、モニカ、息子レオン。それに勇者パーティーの1人、ケインの遺体が見つかっていない」


「…つまり…それ以外の人々は…」



フィンの顔が暗く沈む。自分で言いながら、その先を察したからだろう。



「えぇ、全員が亡くなっていると思われるわ。ホッグス団長が捕らえた人物の証言が確かなら魔王軍とその協力者が襲撃犯とされているわね」


「それで一度は止まったはずの戦争がまた…ということですか」


「あぁ。止めた本人が戦争の火種になるとは、皮肉なものだな」


「でもおかしくないですか?勇者だった人が生きているならこんなこと望んでいるはずが…」


「だろうな。だからこそ多くの人は思う訳だ。見つからなかっただけであってもう既に…とな」



部屋に沈黙が流れる。また、フィンが疑問を口にする。



「…ヴァーミリオン家って分家含めると50人くらい居たんですよね?その人数が一夜で殆ど殺されるって…」


「魔族の恐ろしさが再認識された事件だったわね。ヴァーミリオンの名を冠さないけど、流れを汲む一家や、彼らと婚姻などで血縁関係を結んだ家系は今も居るけど、彼らにはヴァーミリオンを名乗る権利が無いから、ヴァーミリオンとは数えられないわね」


「ヴァーミリオンを名乗る権利が無い…?とはなんですか?」


「本家の流れを汲んでいることと、当主の血を受け継いでいるものしか家を継げないんだ。勿論変動するが大体分家の当主までしか継承する権利が無かったらしい。この話は結構有名だが、フィンは知らなかったか」


「ヴァーミリオン家だけの固有スキルがあるってことぐらいしか…」


「それのことだ。それを継承する権利が当主の血を継いでいることと関係があったらしい」


「へぇー」


「例えばだ。フィンの父が当主で、フィンと父に兄弟が2人ずついるとする。そうすると、その段階で当主になる権利を持つ者はフィンと兄弟の3人しか無いんだ。勿論フィンやフィンの兄弟に子供が居れば、その子にも権利がある。が、ここで一つ違うのはフィンの父の兄弟の子供…フィンの従兄弟に権利は無いということだ」


「…理解できましたけど、そういうのって争いになりません…?」


「確かに、大昔にはあったらしいわね。でもここ数百年は無かったらしいわよ」


「ふぅ〜ん。継ぎたくなかったんですかね?」


「そう云うのも居たとは思うが、それは例外だ。起きない理由は本質的なところにある。理由は簡単。争ったところで権利は生まれないから。これに尽きる。分家になった者は、スキル継承の権利だけは初代に限ってはあるようだが、分家に生まれた者は元々ない。その家を継げば納得できたんだろう」


「なるほど〜。勉強になりました。それにしても、何でそんなに覚えてられるんですか?」


「我々だけで2年もやっているんだ。ヴァーミリオン家のことは最低限頭に入れておかないとな」


「まだまだ覚えないといけないことが多いと思うけど、頑張って覚えるのよ」


「はい!皆さんの足を引っ張らないように頑張ります!」


「あぁ、期待してるぞ、フィン。よし、課長も今日は休暇を取ってたし、もう終わりにするか。今日は飲みに行くぞ!」


「え!良いんですか!中佐、少尉、お供します!」


「明日も早いんですし、飲み過ぎには気をつけて下さいよ。中佐」



◇◇◇



レオン達は戻った後に行きつけの店で夕食を取り、自分達の拠点である、に戻っていた。



「なぁ、レオン。明日は久しぶりに空けようかと思うんだけどどうだ?」



バーニィが明日の日程をレオンに相談する。レオンはベランダでコップの水を飲んでいた。



「久しく無かったもんな。良いと思うぞ」


「よし、じゃあ決まりだ!俺は二人に伝えとくから、お前はオリビアに言っときな。たまには二人でゆっくりしてこいよ」


「げほっ!?な、何を…」



レオンが水を吹き出す。バーニィの急な発言に動揺したらしい。



「隠さなくても平気だって。俺は良いと思うぞ。だけど二人はあれだから分かってない気がするから気を付けとけ」


「…そんなに分かるもんか…?伝えるまで隠すつもりだったんだが」


「…俺は何となく察してたけどな。前より距離近くなったかな〜って」


「…二人には近いうちにちゃんと言うから今は黙っててくれ」


「おう、早めに言ってやれよ。二人も喜ぶだろうしさ。…それにしてもやっとかよ、遅いぞ!」


「相談してたのに悪いな。あんまりこういうことを人に頼り過ぎるのもどうかと思って」


「自分で考えたんなら、それで良いと思うぜ?」


「そっか…。ありがとう」



レオン達の頭上には満月が浮かんでいた。

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