先輩と俺 その捌    ~暗い部屋、君と二人で~

真実

「バレンタインどうだった? もらったんでしょ、チョコ」

「はい、手作りのをもらいましたけど」

「良かったね。美味しかった?」

「美味しかったですよ」

 2月下旬、俺は先輩の車に乗せられて、先輩宅に向かっていた。


「今日は真面目な話をするつもりだよ」

 一瞬で、シリアスな口調に切り替わる先輩。

 その変わり身の早さに、ぞくりとする。

「この部屋で、ゆっくり語ろうか」

 そこは、以前は入れてくれなかった開かずの間であった。

 中に何があるのか知りたい気持ちと、嫌な気持ちが同居していた。


 その部屋は異様だった。

 ぬいぐるみが一面に置いてある子ども部屋。ぬいぐるみの手前には仏壇があり、そこに飾られている写真は、先輩とどこか似た雰囲気の女の子だった。

 まるで部屋全体が大きな祭壇のようだった。


「君に知ってほしいことがあるんだ」

 いつになく、暗く静かなトーンで話す雪兎先輩。

 彼が語るのは、暗い過去の話だった。


              ◇


 僕にはね、双子の妹がいたんだよ。

 そう、過去形。今は、いないよ。

 もう死んじゃったから。

 両親と一緒に事故で死んじゃったんだよ。

 十歳くらいだったかなぁ。

 あ、妹の名前は「白雪」っていうんだ。

 僕に似て可愛い子だったのに、あんなに小さいうちに死んじゃって、可哀想だよ。

 でもさ、本当に可哀想なのは、僕。

 サッカーの試合があったお陰で、家族で一人だけ生き残っちゃった僕。

 もう彼らが生きていたよりも、死んでからの時間の方が長いんだよ。

 時が経つのって、早いよねぇ。


 それに、こよみん先輩も、もういない。

 治らない病気だったんだってさ。

 で、最期は、トラックに轢かれそうになった男の子を庇って、自分が死んじゃったんだって。

 その頃には、もう余命宣告されてたそうなんだけど、もし、あの時その子を助けてなかったら、今こよみん先輩はどうなってただろうねぇ。

 やっぱり死んじゃってたのかなぁ。


               ◆


「聞いてくれてありがとう、吉野」

 そんな風に、あっさりとしている先輩が怖かった。

 車で寮に帰っている間は、お互いに無言だった。

「じゃあね」と言った先輩の横顔が、少し寂しげに見えた。


 先輩は何故、俺にあの話を聞かせたのだろうか。


 あの話と共に、俺は思い返す。

 あの日のこと、あの人のこと。

 向き合うことを避けてきたこと。


 全てを繋げる。



 そして、雪兎先輩は、いなくなった。



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