③
「す、すごい……」
前に居る女性の口から、感嘆の声が溢れた。俺も少し漏れそうになった声を、寸前で押しとどめる。
煌びやかなシャンデリアの下、所狭しと並ぶドレスに、装飾品の数々。女を着飾る全てが揃っていると言っても、過言ではないほどの品数だ。俺もパームキンの付き添いで何度か足を運んだことがあるが、やはりいつも気後れしそうになる。
王国内でも屈指の有名デザイナーがオーナーを務める、洋品店『ディエナ』。貴族がこぞってオーダーメイドのドレスを頼み、予約内容によっては納品まで一年以上かかる超人気店だ。
しかし同時に、オーナーが気難しい事でも有名な店だった。老齢の爺さんなのだが、いつもしかめ面で無愛想な上、客にも横暴な態度が多く、店員には店頭に出ないよう言われていると聞いたこともある。
そんな爺さんなのだが。
「パームキン殿下、こちらは? 少しゆとりもありますぞ」
「うん、ちょっと着てみようか」
パチン、とアイツが指を鳴らせば、途端に女性のワンピースが、爺さんの持っているものと同じドレスになった。
「エラ様、いかがですか?」
「とっ、とっても、ええと、素敵です」
「良いですなぁお客様。これ、次のドレスを持ってこんか! 早くしろ!」
気味が悪いほど笑顔の爺さんが、次の瞬間には、険しい顔で店員に指示を飛ばす。
そう、何故かパームキンのことはえらく気に入っていて、こうして貸し切ることも快く許可してくれるのだ。しかも今回、宝石類は買うものの、ドレスは見るだけで購入しないのにである。
あの爺さんとは、パームキンが城に来る前から交流があるらしい。詳しく聞いたことはないが、恐らく“導き”の魔女様の弟子時代に、来たことがあるのだろう。
俺は三人の様子を眺めながら、扉に寄りかかり息を吐いた。
まずい事に首を突っ込んだような気はしていたが、思った以上にまずい事になっている。
王家の家名がそもそもシルダーであれば、チャールストン家に王室を乗っ取られた事になる。しかしそんな、国家を揺るがしかねない状態に、国民がまったく無関心とも考えにくい。
だとすれば、自然な成り行きでチャールストン家が王室に近づく方法として、一番適切なのは結婚だ。あの女性が、──エラ第一王女が現国王の娘でないなら、現国王の兄君……ジョージ・チャールストン様の娘と考える方が妥当だろう。
シルダー家が王族だと仮定して、ジョージ様は入り婿として、シルダー家に入ったとするならば、流れが自然になる。
そしてパームキンの言葉を全面的に信じるなら、“導き”の魔女、リアリタ様が女王で、ジョージ様は王配。二人の間には子供が二人。キルジット第一王子と、エラ第一王女だ。
俺の記憶の中では、ジョージ様が事故で亡くなった後、王位を継いだのはジョージ様の弟だという認識がある。しかし仮説通りなら、ジョージ様が亡くなった時、まだリアリタ様が生きているし、そもそも王位継承の儀式など必要ない。
例えばなんらかの原因で、女王制を維持できなくなったとしても、キルジット第一王子は王室に残り成人しているから、彼がもうすでに国王となっているのが普通なのだ。
では、今の国王と皇后はなんなのだろうか。あの陰険蛇メガネ事、第二王子とはどこから介入してきた存在なのか。
俺は視線を床に落とし、腕を組んだ。頭の奥底が痛んで、片手を額に押し付け、小さく舌打ちする。
幼い頃とは言え記憶が曖昧すぎる。否、深く考えようとすると、頭に霧がかかったように、思考が散漫になるのだ。
まるで、何も考えるなと言われているような。
「……トゥーベル様、顔色が優れませんわ」
隣で控えていたラトリアが、小声で労りの言葉を投げかけてくる。俺はハッとして、片手を左右に振った。
「すまん。……大丈夫だ」
「そうですの? ご無理なさらないでくださいませ」
「ああ。……そういやラトリアは、なんであの爺さんとパームキンの仲が良いか知ってんのか?」
話題を逸らすべく聞いてみると、彼女は双眸を細めて口角を緩ませる。
「昔のよしみですわ」
「ああ……やっぱり、“導き”の魔女様ご用達の店だったのか?」
「うふふ、そうかもしれませんね」
こちらも話題をはぐらかされた気がしたが、彼女は笑うだけなので、追求はやめておいた。
パームキンと爺さんは、あーでもないこーでもないと、エラ第一王女の意見を交えつつ、真剣にドレス選びの真っ最中だ。
最初に入店した時は、第一王女も緊張でずっと不安そうにしていたが、爺さんがドレスや宝石以外、全く眼中にない事が分かると安心したらしい。今では柔らかな笑顔で対応している。
改めて見ると、肌荒れや目の窪みはあるが、確かに“導き”の魔女と容姿が良く似ていた。
「……さて、宝石も選べたし、僕らはこれで失敬するよ。今日はたくさんのドレスを見せてくれてありがとう」
「はい。またのお越しをお待ちしております、パームキン殿下。次はドレスもお願いしますぞ」
「うん、わかってるよ」
「それから……、……侍女のお二人も、いつでも参られよ。祖父も喜びますのでな」
パームキンと、何故かマウエラとラトリアに視線を向け、爺さんは少し照れ臭そうにそう言った。
俺は引っ掛かりを覚え、目を瞬かせる。
つまり爺さんの祖父とこの侍女二人は、面識があるという事だろうか。彼女たちは優雅に微笑んで、侍女服の裾を軽く持ち上げお辞儀をする。それに爺さんも満足げに口角を上げていた。
もしや、マウエラとラトリアの年齢っていうのは……。
「ジャネット? どうしたんだい、帰らないの?」
身震いする結論になりかけた意識が、パームキンの声で引き戻された。まずい、深く考えないようにした方が身のためだ。
結構な額の宝石を侍女二人に託し、パームキンがエラ第一王女の手を取る。第一王女はすっかり煌びやかな世界に当てられたようで、どこか夢見心地の表情だ。
まぁいずれにせよ、俺自身は職務を全うするだけだ。パームキンのダイエット計画も始まったばかりで、デビュタントまで形にしなくてはならない。この国の状況がどうなっているか曖昧な以上、取り組むべきは目の前の課題である。
「……あの……今日はありがとう、パームキン」
なるべく人通りの少ない場所に停車させた、馬車の踏み台の前で、エラ第一王女が口を開いた。
「わたし、……わたし、頑張るから」
「はい」
「だから、あの……、……もっと、教会に来てくれる? お母様の事、もっと聞きたいわ。お兄様の事も」
「もちろんですよ」
優しげな声で頷いたパームキンに、嬉しそうな笑顔を見せる。
事情は良く分からないが、一人寂しく過ごしてきたのだろう。姫としての教育も受けられず、家族の傍にも満足に居られず、自分の見た目を気にして、たった一人で。
腕を組んで頷いていた俺の騎士団服を、背後からマウエラが軽く引っ張った。
「マウエラ?」
「お優しいトゥーベル様。こちら、差し上げますわ」
片手に握りこまされたのは、複雑なカットが施された石だった。透明な水晶に似た石の中に、赤い光が浮かんでいる。
「魔法石か?」
「ええ。オーナーから頂きましたの。どうか愛剣の装飾に」
「……剣の?」
マウエラはそれ以上は何も言わず、ただ笑みを零して、パームキンの後に続いて馬車に乗り込んでいく。
振り返れば洋品店の上階の窓から、爺さんの後ろ姿が僅かに見えた気がした。
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