STAGE1 襲撃、または奪還 ー"you have a big flaw. Is it wrong?"
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To be, or not to be: that is the question:
生きるべきか、死ぬべきか。それが問題なのだ。
シェイクスピア 四大悲劇「ハムレット」より
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「警告音.....こりゃひどい。また化け物が暴れだしたんだろう。なあ、館内で何かあったみたいだ。俺たちも動員しないといけない」
くだける波の音に耳を澄ませ終わると、顔立ちのいい男も息を吐いた。
「最も強いものが、あるいは最も知的なものが、生き残るわけではない。
最も変化に対応できるものが生き残る」
突如、男が天を仰いでそう言った。目玉をぎょろぎょろとさせ、煙草をくわえる男に焦点を合わせた。煙草をくわえる男は何か異質のようなものを感じ、距離をとった。
「....お前、だれだ」
「化け物はどちらだ」
「は....」
その男の声を合図に、男が加えていた煙草はグニャグニャと変形しだし、男の口と鼻を塞ぎだした。
「あッ、ガッ.....ガガッ!!ガ....!!」
男が自らの手で、その”タバコ”だったものを、顔から引きはがそうとするが、全く歯が立たない。手でソレを掴んでも、その手さえもソレに浸食されるのだ。
「ウッ、ン、ンン、......ン!!!」
やがて、ソレは男の眼をも浸食し、脳内神経にまで達し、男の抵抗は静かにやんでいった。
もう死んだのだろうか、そう思って、顔立ちのいい男は、その体を持ち上げようと足を触った。すると、動かなくなったと思われた男は、最後の力で、男の足を蹴り飛ばした。
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船の警報音は、やむことを知らない。
『クリカエス、クリカエス、ゲンザイ、タイショウブツハエムナナジュウハチヘトイドウ。クリカエス。ヒセントウインハタイヒセヨ......ウッ、ンン、ン....』
館内に徐々に赤いシミが出来上がり、じわじわと壁を蝕んでいく。まるで、植物が地に根を張るように、ジワジワとその”枝”を伸ばしていく。そのたびに壁はミシミシと苦しそうな声をあげ、限界に近づいていた。
女は、コトが終わると研究室にいた小太りな男の右腕を咥えた。
女の口からは白い枝のような、それは血管のようなものがそれを一瞬にして食らいつくした。
そして、血しぶきで彩られた裸体のまま、研究室を出た。
すると、四方八方の大勢の機動隊が一斉に女に銃を向けていた。
「やあ。待っていたよ。まるで赤いドレスを身にまとっているようだ」
司令官と思われる人物がそう言うと、女は口角をあげた。
若手の機動隊員たちは、がちがちと歯を鳴らし、ガタガタと足を震わせる。これから何が起こるのか、全く想像もつかない。
「全然面白くないわ。それじゃイケない」
女の声はどこか官能さを帯びている。なめらかというのには程遠い。身にまとうのは赤で、声から発せられるものはピンクといったところだろうか。
司令官は話題を変え、淡々とした落ち着いた口調で話す。その単調さに、若手の機動隊員は息を取りもどしていく。おそらく、女と会話しているのもそのためだ。
「...のんだのか」
「ええ、そうよ」
「うまかったか」
「聞くまでもない」
「俺たちを全員殺すか」
「....」
女がその言葉に動揺したのか、司令官から目線を外した。
その瞬間に、一斉に銃声が響いた。
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「ハ.......ア....グ.......おまえ...も、ころす」
目は浸食され、脳神経まで、ソレに犯されているはずなのに。
その男はまだ生きている。顔立ちのいい男は疑問に思っていた。足に巻き付いた盲目の野蛮人を振りほどくのは簡単だった。顔立ちのいい男は男の胸倉を掴んで、船のデッキへと押し付けた。男を海へ落とすつもりだろうか。
「ア......ア..なんで,,,,,,,,,元の人間はどうした」
「お前らは同じ種族の事ばかりを考える。価値がない」
「....それは、おまえらも」
男は音に反応し、目のようなものをそらした。
その時、ライターに火が付く音がした。
「同じだろうが!!!!!!!!!」
「....」
男は火を、男の顔にあて、男が混乱しているすきにデッキから走り出した。男の混乱と同時に、”タバコ”だったものの力が緩んだ。おそらく折れているような足を、男は必死で鼓舞し、走り続けた。
一人の女の名前を叫びながら。
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女の体に銃弾の穴が開き、体が地面に倒れた音がした。
それは地面に針が落ちるほど小さいもので、機動隊は息をのんだ。
死んだか、あれほどまでに体が貫いては、すぐには動けまい。誰しもがそう思った。
その瞬間。
ガガガガガガガガガ..........
司令官の背後から押し寄せる何かに、司令官は目を向ける余地さえなかった。
「退避!!!!退避!」
根っこのようなソレが、船の内部の厚い板を切り崩し、鉄パイプを人の手のようにもって襲ってきたのだ。何千という触手のようなそれが、一斉にやってきて、機動隊を絡めとっていく。
「いやだ!!!!あ、あ!!」
泣き叫ぶ機動隊の足をすくって、残虐に床にたたきつける。
飛び散った生臭いそれをみて、ほかの隊員が嘔吐する。
現場は地獄絵図と化し始めた。
女を囲んでいたと思っていたが、逆に囲われていた事に機動隊は今更のように知ったのだ。
壁に浸食したソレが次々と本性を現し、これでもかと食らいつくしていく。
銃弾はソレを貫通するが、すぐに別の部分から枝分かれし、損傷部分を埋め合わせていく。
「なんだよ、なんなんだよ....司令」
若手が沈黙のままの司令を、眉間にシワを寄せながら、叫ぶ。
しかしそこに居たのは、腹に大きな穴を空かせた人間だった。
「あ...あ、あ、あ、あ、あああ!!!ッ」
一人が叫べば、ほかの者もそれに気づいてパニックとなる。言葉そのものが行動となり、一人ずつ減っていく。
「おたすけください.....神よ、神よ!!!」
中には銃口を自らに向けた者さえいる。
涙一滴を、自分のために流そうと、響き渡る悲鳴をかき消すように、銃弾を耳へと走らせた。
それから少しして、悲鳴が少なくなった。
倒れていた女は起き上がった。
何事もなかったかのように腕についた血をとり払って、倒れている司令官を眺める。
少し口角を上げたが、その”悲惨”な光景に、女は叫ぶ。
先ほどまでの官能的な女は、まるで何かに操られていたかのように。
血濡れた舞台では、動くものを許さない。
彼女の意思とは関係なしに、ソレが目を光らせているのだ。
口に手を押さえる、ダメだ、ダメだ、制御できないのに。
戻れ、戻れ、戻れ、と叫ぶ。
「あ.....あ、ああ....」
そして女の手にソレがするすると戻っていく。
血やそのほかの異物で溢れかえったそれが、音を立てて彼女に吸収されていった。
そのときに、再び、彼女の口角は上がった。
カン...カン...カン
何かがまだ動いている。
女の本能的なものがそれを察知し、音のする階段の方へ刃を向ける。
すると、白いソレに取りつかれた傷だらけの男が横たわっていた。
階段へと続くドアにソレは伸びていく。しかしソレはそれ以上伸びていこうとしない。むしろ拒み、彼女の元へ戻っていく。
「.....ごめんね」
女はそういって、その男の方へ駆け寄る。
顔を近づけて、息を確かめる。まだあたたかいことを悟ると、女は
ソレを傷だらけの男の頭に当てる。
男は必死の力で、羽織っていた上着をかけてやった。
『...潜伏..していた。やけに...顔のいい男だ。カマをかけてみたが、このサマになってしまった。本当にすまない』
男の言葉が、直接脳内に入り、女も口角を上げて微笑む。
「....これが?」
男はポケットから、先ほど襲ってきた男のソレの断片を差し出した。動いており、動き方は、まるでつなぎ目を求めるかのように激しい。
『これを手に入れるには...これしかなかった。君も大勢の血を吸ったし、きっとたどり着ける』
「...一緒にって」
『早く行ってくれ。男は嗅ぎつけてくる....君も歯が立たない!早く!』
「....でも」
『人類の、未来のために』
そういって、男はかろうじて開く青い右目で、彼女を見つめた。
『希望を...』
女は、鳴り響く警報音の中、その言葉がその瞬間だけは、心に渦巻いていた。
30秒ほど見つめあった。
「..またどこかで」
そして女は男をその場において、折り重なるように倒れている機動隊員を横目に、その場を後にした。
ソレを使い、壁をぶち破ると、船の外は嵐になっていた。
吹き荒れる風と、頬を殴る雨は彼女を海へ突き落す勢いだ。
足元がふらつくが、右手に握りしめたソレを再びみた。
「私が...私が必ず」
そう決心したとき、右手のソレに自らの口から出た血が降りかかった。
何事かと放心していると、自らの腹に同類のソレが突き刺さっていることに気が付いた。そうか、奴が追い付いてきてしまったのだと確信して、倒れこんだ。
「......ァ.....アア..イッ.....ウッ」
ソレが引き抜かれると、顔を半分ほど火傷した男が近づいてくる。
「.....返せ」
狂気をはらんだ声は、大雨の嵐の中でもわかる。
腹を抱え倒れこんだまま、やつの影と対峙する。
「...堕ちた者ね。あなたも。魂をあの司令官に売るなんて...はっ..あ、」
銃弾とは違い、ソレは引き抜かれた後もじわじわと痛みを伴う。
「もう戻れない。あなたも」
女は船の端のポールへソレを引っかけようとしたが、体が傷ついてしまいうまく出せない。そのことを悟ると、女は足を引っかけ、なるべく近い距離のままソレを出す事にした。
「...私も」
男はジリジリと近づいてくる。
「計画は...始まってる。人類のために」
そして女は勢いよく体を引っ張り、あれる海の中へと体をほおりこんだ。
女からは、船の船端に立ち、こちらを睨むような目つきで見る
やけに顔立ちのいい男の姿が、意識を失うまで、水面を通してはっきりと見えていた。
ババババババ....
男の頭上に、船の機動隊が助けを呼んだヘリが今更やってきていた。
「逃げた」
男は、ヘリから降りてきた金髪の男に耳打ちでそう告げた。
「逃がしたのではなく?」
金髪の男は口角を上げながらそう言った。ヘリから降りてきた捜査員が嵐で不安定なヘリから降りてきて、ライフルを持って船の中へと次々と入っていった。
金髪の男はまあいいよ、と肩をポンポンとたたき、船内へと足を踏み出そうとしていた。
「おかげで、司令官を消してくれたからね。少々手間ははぶけた。それでよしとしよう」
「次こそは。」
男はそういい、口ごもった。
「捜査指揮官」
捜査指揮官、と呼ばれる金髪の男は、メガネを掛けた背の高い男に呼び止められた。
「...この潮の流れだと東京湾に着くかと。おそらく本人もそれを予期してのことでしょう」
それを聞き、目を細めながら捜査指揮官は左腕に巻いていたトランシーバーを片手に、咳払いをしてからスイッチを入れた。
「全指揮管に継ぐ」
指揮官のその言葉に、作業をしていた職員が手を止め、耳に入ってくる次なる指令を待っている。雨と風の音にかき消されないよう、じっと耳をすます。
「逃走した、”パラノイア種”の捕獲および、抹殺を提案する。賛同するものはついてこい、嫌なら今日ここで殉職しろ」
その指令の後、職員が一斉に了解、の声をそろえた。
呆然と港のネオン街を観る顔立ちのいい男に、捜査指揮官はトランシーバーのスイッチを切って、口を開いた。
そしてにやついた顔で、男の耳元でささやく。
「To be or not to be?(生きるべきか、しぬべきか)」
警報音がひどく鳴った。
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