第5話 白き大原の御陵にて
最早、何度目の古都探訪か分からないけれど、また、京都にやってきた。いつもと違うのは、前日まで雪が降っていたこと。何度も京都を訪れていても、雪景色は未体験。東京駅で新幹線に乗り込むときから、いつもとは少し違う高揚感があった。
東京を出発して、段々と京都に近づいていく。名古屋を過ぎて見えた雪は富士山だけ。膨らんでいた期待が萎んでいく。あの高揚感はなんだったのか。と、窓ガラスに反射した自分の顔が暗くなる。列車はトンネルに入り、抜けると、窓の外の景色に表情が明るくなっていた。なんと、一面の雪景色だ。家も畑も真っ白で分厚い衣を纏っている。京都まではあと二つトンネルを抜ける。冬の京都は身体の芯に染み込むような独特の寒さがある。都の雪景色を想像しながら、ゆっくりと駅に降り立つ準備をした。
京都駅に到着し、JR中央改札口から京都タワー方面へ出る。辺りを見回すと雪景色、とはいかなかった。考えれば当然で、数多の府民の方々や観光客たちの集うこの場所が除雪されていないはずはないのだ。一生懸命建物の影になっているところを探せば、雪は残っている。期待しすぎた自分が悪いのだが、高揚した心の行き場を探さなくてはならない。
どうしたものか、と考えているとあることに気づく。鴨川方面の奥に見える山、すなわち東山の山々は白い薄衣をまとったままだった。つまり、山を目指せば雪の京都を満喫できるわけだ。ここで、脳は一気に活性化する。歩きながら考えるより。北山の鞍馬は雪が深すぎて歩けないかもしれない。西山の高山寺や神護寺も同様。それならば、大原はどうか。田畑の広がる長閑な京の里山。歴史に刻まれた強き女性たちと高貴な人々の拠り所。赴く先がホテルを目指す烏丸線の中で決まった。
大原に行くには、京都駅前から直通のバスがあるが、例によって地下鉄も駆使した方が時間を節約できる。それに、混み合ったバスに乗らなくて済む。ホテルに荷物を置いて、再び烏丸線へ。終着駅の国際会館駅から大原行きのバスに乗り込む。案の定、同乗の客はこの辺りに住んでいるらしい老婆一人だ。買い物の帰りなのだろう、持っている袋からは葱が頭を覗かせている。時間になると、バスはゆっくりと走り出した。段々と車窓に映る建物が少なくなり、代わりに雪が増えていく。しば漬けで有名な漬物屋の看板が見える頃には、辺り一帯雪景色だ。きっと外は寒かろうが、求めていた光景に自然と身体が熱くなっていた。
バスを降りると、帰りの時間を確認しながらどこを目指すか考える。大原で著名な寺社仏閣といえば、数々の皇族が住持し、明治に大原の地へと移転した苔の美しい庭園で有名な三千院門跡。源平合戦の平家一族の生き残りとして、一族の菩提を弔った建礼門院ゆかりの
三千院へと登っていく坂道は観光客や土産物店の方々の往来があるせいか、流石に除雪されていたが、ところどころ残雪が凍てついて危険な罠を構築していた。なるべく踏まないように、転ばないように、と慎重に坂を上る。なんとか転ばずに三千院の前まで到着したが、すれ違った韓国や台湾から来たらしき人々の三人が自然の罠にかかっていた。ご本尊の薬師如来にしっかりとお参りしてきた御利益なのか、友人らしき人に手伝ってもらいながら、すぐに立ち上がっていた。
坂を上り切ると、三千院門跡の立派な門と壁、その前に連なったお土産屋さんが目に入る。かの疫厄が治まったばかりの時だったので、十年前に訪れた際の活気はなく、寂しげな空気が雪に響いているようだった。
さて、このままの流れだと三千院から参拝したいところだが、その奥にある勝林院は訪れたことがなく、そちらが気になっていた。一人旅の唯一といっていい決まりごとは、気の向くまま。というわけで、三千院の前を通り過ぎて勝林院を目指す。途中、気になる立札があったので立ち止まる。そこには、「
鉈捨藪跡から再び勝林院へと足を向ける。
さて、橋を渡ると除雪が追いついていないのか、川の向こうは銀世界といった雰囲気だった。しかし、その静寂を破る楽しげな声が聞こえてきた。声の方を見ると、そこでは父母子女と思わしき人々が楽しそうに雪で戯れていた。姉と弟が雪合戦をしているのを、父が一眼レフカメラで、母がスマートフォンで撮影する眼差しは穏やかであった。話している言葉から察するに、台湾からの観光客だろう。と、微笑ましい光景だったのだが、私はどうしても声を掛けずにはいられなかった。なぜかといえば、彼らが遊んでいるそこは日の本一やんごとなき御方々の墓所であったからだ。畏れ多くもここではその諡号を書くことはしないが、承久の乱で幕府に敗れてしまった方々である。そのような方々の眠る場所で異国人に遊ばれているのを見れば、居ても立っても居られない。何とか、拙い言葉で話しかけた。
「この場所は、日本の高貴な方の眠る御陵である。そのような場所で遊ぶことはやめていただきたい」
一応、そんな感じに伝えたつもりで、思ったように伝わったかは分からないが、向こうは理解してくれたようで、申し訳なさそうにしながら、ジェスチャーで理解したと私に伝えて、三千院の参道の方へと去っていった。
元来、私は人に声を掛けるのが、ましてや相手が言葉の通じない人であるならば、なおさら苦手だ。良いことをしたと気分が晴れることもなく、御陵に頭を下げてから、気持ちの悪い胸の高鳴りをなんとか押さえつけながら、その後の大原散策を楽しんだ。
勝林院の本堂は荘厳であり、三千院門跡の庭園は苔の緑の雪の白さが幻想的な風景を作り出していた。今度は参道を降りて、反対側に位置する寂光院では、こじんまりとした雪に包まれた寺院に建礼門院の胸中に思いを巡らせた。バス停への帰り道の川沿いで洒落たカフェに寄ってランチビュッフェを楽しんだ。大原で取れた野菜や京野菜をつかったおばんざいに舌鼓を打った。とくに聖護院大根のフライは、衣の中から大根の旨味と甘さがとめどなく染み出てきて、感動するほど美味であった。
大原を堪能した後、バスに乗り込み雪の薄くなっていく車窓に寂しさを感じながら、ホテルへと帰り、いつものように外で三軒ほど梯子して、風呂に入ってから床についた。
その深夜のことである。眠っていたはずなのに、突然目が覚めてしまった。酒を飲むと目が覚めるのはいつものことながら、意識が明確になるのは珍しいことだった。しかも、身体の首から下がピクリとも動かない。それなのに、五感が鋭利になっているような気がする。さらにそれなのに、街中で酔っ払いの声や車の音が聞こえてくるはずのこの部屋の中を、静寂が完全に支配していた。思い出すのは、昼間の大原での出来事。まさか、御陵で遊んだのが私であると勘違いをなされているのではないかと、脂汗が身体中から噴き出る。しかし、何ともしがたく、ただただ動けるようになるのを待つばかりであった。それから、どれだけ時間が経ったか分からないが、身体が動くようになり、幸い眠気も再来してくれたので眠りについた。
翌朝、起きてみると、金縛りにあったのが噓のように身体は軽かった。そして、その日はダメ元で訪れた超人気のイタリアンのお店で予約のキャンセルがあって偶然入ることができたり、夜訪れた居酒屋で普段はお目に掛かることのできない珍酒に出会えたりと、幸運なことが多く起きた。勘違いのお詫びでそんな巡り合わせを作ってくださったのかもしれない。そんなことを思いながら、底冷えに負けんと盃を傾けて、楽しく身体を温めた。
そんな不思議な雪の大原探訪。
さて、大原といえば
あと、京都といえば漬物ですよね!その中でも三大漬物に挙げられるうちの一つ、柴漬けは大原発生です。建礼門院のお付きであった阿波内侍という方が、赤紫蘇をつかって漬物を作ったのがはじまりだとか。大原では、その紫蘇を大切に守っていて、交雑しないように他の種類の紫蘇を植えることを固く禁じているのです!伝統を守るということは、人々の努力が不可欠で素晴らしいことです!さらについでにいうと、京都の柴漬けは胡瓜ではなくお茄子です!これも意外に思う方はいるのでは?ジューシーで美味しいんですよこれがまた。私のおススメは茗荷も一緒に漬けてあるやつです!白いご飯とお酒が止まりません!というわけで、久々に楽しく書き殴りました!ネタはまだ残っているので、近い内にまたお会いしましょう!京都大好き!精神感応がお送りしましたーー!
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