第6話 蟻の思いも天に届く その②

「あれ、蜘蛛男がいなくなった。どこ行きやがった」


 二人が閉じ込められた福岡駅から脱出すると今さっき数分前にいたはずであった蜘蛛男が姿を消していた。


「気を緩めるなよ綾小路。どこにいるか分からないぞ」


 蜘蛛男がそこにいたという痕跡はありありと分かる。

外の並んで植えられている街路樹、バス停の屋根。開けている中にある立体物を繋げるかのように蜘蛛の糸が張り巡らされている。

 張り巡らされている蜘蛛の糸に圧倒されていると上空から糸の玉が降ってくる。


「上からか来るか」


 広範囲に弧を描くかのように刀を振る。糸の玉は弾けたり潰れたりはせずにフルーツの輪切りのように切断される。


「最上さん、俺に捕まって下さい。駅のてっぺんに一気に飛びます」


「あぁ、任せた」


 最上が綾小路の肩の装甲に捕まる。

 深く屈伸するかのような動きをして一気に飛ぶ。飛び上がる目的地は博多駅屋上。駅建物よりも数メートルばかり高く飛ぶ。


「いたぞ、蜘蛛男だ」


 屋上にお目当ての人物がいた。そして、屋上には人一人分ほどの長さの蜘蛛の糸で包まれた棒のようなものが三つ置かれていた。


「お、やっと、きた、か」


「待たせて悪かったな、蜘蛛男。本当、頭に来る」


 綾小路はヒロトの事を思い、感情を昂らせる。これにより今の綾小路のパワーは先ほどの四倍。

 四倍に増幅したパワーに落下時のスピードを上乗せし一気にしたにいる蜘蛛男に叩き込む。

 それと同時に蜘蛛男がそこから移動され避けられないように最上はスーツのポケットに入れられていたクナイのような短刀をなげ身動きを取れなくさせようとする。


「そんな、こと、無駄、だ」


 糸を手のひらから出し、上から放たれている短刀を絡め取る。

 しかし、落下に身を任せている綾小路は自分の意思では止める事はできない。そのため、無慈悲にも落ちていくだけだ。

 落ちてくる綾小路を糸で捕まえる。落下の威力を抑えきれなかったが蜘蛛男は落ちる綾小路を自分が飛ばされないように上手く避けつつもあえて自分の腹に当てる。 

 威力を少しばかり軽減された状態で綾小路は床に叩きつけられる。その衝撃で建物が二階分のフロアを破壊し貫通させた。


「綾小路ッ」


 まだ破壊されていない部分にうまく着地する。


「お前、今何をした」


「敵に、いちいち、種、あかし、しないぞ」


 一体どういうカラクリであるのかまだ分かりかねていると蜘蛛男からの追撃が来る。

 男からの蹴りは堅実に刀で防ぐ。

 その後の刀に踏み込み最上に衝撃を与える。

 衝撃は最上の思いの外大きく身を屋上から飛ばされる。


「あいつ、どうすれば良いんだ」


 駅の建物の一番上から落ちていく中で建物の外壁に刀を突き刺し落下スピードを緩和させる。

 建物の屋上から二階下のフロアに叩き落とされた綾小路は瓦礫から埋もれた身体を出す。上を見上げると辛うじてだがさっき飛んだ時に確認することのできた、細長い白い塊は落ちずにいた。だが、いつ落ちてもおかしくはない状態だ。


「あいつ、最上さんに気を取られているな。今のうちに」


 ボロボロになったフロアの瓦礫を足場としもう一度屋上へと向かう。


「お前、気づかない、と、思ってい、たの、か」


「えっ、最上さん、何処へいったんだ……」


 最上がいるものだと思っていたが、その最上が屋上にいない。そのため、蜘蛛男に綾小路の相手をする暇が生まれてしまった。


「悪いがお前に構っている暇は無いんだよ」


「あぁ」


 加速は怒りの状態よりも増加されている。焦りを感情の昂りに変換させている。緊張状態をポジティブに捉える事でできる事だ。だがその怒りからくるパワーアップは持続しない。

 怒りからくる大幅なパワーアップのピークは約六秒。それを過ぎれば力は落ちる。これは人間の怒りのピークが発生から六秒で達すると言う。よくアンガーマネジメントなどで聞くものだ。


制限時間は約六秒。その六秒間の綾小路のスピードにだけは蜘蛛男は反応し切れなかった。

屋上にあった糸に包まれたものの三つ全てを抱え、ヒロトの待っている駅の入口に降りる。


「ヒロト君、そこにいるのかい」


「お兄ちゃん」


 ヒロトが入り口の近くの柱の裏から恐る恐る顔を出す。

 何かを包んでいる糸を剥がすと中身は目を瞑った人であった。


「ヒロト君、この三人の中に君のお母さんはいる?」


「あっ、お母さんっ」


 どうやら三人の中にお母さんは居たらしく、さっきまで暗かった顔は一気に明るくなる。


「今は多分、お母さんも他の人も気を失っているだけだ。時期に目を覚ますよ」


「ありがとう、お兄ちゃん。約束守ってくれて」


 小さい子供ながら目一杯にお辞儀をして礼を言う。


「あ、あ。せっかく、集めた、のに。お前、のせい、で、予定、狂っちゃった、たよ」


 ヒロトの母とその他二人を物陰にそっと置く。ヒロトも隠れるように促し、再び綾小路は蜘蛛男と対峙する。


「駅、ボロボロに、する、やつ、が、公安、なの、か。悪い、人、だな」


 隠れたヒロトが目一杯に蜘蛛男に叫ぶ。足元をプルプルと震わせながら。


「お兄さんは悪い人なんかじゃない。お兄さんは僕のヒーローなんだッ」


「ヒーロー、もの、壊す、奴が、か」


「お兄さんだって壊したくって壊してるんじゃないんだ! お前が悪いッ」


「ヒロト君、ありがとう。でも下がっていな。後はヒーローに任せておけ。あいつとのケリをつけてやる」


 ヒロトにヒーローであると言われ、装甲で覆われた顔は思わず少し緩んでしまった。

 目指しているものに一歩近づけたような気がして。

 その場から一気に加速し蜘蛛男に向かう。

 さっきまでならまた壁へと飛んで避けていたであろう。しかし、今回は避けずに自分の体で上手く腕を使って綾小路から放たれる拳をいなす。


「こいつ、体術できんのかよ」


 綾小路の放たれる拳、蹴りの速度は放たれる都度加速していく。そして加速していくだけではない。蜘蛛男の動きの対応も速くなっていく。

 蜘蛛男は綾小路の攻撃を遂にいなし切れず頬に強い衝撃が走る。そして、後方に大きく飛ばされる。


「く、俺、ピンチ。逃げる、が、吉」


 飛ばされながらも受け身を取り、近くの建物の外壁に糸を飛ばし逃げようと、地面から足が離れ外壁まで一直線に飛んでいく。はずだった。


「逃がさねぇよ」


 外壁と蜘蛛男を繋ぐ糸を、駅の方から飛んできた最上が刀で切断する。

 最上はすでに撃破していると踏んでいた為、予想外の人物が邪魔に入ったと驚きを隠せないでいた。


「今だ、綾小路」


「これで、終いだ」


 蜘蛛男の溝落ち辺りを今までで一番強い拳を放つ。

 大きく吹っ飛ばされ、今度こそ受け身を取らずもろに壁に叩きつけられ壁を突き破る。


 しばらくしても、崩れた外壁の瓦礫に埋れている蜘蛛男がピクリともしないので撃破した事を確認した。


「今回は公安で確保させていただきます」


「了解だ」


 崩れた瓦礫の中から蜘蛛男を出して捕まえようとしたその時、綾小路の視界の端に光が見えた。

 そしてその瞬間、太く大きい光が綾小路を襲う。


「綾小路ッ」


 最上も何が起こったのか微塵も分からずにただ綾小路の安否を心配し叫ぶ。周囲は砂埃が広くまい、中がどうなっているのか外からは全くもって分からない。

 風が吹きようやく砂埃の中が見える。


「えっ、これは」


 その光景は嘘のようだった。

 確かに最上の目の前には崩れた小さい建物があった。そしてその後ろには博多駅に匹敵するほどの大きな建物があった。これは見間違いじゃあ無い。確かにあったのだ。

 だが今最上の目の前には、崩れた小さな建物も博多駅に匹敵するほどの建物も跡形もなく無くなっている。そして、灰色の地面はアスファルトが剥げ茶色になっている。


「無事か、綾小路っ。返事をしてくれ」


 砂埃が更にはけ茶色の地面に装甲がボロボロになった状態で辛うじて立っている。


『アームドエモーショナル・キャストオフ』


 綾小路は変身者の安全を考慮された機能により、強制変身解除した。


「いったい、何が起こった。蜘蛛男は」


 綾小路の一応の安否確認をすることができ、安堵する。


 すると空から白い装甲が落ちて来る。いや、落ちてくるとよ言うよりも舞い落ちてくると言った方が正しいのかも知れない。落下するような重い着地ではなく、軽い着地であった。


「えっと、あぁ名前まだつけてなかった。ええと蜘蛛男君、帰りますよ」


 綺麗に先ほどまで蜘蛛男が埋もれていたところだけがそのままに残っていた。そして、そこから蜘蛛男が顔を出す。


「あ、メビウス、さん。お迎え、ありが、とう、ござい、ます」


 その白い装甲を纏う者はメビウスと言うらしい。メビウスの纏う装甲は綾小路の纏うアームドエモーショナルに近い類の物である。


 メビウスは蜘蛛男を回収した後、瞬間移動するかのように素早く移動し、姿を消した。


「くそぉっ」


 蜘蛛男を捕まえ切れずに逃げ切られてしまった事への悔しさが募り綾小路はその場の地面に拳を叩きつけ吠える。


 今回の戦い、あまりにも被害が甚大すぎた。

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