恋バナ

 そして、京都の旅館に夜7時までに移動する。

 夕食はカニが出て来た。美味しいけれど、食べにくいことこの上ない。


 修学旅行の夜といえば、枕投げと恋バナである。

「で、有明は染井さんとはどうなんだよ?」

「どうって言われても……」

 大部屋での枕投げが白熱し、小部屋に戻り、さあ明日に備えて寝ようかというところで、能見に声をかけられた。いつの間にか結弦と菱川も俺の布団に集まっており、寝転がりながら話を聞く体勢になっている。

「そもそも何で染井さんが出て来るんだよ」

「だって、ロミオとジュリエットじゃん」

 至極当たり前のように言う能見。

「それは役柄的に恋人だったってだけだろ」

 文化祭の劇のことを思い出す。

 必死になって台詞を覚えたこと。素人集団だったサッカー部ががまとまっていく様子。(そもそもサッカー部が演劇するのも、マジで謎)本番のステージに上がった時の緊張感。幕が下りた後の達成感。

「あ~、文化祭終わっちゃったんだな……」

「何、感慨に浸ってんだよ」

「あれから進展があったのか知りたいんだけど」

 能見と菱川は前のめりになって、早く話せと促す。

「だから、進展も何も……」

 結弦はにやにやしながら俺を見ている。

「そういえば、打ち上げの時、吉野と染井さん二人っきりで話してたよなー」

「何話してたんだよ!」

「教えろよ!」

「……とりあえず終わってほっとしたとか、他愛もないことだよ」

「何だ。つまんねえの」

「あのさ、俺と染井さんの間にはそもそも何も無いからな」

「え、有明って染井さんのことが好きじゃねえの?」

「は?」

「てっきりもう付き合ってるもんだと思ってたけど」

「え、ちょ、何でそんなことになってんだよ⁉」

「少なくとも向こうは絶対に有明のこと好きだぞ」

「はあああああああ?」

 隣で結弦が言っちまったーという声を上げた。

「ちょっと待て、それどこ情報だ?」

「見たら誰でも分かるだろ」

「ていうか、有明、今まで気付いてなかったのかよ、鈍感過ぎ」

「え、もしかして皆知ってる?」

「多分、気付いてないのなんてお前だけだぞ、吉野」

「そ、そんな訳ないだろ……」

「問題1、染井さんは何故サッカー部のマネージャーになったのでしょう」

 能見が突然クイズを出題した。

「問題2、染井さんは何故ロミオの恋人・ジュリエットを演じたのでしょう」

 菱川が能見のノリに合わせる。

「ヒント、染井さんは別にそこまでサッカーに興味がある訳ではありません」

 何だ、この茶番は。

「俺のことが好きだからってか」

「「正解‼」」

「で、吉野は好きじゃねえの?」

 結弦に問われ、考えてしまう。


「有明君がロミオで良かった」


 打ち上げでそう言われた時は嬉しかった。

 二人で台本の読み合わせをしている時はドキドキした。

 でも……。

「この気持ちが恋なのか、よく分からない」

 一瞬の沈黙。

「そこからかよー」

 結弦が呆れたように頭を抱えた。

「純情過ぎ」

「今時珍しいよなー」

 一気に会話が白けてしまう。俺、何か悪いことしたか?

「有明はもういいや」

 そろそろと自分の布団に戻っていく能見。

「お、おやすみー」

 寝る前にケータイをチェックしておくか……。

「あっ!」

「どうしたー、吉野?」

「そ、染井さんから」

「何だって⁉」

「見せてみろ!」

 ケータイを覗き込む三人。

 明日サッカー部の皆で京都を一緒に回らないかというお誘いだった。

 可愛らしい兎のスタンプが「どうかな?」と聞いている。断り辛い。

「勿論OKですだろ」

「出来れば、二人きりがいいなにしとけ」

「はあ? 馬鹿言うな!」

 普通にOKというスタンプだけを返しておいた。

「それだけかよ!」

「え、ダメなの?」

「もっと何かあるだろ、楽しみ~とか」

 そういうものなのか、最近ようやく人との連絡に使い始めたものだから勝手が分からない。

「あ、返信来た」

「早っ!」

 すごく楽しみという内容のメッセージと共に、さっきの兎の周りにハートが沢山のスタンプ。

 ハート……。何か決定的なものを感じた。

「俺もって返せ」

「あっ、ハイ」


 今夜はよく眠れなかった。

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