俺が初めて、この国の第三王子となるその男に会ったのは、ヤツが6歳で入城した直後だった。


 その時のパームキンは今よりもずっと痩せていて、だけど今と同じように飄々とした、掴みどころのない性格だった。

 第一印象として、感じの良いヤツではないな、と感じたことをよく覚えている。

 小さな緑の目と、オレンジの明るい髪色。笑う顔はどこか胡散臭い、そんな子供だった。


 俺はその時、イーベゼイ領地を統括しつつ騎士団の運営にも関わる子爵、つまり父に連れられ、新しい王子となるアイツの謁見に来ていた。

 後から聞いた話だが、俺の方が3歳年上ではあるものの、年齢の近い話し相手が欲しいと、パームキンが国王に取り次ぎ、俺が連れてこられたらしい。


 数ある貴族の中で、どうして子爵家三男の俺が連れてこられたか。

 答えは明白だ。


 頭角を現す兄たちと違い、粗雑で喧嘩早い性格の俺は、子爵家の中でも爪弾き者だった。平民上がりで規格外の第三王子には、体よく充てがうに、うってつけだったのだろう。


 正直に言うとクソほど面倒だった。俺はこんな謁見早く終わらせて、早々に城下へ遊びに行きたかった。


「……お初にお目にかかります、パームキン第三王子殿下。イーベゼイ子爵カルト・トゥーベルが第三子、ジャネット・トゥーベルと申します」

「わぁ、ありがとう。此度より第三王子を拝命した、パームキン・チャールストンです」


 粗相のないよう、父に叩き込まれた最低限の動作で、年端も行かない子供に頭を下げる。アイツは一応、型式に則のっとった作法で礼を返して見せた。


 子供だけで話したいとヤツが連れてきたのは、中庭の一角。花のアーチで覆われた場所だった。

 少し大声を出せば外部にも聞こえるだろうが、他の目がない奥まった場所で、少し不用心ではないか……と子供ながらに思ったことを覚えている。

 パームキンの側には、侍女として連れてきたというアルビノの双子、マウエラとラトリアだけだ。


 子供だけで外に出たいと言う要望に、大人たちは二つ返事で了承していた。コイツは平民上がりとはいえ、正式な第三王子。通常であれば、兵士の一人二人、もっと側で控えていてもおかしくない。

 王家に忠誠を誓う騎士団の、その中枢にいる子爵家三男坊だから警戒されていない、と言う理由でもないだろう


 その時、俺はまだ子供で、騎士団に所属していなかった。だからコイツ以外の王族と会う時、近衛兵が控えていない場所で会うことなど、許されなかった。

 つまりそれだけこの第三王子の存在は、その程度、と言うことだ。

 それはコイツの友人役を押し付けられた、俺の評価にも等しかった。


「誰も見ていないところでは、堅苦しいのは無しにしよう、ジャネット」

「……」

「君がバカじゃないなら、僕がどういうヤツかは分かっただろ?」


 けして悲観的ではない口調でそういうパームキンに、俺は少し逡巡した後、目を眇めて息を吐き出した。


「……どうして第三王子に? 城の居心地は悪いのでは?」


 無礼講で良いと言うので、少しだけ砕けた調子で問いかける。

 アイツは考える素振りを見せ、口角を吊り上げた。


「師匠の遺言に有り難く従ったんだよ。僕は子供だから、子供の僕が一人で生きていくのも、限界があるだろ」

「そんな子供らしくない考えで?」

「痛いとこつくなぁ。でも、これは本当。子供らしくないって大人は思うかもしれないけど、それでも僕が6歳であることは変えられない」


 返答をし損ねて黙る俺に、アイツは笑って、ゆっくりと俺の顔を覗き込む。


「でも、来てくれたのが君でよかった。君はいいヤツだ」

「はぁ……?」

「だって君は、マウエラとラトリアをバカにしたりしない」


 パームキンの言い分に首を傾げて、静観している侍女二人を無遠慮に見た。視線を受けた彼女たちは、華奢な片手を頬に当て、穏やかに微笑む。

 初対面時、髪と肌が常人より随分と真っ白だ、とは思ったが、何かバカにするような要素は見当たらない。彼女たちの所作が侍女らしくないとは思わないし、身なりが悪いわけでもなかった。


「……? ……バカにする要素なんてないと思いますが……」

「それだよそれ。僕は君のそういうところが、すごく嬉しい。他の人がマウエラとラトリアに向かって、何て言ったと思う? ネズミだよ、ネズミ」

「はぁ?」


 俺が子供だとしても、女に対して言って良い言葉ではない事は理解出来た。


 パームキンの話によれば彼女たちは、太陽光による刺激に弱いらしい。その為、肌にはシミやそばかすがあり、視力もそれほど良い訳ではないのだという。

 そんな彼女たちに向かって、大人たちはヒソヒソと、平民上がりがハツカネズミを連れてきた、とバカにするらしい。


「なんだそりゃ! なんで俺がんなこと言わなきゃなんねーんだ! 生まれ持った物をバカにするなんて、程度の低い奴がすることだって、父上や兄上がいつも言っている。そんなバカな奴等と一緒にするな!」


 割と本気で憤慨し息巻くと、パームキンは目を丸くした後、緩やかに笑って自らの侍女を振り返る。


「だってさ。マウエラとラトリアも、彼の事は気に入っただろう?」

「ええ、パームキン殿下のお眼鏡に適った殿方ですもの。ねぇ、ラット」

「そうですわパームキン殿下。わたくし達がトゥーベル様を慕わない理由などございません。ねぇ、マウス」


 小柄で少女らしい見た目と相反し、双眸を細めて笑う様は大人の女だ。彼女たちのチグハグな印象に面食らう。聞けば、外見だけなら俺より少し年上ぐらいに思う侍女二人、実際はもっと年上らしい。


 二人の様子をしげしげと見ていれば、俺はふと疑問が浮かんで、パームキンに視線を戻す。


「そういえば……、こうやって外に出ているのは、平気なんですか?」


 いくらこの場所が植物に囲まれているからと言っても、紫外線に弱いと言う割に、なんの対策も見受けられない。例えば唾付き帽をかぶるとか、日傘をさすとか、そういうものではないかと問えば、答えたのは侍女二人だった。

 彼女たちはおもむろに、給仕服の内側に仕舞い込んでいるネックレスを、俺にも見えるよう外に取り出して見せる。

 そこには小指の先ほどの、小さな赤い宝石のような物が、ペンダントトップとして飾られていた。


「これには、パームキン殿下の魔法が込められているのです。その魔法が、わたくし達を害悪から護って下さるのですよ」


 白髪で長髪の女、ラトリアが、どこか恍惚じみた顔で自慢する。

 なるほど、その石があると彼女たちは、太陽の下を自由に動けるのか。


「まぁでも……僕の魔法は効率が悪くてね」

「効率が悪い? 魔法使いってのは、魔法を自由に使えるんじゃないのか……んですか?」


 俺には、と言うより我がトゥーベルの一族には、魔法の才が全くない。

 それゆえ魔法という概念について、魔力を持った人間が使う人知を超えた力、といったような漠然とした理解しかなかった。

 おそらく我が一族に限らず、大多数の人間がそうだろう。この国は魔法を使える人間が多いが、世界的に見れば、魔法使いなんて人口の数割しか居ない。特別な力だ。


 パームキンは少し思案気に俺を見てから、片手を顔の前に掲げる。


「例えるなら……そうだね、僕の師匠は、ビスケット4分の1で、一つの魔法ができる」


 手の平に、ビスケット4分の1欠片が、軽い音を立てて出現した。


「でも僕は、同じ魔法を使うのに、ビスケット一枚が必要だ」


 再び手の平上に、今度は一枚の丸いビスケットは出現する。

 つまりパームキンが一つの魔法を使うのに対し、師匠、──“導き”の魔女は、四つの魔法を使えるということだ。確かにそう言われると、コイツの魔力は効率が悪いということになる。


 しかし。


 俺は腕を組んで納得する仕草を見せつつ、突如現れたビスケットを凝視する。


 自分には確かに魔法に関する才能はない。皆無と言ったっていい。それでも今、パームキンが披露した手品のような魔法が、他の魔法使いと一線を画するものであることは理解した。


 コイツは一言だって、呪文を呟いていないのだ。


 魔法を行使するには、呪文が必要だ。王室に仕える宮廷魔法士達を知っているが、皆、大それた力を誇示するかのように、仰々しい呪文を唱える。詠唱は長ければ長いほど、質の良い強力な魔法が使える、らしい。

 自分が知る中で、無詠唱でありながらその魔法は群を抜き、絶対的な力を誇っていたと聞くのは、たった一人。

 パームキンが師事した魔女。リアリタ・シルダーだけだ。


 俺の視線に気がついたヤツが、俺がビスケットを食べたいとでも思ったのか、再び無詠唱でカゴを出現させる。白い布を取ると、そこには山盛りのビスケットがあり、ヤツはにこやかに笑った。


「ま、友好の印にお茶でもどうだろう。マウエラとラトリアの淹れる紅茶は、美味しいんだよ」


 笑みは相変わらず胡散臭いが、おそらくコイツの実力は本物なのだろう。

 何も言わずとも、勝手に宙を動き回るティーセットが出現した瞬間、俺は確信を込めて、目の前を浮遊するカップを手に取った。


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