第5話 蟻の思いも天に届く その①

「着いたか」


「最上さん、例のやつ居ました」


 最上と綾小路は福岡の博多駅に到着するなり、駅入り口でピョンピョン跳ねる男を発見した。

 その男は壁に張り付きながら反対側の壁に糸を吐いている。


「これって、兎とかというより蜘蛛じゃないですかね」


「そうみたいだな。まぁ、〈本質〉が何であれとっ捕まえるぞ」


 綾小路は頷き、自分の右手に身につけた約十センチの大きなブレスレットの中心部分の指紋認証に親指をスライドさせる。


「変身」


『チェンジ・アームドエモーショナル』


 システム音が流れ、綾小路の体全身は鋼鉄の装甲にみが包まれる。最後にそれは顔をも覆う。

 紫を基調としていて、胸元と肩に特に厚い装甲が付いているものとなっている。


「何だ、それ」


「あぁ、これは公安の装備品みたいなやつかな。これはアームドエモーショナルです。俺の気持ちをパワーに変える物です」


 公安が職員の一部に配っている装備品だ。他にもアームドはある。


「じゃあ行くぞ、綾小路」


 二人で蜘蛛男に向かって走り出す。

 蜘蛛男は二人を察知して、より二人と距離のある壁に移動して糸を吐き出す。

 向かってくる糸を最上は切断する。


「粘っこいが切れないことはない。糸は俺に任せて綾小路は本体を叩け」


「分かりました」


 綾小路は一気に飛び蜘蛛男に近づく。

 糸を吐かれるも空中で体を捻り避ける。


「なんで、お前、糸、避けられる」


「まぁ、そこんとこは企業秘密だ」


 綾小路の〈本質〉は視る。常人の数倍の動体視力を得る事が出る。

 蜘蛛男に蹴りを入れるものの、別の壁に移る。


「こんにゃら今よりもっともっと速くするっきゃねぇな」


 一段と綾小路の移動速度は速くなる。これがアームドエモーショナルの本領。その時その時の装着者の気持ちによって何倍にも何十倍にも身体能力を増幅させる事ができる。

弱点があるとすれば、逆にその時の気持ちの落ち込み度で下手をすればアームドを装着する前、つまりその人自身の身体能力さえも下回ってしまう。要は心持ちがとても大切なのである。

先程の攻撃よりも一段とスピードが速くなるが蜘蛛男はそれをも上回る。そして、移動しながらも絶え間なく糸を吐き続ける。

最上はそれに瞬時に反応し刀で切断する。

一旦二人は背を合わせる。


「こいつ、何でこんなに反応が良いんだ」


「それはおおよそ蜘蛛だからだろうな」


「どういう事ですか」


「まぁ簡単に言ってしまえば、とにかく今よりも速く、あいつよりも速く動けばあいつを倒せるだろう」


「まぁ、割と無茶言いますね」


「本当に速さってものはつくづく厄介で味方にいれば頼もしい良いものだ。こう言っては何だが、俺自身には速さは無い。すまないな。」


「大丈夫ですよ。適材適所っていうやつです」


 二人はもう一度走り出す。

 ここからは綾小路と蜘蛛男の追いかけっこが始まる。何度も何度も追いつき追い越されの繰り返しである。ただ、綾小路が完全に蜘蛛男に追い付けた事は一度も無かった。


「おい、お前、ら。気づいてない、みたい、だな」


 二人はこれがどういう意味なのかわからずにいると、蜘蛛男は手に持つ糸を思い切り引っ張る。

すると駅の入り口の飛び出る屋根がボロボロと崩れてきそうな音がする。否、気がするのではない。崩れるのだ。

 反応したがもう手遅れで完全に入口の方は崩れた。そこから釣られるように建物の内側へと向かって崩壊が始まる。

 巻き込まれないように避難していると、土煙は走る二人よりも早く流れ、二人を包み込み、視界を悪くする。

 手で仰いで目の前の土煙を消すと最上と綾小路の目の前はさっき居た蜘蛛男ではなく瓦礫だった。二人は駅内に閉じ込められた。


「これも狙ってやったのか」


「やっぱりそうだったか」


 二人が積み上げられた瓦礫を見上げ、これをどうするべきかと思い悩む。


「蜘蛛っていうのは零個、二個、四個、六個、八個の眼を持つ物がいる。そんでもって複数の眼があったとしても眼の位置は個体差がある。しかも視力もまちまちだ」


 瓦礫の山から切り崩せそうな箇所はないか探しながら説明を始める。


「あいつは恐らくさっきの戦いからするに、蜘蛛男の〈本質〉の蜘蛛は八個の眼でしかも眼の位置が満遍なく広がっている。それに加えて視力まで良いときた。本当に最高個体だな」


「そういう事だったんですね」


 綾小路は最上の説明に蜘蛛男の機動力の良さに合点がいった。

ここからどうするべきであるかを考えていると後ろから五歳程の小さい子の鳴き声が聞こえた。

 綾小路が一度変身を解除し泣く小さな子に近寄る。


「どうしたの君、避難してくださいって大人の人に言われなかったか」


 泣いて赤く腫れた目を擦り鼻水を啜って、急に声をかけてきた知らないお兄さんの質問に恐る恐る答える。


「えっとね、大人の人にね、逃げろって言われたけれどね、さっきの変な人がお母さんを連れていっちゃったの」


「あいつ、人質までも取っていやがったか」


 子供に聞かれないように最上が小声で怒りを露わにする。

 ここで新たな事実が出てきた。

 四十三係からの情報に人質については何も言われていなかった。すなわち、蜘蛛男は魔特や他の人が気付かず、人流の中から引き抜くかの様にこの子の母親を攫ったと見られる。

 いざ自分がピンチに陥った時の保険として。


「怖かったな。今まで一人で隠れていて偉かったな」


 綾小路の励ましに長袖長ズボンの小さな子は大きく頷く。

 五歳といえばまだ幼稚園の年中さんといったような年代だ。お母さん、もしくはお父さんに張り付いて離れたくないという子も多い。

 そんな年頃の子供が、訳の分からない動きのする訳の分からない人が突然お母さんを連れ去るというのだ。足がすくんでその場から動けなくなってしまうのも無理はないだろう。

 差し詰め、福岡に配備されている魔特四十三係の人達は人流に飲まれてしまった動けない子供に気がつけなかったのだろう。

 恐らく当時の人流は凄まじい物だっただろう。例え母親が連れ去られたと叫んでもこんな小さい子の声は上げても人流の騒ぎによって容易にかき消されてしまう。人流は大きくなれば馬鹿にはならない。一概には四十三係の性とは言えないだろう。

 綾小路が子供を優しく撫でて少しでも心を落ち着かせる。


「そのTシャツって超熱戦士シャイニングのTシャツだよね」


 超熱戦士シャイニング。週末の朝に放送しているヒーロー番組の事である。


「そうだよ。お母さんが買ってくれたの」


「そうなのか。俺もシャイニング大好きなんだよ」


「そうなの?」


 綾小路の言葉を聞いてその時子供は暗かった表情が少しばかりか晴れた。


「君、確かに怖いかも知れないけれど安心してほしい。今瓦礫の前に立っているお兄さんも俺も正義の味方だ」


「そうなの?」


 不安そうな顔をしながら聞き返す。もう一度子供の頭を優しく撫でる。


「あぁそうだ。シャイニングだってどんなに強い敵が現れてピンチになったとしても、最後は必ず的に勝ってきただろ。だから、俺たちを信じてくれ」


 撫でた手を離して子供の前に綾小路は小指を差し出す。


「約束だ。必ず君のお母さんをあいつから救い出してみせるよ」


 子供は大きく頷き、綾小路と指切りげんまんをする。


「君の名前は」


「ヒロトっていうの」


「ヒロト君か、良い名前だ」


 先程から瓦礫を眺めていた最上は切り崩せそうな箇所を発見した。


「あそこなら切り崩せそうだな」


 その箇所に、その場で強く踏み込み刀で突き放つ。

 突きを放った箇所を中心として瓦礫が更にヒビが入り粉々に崩れ外への道が解放される。

 解放された外の世界は並んで植えられた街路樹に蜘蛛の糸がまるで巣のように張り巡らされていた。


「あいつますます外で暴れ散らかしているな」


「じゃあヒロト君、ちょっとばかし隠れて待っていてくれるかな。お母さん取り返してくるからね」


 隠れるヒロトに優しくてを振る。


「あんまり悠長にしている暇はどうやら無さそうだぞ、綾小路」


「了解です、素早く解決しましょう。変身」


『チェンジ・アームドエモーショナル』


 綾小路はブレスレットに指をかざし再度変身する。

 二人は糸の張り巡らされている外の世界に飛び出して行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る