「ふぉわあぁ〜」


 語尾にハートマークでも出そうな声が自然と漏れた。いや、これは感嘆が飛び出すのも無理はないと思う。

 今、このパームキン・チャールストンの目の前には、以前より食したいと願い、隣国と交渉を重ねていた食材たちが、テーブルの上へてんこ盛りに並べられているのだ。


 王座でニコニコと笑う国王陛下は、上機嫌を絵に描いたような顔である。その隣では、皇后陛下が目尻を緩ませ微笑んでいた。

 銀髪に髭を蓄えたこの国王陛下と、星降る夜を体現する皇后陛下は、僕の義理の父母だ。


「これは褒美だ、パームキンよ。好きなだけ持っていき、シェフに調理を頼むといい」

「本当ですか!? わわ、こっちは隣国でも珍しい牛の肉ですよね、こっちは食用の花に、あっ、こんなものも!? ほ、本当にいいんですか!?」

「うんうん、もちろんだ」


 上機嫌な国王陛下の傍で、デイル義兄上が凄まじい形相で睨んでいるが、僕は珍しい食材に首ったけでそれどころではなかった。

 中には遠距離ゆえに魔法で運ぶのも難しい食材もあり、よだれを垂らす勢いで喜んでしまう。どうしよう、メチャクチャに嬉しい。本当に最高だった。


「ですが、どうしてですか? 褒美とは……?」


 両手で抱えきれないほどの食用花を掻き寄せつつ、僕は首を傾げて国王陛下を見上げる。最近は魔法を使う機会もなく、買い込んでは食べていただけなのだが、知らずに褒美を貰う働きでもしていたのだろうか。

 僕の疑問に答えたのは、隣で双眸を細める皇后陛下だった。


「パームキン。お前が来てから、我が王室は幸運が多く舞い込んできます。さすが“導き”の魔女の弟子です」

「はぁ、ありがとうございます」

「見なさい。ワタクシの実力が認められ、教会より最高の栄誉を賜ったのです」


 皇后陛下が近衛兵に指示すれば、騎士は一つの箱を取り出す。

 美しいビロードのそれを開くと、中には黄金に輝くバッジが納められていた。


 女神の横顔を象った幾何学模様が浮かぶそれは、世界魔法教会が認めた、最高峰の魔法使い・魔女に送られる称号だった。


 世界に魔法をもたらしたとされる女神、マリア・トリジア。

 世界魔法教会は女神信仰で、僕が身につけているバッジにも、女神を冠した模様が浮かんでいる。しかし皇后陛下が見せたものは、僕らが持つ中でも別格中の別格。教会が女神の名を持って与える、最も名誉ある黄金のバッジであった。


 皇后陛下は得意げにそれを手に取り、自身の胸元に自ら身につける。


「……おめでとうございます、皇后陛下」


 僕は目蓋を伏せ、杖で体を支えながらゆっくりと頭を下げた。


 この国の皇后陛下、メイデンス・チャールストン様は、黒く不思議な光彩を放つ髪に、甘い目元に紫色の瞳を持つ魔女である。

 彼女は『ネームドウィザード』ではないが、最も“神の二つ名”を受ける可能性が高い位置にいる、と噂されていた。


 確かに皇后陛下の力は絶大だ。ある意味で、“導き”の魔女である師匠を凌ぐほどに。


 皇后陛下は指先でバッジを撫で、微笑んだまま僕を見つめる。


「礼を言うのはワタクシの方ですのよ、パームキン。お前は本当に、その場に居るだけで幸運を呼び込むわ。おかげでリアリタが届かなかった栄光を、こうして手に取ることができたのです。ありがとう、我が義子こよ」


 僕は頭を下げたまま、少しだけ杖を持つ指先に力を込めた。


 ──師匠が手に出来なかった、栄光。


 本来なら、あのバッジは師匠が手にするものだった。人々に愛され、誰よりも強かったあの人は、あのバッジを手に取り、その名声を確かなものにするはずだった。


 けれどもその前に力付き、儚くなってしまったのだ。


 黄金のバッジは、教会に所属し、高みを志す者達にとって憧れであり、それを賜るということは、それに見合う実力を認められたと言うこと。つまり、僕が幸運の招き猫だなんだと言っているが、そんなものと関係なく与えられる称号なのだ。

 分かっている。これは褒美や賞賛などではないことを。


 これが僕に向けた、侮蔑なのだということを。


 王座の上で笑い声がする。家族同士の仲睦まじい、笑い声。周りにいる近衛兵も、奥で控える王家の使用人たちも、皆、和やかな祝福に包まれている。


「よかったな、さすが我が妻だ。これによって更に、我が国は盤石なものとなるだろう」

「母上であれば当然です」

「これも全て、パームキンを迎え入れる決断をした、心優しき国王陛下のおかげですわ」


 眩暈がした。

 僕は深く呼吸を繰り返すと、再びゆっくりと顔を上げた。


「では、国王陛下、皇后陛下。ご褒美ということで一つ、僕に外出の許可を頂けませんか?」


 にこやかに笑いつつ発した提案に、皇后陛下がかすかに眉を顰めた。


「外出?」

「ええ、この間、味つきクリームの開発チームのお話をしましたよね? 実は工場へ来ないかと打診されていまして、買い付けに何度か出向きたいのです」

「おお、そんなことか。よいよい。行って参れ」


 鼻歌でも歌い出しそうな国王陛下が、片手を振り軽く許可してくれる。皇后陛下も僕の返答に納得したようで、表情を緩めて頷いてくれた。


「お前が見出すものは、どれも評価が高いですからね。気をつけてお行きなさい。……リアリタのように、何処かで病など貰わぬよう、注意するのですよ」


 にこりと、皇后陛下の目尻が下がる。

 僕は同じく笑みを浮かべたまま、王家の使用人たちに食材を厨房へ移動するように頼み、侍女二人を連れ立って王の間を後にする。


 背後で扉が閉まり、杖の音を響かせつつ遠ざかれば、僕はそっと息を吐いて、肩越しに振り返った。


「……ラトリア。侍女が皇后に向かって殺気を放つものじゃない」

「わたくし達の“オヴィゴース”を貶したのですよ、殿下。あの場で首を捻じ切らなかった事を、褒めていただきとうございます。ねぇ、マウス」

「その通りですわ殿下。あのような下賎な売女が、“オヴィゴース”の名を口にするだけでも虫唾が走ります。ねぇ、ラット」


 血気盛んな侍女二人は、僕と同じく師匠の傍にいた人だ。確かにあんな言い方をされて、あの場で殺しにかからなかったことは、褒めるべきかもしれない。


 だが、今はまだその時ではないのだ。


 僕は再度長めの息を吐いて、片手を額に当てて目を細める。そして背後から聞こえ、近づいてくる足音に気がつき、体ごとそちらに振り返った。

 視線の先でキルジット義兄上が、眉間に深く皺を刻んで立ち止まる。義兄上の唇が戦慄いた。息をするのも苦しいかのように、肩が大きく上下する。


 僕は眉尻を下げ、緩慢な動作で足を踏み出し、彼の手を取った。冷えた指先は体温を奪うようで、僕はしっかりと握りしめる。


「準備が、終わったのか」


 確かめる声に顎を引いて頷けば、彼は更に苦しげに唇を引き結ぶ。

 そして数秒の沈黙の後、小さく呟いた。


「……妹を、どうか頼む」


 消え入りそうな声で、血を吐くような心で、キルジット義兄上が僕に願う。

 頷く僕の双眸を見返す瞳は、かけがえのない親友によく似ていた。


 

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