第4話 酔いどれ四条河原町鳴鼓
自慢というか自虐というか、私はそこそこお酒がいける口だ。普段は月に数回程度で、そんなに嗜むことはないが、吞むと決めたらとことんいく主義だ。そして、京都を訪れている時は「普段」ではない。なので、京都旅行の時は一人でも三軒は梯子すると強く誓っている。
「誓うほどのことじゃないだろ」と、画面の向こうの皆々様は呆れているだろうが、私の決心に無粋なことは言わないで欲しい。無粋なことは言わないで欲しいが、お察しの通り、今回の話は酔いが回った精神感応の話なので、「馬鹿なやつがいるよ」、「飲み過ぎだろ」と、呆れながら読んでやって欲しい。前振りはこれくらいにして、ある晩秋に京都を訪れた夜の話をしていきたい。
その日は二泊三日の日程の二日目の夜だった。旅行の二日目となると、朝起きた時から京都にいることになるから、洛外の遠いところに足を延ばすのに丁度いい。なので、西の方へ向かって神護寺を参拝して、その戻ってくる途中でさらに何カ所か観光してきた。神護寺については、また一ネタあるので別の話にしたい。
ともかく、歩きに歩いたので足は痛いわ、早起きして眠いわで、もうへとへと。お酒など呑もうものなら、スポンジのようにアルコールを吸収して、すぐにベロベロになってしまいそうな有様だった。だが、京都にやってきた精神感応は強い。京都生まれでも何でもないが、京都への愛が特盛のバフを与えてくれるので、普通に三軒梯子した。一軒目は四条河原町の焼き肉屋、二軒目はビアホール、それで三件目は
因みに先斗町というのは、賀茂川と高瀬川の間に挟まれた少し狭い通りで、有名な歓楽街だ。京都五花街に数えられ、昼間は閑散とした通りだが、夜になると賀茂川千鳥の赤提灯が優しく通りを照らす、とても綺麗で温かな光景に変わる。今はお茶屋や料亭、レストラン、バーなどが軒を連ねていて、そのうちの一軒にお邪魔していたのだ。さらに、因むと、「ぽんとちょう」という名前の語源は、ポルトガル語説やら洒落説やら色々とあるので、気になった方は調べて欲しい。
話は戻して、バーを出た私は足取り軽く四条河原町の方へと向かって行った。もう冬の気配がそこまで来ている街に吹く京の夜風は、酒に火照った身体にはとても心地よい。鼻歌混じりに狭い路地を抜けて、西の方へと歩いて行く。高瀬川を渡り、河原町通を突っ切って、ふらふら歩いて行くと新京極の商店街へと辿り着いた。
新京極は京都ではそこそこ新しい名所である。有名な錦市場があったりして、今はどうか知らないけれど、修学旅行で京都にやってきた学生たちのマストスポットでもある。そこそこ新しいと言ったのは、この場所は明治のころに金蓮寺というお寺が土地を売って、そこに見世物小屋などができて発展していったという経緯がある。あの松竹発祥の地でもあって、当時は俳優たちが遊ぶ華やかで粋な町だったのだ。
昼間は人で大賑わいの新京極通も、流石に精神感応が三軒回ってお酒を飲み終えたころには、もうそこそこの時間なので、人通りは少ない。が、錦市場は店のシャッターに伊藤若冲の絵がプリント?されているので、さながら若冲美術ストリートになった、夜の商店街を歩いて行く。
動物や野菜の絵を楽しんでいると、前からこちらを避ける気などさらさらないと見えるロードバイクが走ってきて、間一髪で躱した。もうそれで、完全に酔いがさめたような気分になった。元々、酔い覚ましのつもりで歩いていたのだが、不愉快な覚め方をしたものだと、私は腹が立った。今振り返ると、本当は酔いが覚めた気分になっただけで、全然覚めていなかったと思う。
怒り心頭な私は、もうノルマは達成したのに吞みなおしたくなって、あてどなく夜の四条河原町近辺を徘徊しはじめた。もう既に遅い時間だ。開いてる店も少ない。店の灯がついていても、ラストオーダーの時間は過ぎていて入れない。あてどなく、ふらふらふらふら歩いて行く。錦の天神様の前を通りかかったときに、「いいお店と出会いますように」と手を合わせた。それからもまた、あてどなく歩いても結局店が見つからない。流石に諦めて、ホテルに帰ろうとしたその時だった。
ポンッ!
不思議な音が聞こえた。何やら太鼓を叩くような音。周りに人はいないし、普通の町ではなかなか聞かない音だった。
ポンッ!ポンッ!
また、音が聞こえた。酔いどれながら耳を澄ませると何の音だか分かった。能楽の授業で聞いた大鼓の音だった。
ポンッ!ポンッ!ポンッ!
音は止まずにテンポを上げて聞こえてくる。こうなっては音が鳴る方に進んでいくしかない。全然歩いたことのない細い道を、鼓の音に導かれて歩いて行く。
どれくらい歩いたか、どの道を辿ったのか、そのあたりは全然、全く、これっぽっちも覚えていない。けれど、やがて、柳小路という刻まれた小さな石碑が目に入った。そこは大通りから少し奥まったところにある洒落た細い通りだった。覗くように足を踏み入れると、開店祝いの花飾りが店先に立った真新しいお店があった。看板には酒の文字。深夜まで営業しているようで、私は興奮しながら、人には見せられないくらいの満面の笑みで店に入ったと思う。それで、気づくと鼓の音は聞こえなくなってきた。
いい気分でホテルに帰って、泥のように眠った翌朝。昨夜の店がとてもいい店だったので、また来たいと思って、スマートフォンの地図アプリの記録を頼りに柳小路まで辿り着いた。店もすぐに見つかった。と同時にあるものが目に入った。小路の真ん中くらいに小さな鳥居があったのだ。
近づいて見てみると、鳥居の額には「八兵衛明神」と記してあって、信楽焼の狸の像が沢山並んでいた。それを見て、昨夜の謎の音の正体を閃いた。あれはこの狸さんたちの腹太鼓の音だったのだ。冷静に考えると、太鼓の音なんて、酔った末の幻聴だろうが、私は不思議なことについてはとりあえず信じることにしている。だから、私は京の夜に狸さんたちのお導きでいい店を探し当てたのだ。そうに違いない。京都は夜も不思議が漂っているのだ。
そんな不思議な酔いどれ四条河原町探訪。
因みに八兵衛明神の八兵衛さんとは、昔、今の柳小路の辺りにあった、歓喜光寺というお寺の境内に住んでいた狸のことらしいです。狸は三匹いて、その名前が、八兵衛さん、、七兵衛さん、六兵衛さんだったとのこと。雰囲気のいい場所で、可愛らしい神社なので、近くに立ち寄った際は是非!精神感応も秘密にしておきたいスポットなのですが…………読んでくれている皆々様には出血大サービスで教えちゃいました!出来れば内緒にしておいて欲しかったり…………。
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